(Sweet Drops) - 5
--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--
思い悩む
しかし一体
自分が何を悩んでいるのか
明確な所が掴めずに
又思い悩んでゆく
--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--
「お疲れ様、元就」
「いえ、我は大丈夫です。兄様こそ、お疲れ様です」
「うん、元就も今日はゆっくりとお休み」
「はい、兄様」
そう優しく言って下さった兄様に、就寝の挨拶をして。
我は自室へと戻った。
忙しい一日であった。
…疲れた。色々とあって…あり過ぎた。
着ていた着物を片付け、風呂へと入る。
手足を伸ばし、ゆっくりと湯船に浸かる。
適温の湯が心地良い。疲労が解れていく。
一掬い、湯を掌で掬い上げ、我はその湯に顔を浸けた。
…温い。
ほおっ、と溜息を吐いた。
すると、今日の出来事が次々と思い出されたてきた。
目まぐるしい一日だったと、改めて感じた。
長曾我部元親――我の見合いの相手の顔が、浮かぶ。
銀の髪が、青の隻眼が、強い印象をもたらす男。
大柄な体躯で、子供の様な笑みをする。
無口とは程遠く、屈託無く話を続ける。
見れば見る程、我とは違う人種だと判る。
判ると…言うのに。
我は目を離さないでいた、のだ。
我は見てしまっていた、長曾我部の事を。
もう一掬い、湯を掌の中に掬う。
今度は、指の隙間から零れてゆく湯の流れを見つめる。
上から下へと落ちてゆく。
その様を見ていると…心が落ち着くような、ざわめくような。
不可思議な気分が湧き起こる。
これは…一体、何なのだろうか。
思考が、一人の他人の事ばかりを考えいるなどと。
何故、考えるのを止めないのだろうか、と。
判らぬ。
考えれば考える程に、判らなくなってゆく。
…疲れているのだ、我は。
もう、今日は何もせず寝る事にしよう。
そう決めて、少し逆上せ掛けたのもあり。
我は湯船から早々に出た。
--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--
見合いの日から、三日が経った。
そろそろ返事をせねば、ならないだろう。
しかし…。
我から返事をするというのは…。
この見合いは、家同士の意味合いも含んでいる。
だが、兄様は我の事を第一と考えて下さっていて。
断っても構わないと、初めから言って下さっている。
つまり、見合いの席で顔を合わせたのだから。
義理は済んでいる。我は役目を終えたのだ。
後は…断われば良いだけだ。
その筈だ。
我は、何を迷っているのだ。
何の遠慮があろうか。
見合いをする前、我は決めていた…筈だ。
断りを入れれば…ただ、それだけの事の筈だというのに。
その事の躊躇っている我がいる。
しかしこれ以上、日を引き延ばす訳にはいかぬ。
返事をせねばならぬ。
だが…。
「―――元就」
「…あっ、はい、兄様…いえ、社長、何でしょうか」
「珍しく、ぼんやりとしているからどうしたのかと思ってね」
「済みません、仕事中に」
「疲れているのかな?」
「いえ、そんな事はありません。大丈夫ですから」
「なら、良いのだけどね」
仕事中だというのに、何たる失態を。
己の迂闊さに顔が赤くなり、我は下を向いた。
とてもではないが、兄様の顔を見る事は出来ぬ。
「元就、それとね」
「はいっ、何でしょうか」
「そんなに気張らなくも良いよ」
「…はい」
机の向こう側で柔らかく微笑まれている兄様には。
我は素直に頷いてしまう。
釣られるように、我も兄様へと笑みを返していた。
「それでね、元就」
「はい」
「先日のお見合いの事なんだけどね」
「はっ、はい」
「仲人の方から連絡があって、話を進めたいとの事なんだけどね」
え! と、我は口に出さず、心の中で叫んでしまっていた。
心臓の音が、いきなり耳につき始めてくる。
今、兄様は何と仰られた?
「だからね、元就さえ良ければ、了承の返事をしておくけど」
「………」
「もし、その気が無いのなら…」
「いえ、構いません」
「それは、進めて良いって事だね」
「はい」
胸の動悸を押さえながら、我は。
兄様の言葉に、強く頷いていた。
込み上げてくる何かに、説明の出来ぬものを感じながら。
2011.11.02 back
瀬戸内お見合い騒動記
自分だけが相手を好きだと思い込んでるお二人さん
元就視点、お見合い後そわそわしちゃって落ち着きません(笑)