透通る波 XII


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判っていても出来ない事がある
苦しくて
哀しくて
どうにかしたくて足掻いても
出来ない事がある

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一人で。
一晩中。
我は考えていた。
己の存在の意味を。価値を。位置を。

毛利元就――写真に写っていた、人物は。
元親に取って、本当の元就なのだろう。
我は、そのクローンとして存在している。
元親に、そう創られた。

怒りは無い。
元親の話を聞き、元親がそうせざるを得ない心情だったのに。
我は、憤りはなかった。
ただ、何かが落ちていく気がした。
やはり、と。やはり、そうなのだと。
見つからずジレンマを起こしていたパズルの正しいピースが見つかった。
それが、あるべき場所に嵌った。
そんな気分だった。

元親の話を聞く間、我は何も口を挟めないでいた。
苦しそうに話す元親の声。
それは聞いているだけで、胸を締め付けられた。
想いが伝わってくるのだ。
亡くなってしまった毛利元就への想いが。
はっきりと、口にした訳ではない。
それでも、今でも、想っているのが我にも判った。

元親が好きなのは、毛利元就だと。

それは良い。
それは仕方の無い事だ。
我が何か言うべきでは無い。
しかし。
ならば、我は元親に取って何なのか。
代わりなのは、判る。
姿形を写し取ったのだから、代わりなのだろう。

その事に、元親は大きな罪悪感を抱いていた。
我にも、毛利元就にも悪いと、口にした。
罪は全て、自分のものだと、言っていた。
そして、沢山の謝罪をされた。済まない、と。
我に対し、申し訳ないと。何度も繰り返された。

我が聞きたいのは、そんな事では無いというのに。

元親の心情を、全て理解した訳では無い。
出来る部分、出来ない所もある。
疑問の答を引き出した事は、後悔はしておらぬ。
ただ、それが元親を傷付けた事に。
我は…我も、苦しいのだ。
元親は自分ばかりを加害者にし、我を被害者にしている。
責任は全て、元親のものとしている。

違う、と言いたかった。
我は不幸などでは無いと。
罪の塊のように、謝罪をしないで欲しいと。
我は…。
我は、元親と居た事を一度も不幸などと思った事は無いと。
苦しむ元親に伝えたかった。

何も、言えなかったが。

我も混乱していた、が理由になるであろうか。
それとも、理を曲げた元親を恨んだのだろうか。
曖昧な存在である事に、哀しみを感じたのだろうか。

考えを纏める為に、一人にして欲しいと言った時の。
元親の顔が、忘れられぬ。
初めて見る、笑みの消えた顔が。
どんな時も、我に笑顔を向けていた元親から。
表情が消えたのだ。

それは、我が為した事だ。


こうして、部屋の中に一人で居るが。
家の中にある元親の存在は、感じる。
我を心配し、苦しんでいるのを感じる。

一緒に居たのだ。
長い間。
我は元親と一緒に、ここで暮らして来たのだ。
同じ時間を過ごして来たのだ。
我が。
毛利元就ではない、我が、だ。

ゆっくりと、毛布の中から顔を出し、起き上がる。
夜が明けたらしい。
朝の陽が、カーテン越しに明るくなっている。
ベッドから下り、部屋のドアを開け、玄関へと向かう。

我は、家を出た。


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「あれっ!? おはようございますでござる、もとなりどの」

行く宛てなど、勿論何処にも無い我は公園のベンチに座っていた。
元親が探しに来てくれるのを、どこかで期待しながら。
そこへ、以前ここで会った子供、幸村が駆け寄って来た。

「おはよう。早いのだな」
「あさのじょぎんぐちゅうでござる。たんれんちゅうでござる」
「そうか」
「もとなりどのは?」
「我は…そうだな、家出中だ」
「ええっ!?」

あまりに大きく驚く姿に、冗談だと言おうとしたのだが。

「それはいけません。でもいえでとはすぐにかえるのはできないのですね。
 ならば、それがしのいえにおこしくだされ」
「いや…」
「もとなりどののきもちがおちつかれるあいだだけでも」
「………」

真剣な大きな黒い瞳に、我は頷いていた。
今はまだ、元親に会いたくはなかった。
我は距離が欲しかった。
ほんの少しだけで良いから。


立ち上がり、差し出された幸村の手を我は取った。





2012.05.16
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Twitterで呟いたネタ、アニキとクローン元就の話
BGMはボカロの【歌に形はないけれど】でどうぞv
元就視点、混乱はしてるけど心は決まっているようです