透通る波 U


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何が本当のもので
何が偽物なのか
その定義が判らない
その境界線は果たして
必要なのだろうか

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我の一番古い記憶は、元親の泣き笑いの顔だ。
目を見開いた時に、一番に飛び込んできた表情だ。
そして、名を呼ばれた。

『元就』、と。

「元就とは、我の事なのか」
「そうだ。お前が元就だ」
「では、そなたは」
「俺は元親だ」
「元親…判った」

確認し、我は元親の名を口にした。
この時、我には何の感慨も無かった。
思考というものが無かった。
目を開く前の記憶も。
それでも、元親が繰り返す我の名が。
どうしてなのか、今でも判らぬ。
耳に馴染み、心地好さをしっかりと感じた。

これが、今の我の起点だ。
我は、元親に依って、我となっている。
それは構わぬ。
我の基盤は、元親だ。
疑いようもなく。

事実、我は元親から色々な事を吸収してきている。
生活をする実務。
思考をする習慣。
一つ一つを教わり、己を確立していっている。
そこに疑問は無い。

元親は、優しい。
いつも丁寧であり、根気良く、我の相手をする。
大事にされている。接し方も、穏やかだ。
呼ぶ声。握られる手。抱き締められる身体。
嫌悪など無い。安心を与えられる。

2人で暮らしている、現在。
我は充足している。希求するものも無い。
我はそれで良かった。
しかし。
時折見る、元親の我を見る目に、引っ掛かりを感じるようになっていた。
何故、そう思ったのか。
直感的なものとしか言い様が無い。
ただ、そう思ってしまったのだ。

懐かしむ。淋しげな。哀しみを称えた。
形容の付かない、目で我を見る。
口元はいつも通りに、微笑んでいても。
そんな目で見るな、と思うようになったのはいつから、か。
苛立つ感情と共に。
それを宥めようとする保身を持って。


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「元就、メシ出来たぞ」
「今、行く」

支度を整え、我はキッチンへと向かう。
テーブルの上には温かな食事が用意されてあり、我は椅子へと座る。

「いただきます」
「いただきます」

同じ言葉を同時に口にし、食事を始める。
元親の作る物は、いつも美味だ。
口に合う。

「どうだ? 美味いか?」
「いつも通りだ」
「美味いなら美味いって言えよ」
「一々、言う必要は無い」
「そういう可愛くない事ばっか言ってると、卵焼きもう作ってやらないぞ」
「ならば、我はもう食してやらぬ」
「全く、お前はああ言えばこう言うだな」

売り言葉に買い言葉。
いつも、元親の大笑いで終わる。
今も、目の前で声を出して笑っている。
言葉の掛け合いを楽しんでいるのだ。
これは穏やかというものに、該当するのだろう。
元親から、教わった。

2人で会話をする。
何でも良い。思った事を口にする。
判らない事を聞く。理解する事。納得する事。
そうした事を惜しまぬ事。

元親は、一緒に居るのだから当然の事だと、言う。
我も、その意見に同意した。
だから、我はよく元親に質問をする。
疑問に思った事、知りたいと思った事を。
元親は、それに根気良く、我が理解するまで話す。

良好な関係、だ。我等は。

「元就、今日は留守番を頼めるか」
「仕事で出掛けるのか」
「ああ、そうだ。夕方には帰る」
「了解した」
「帰る前にメールするな」
「土産を忘れるな」
「了解。けどよ、土産って請求するモンじゃないだろうが」
「留守番の当然の報酬だ」
「ハイハイ」

大口を開けて笑う元親から、視線を外し。
我は中断していた食事を始めた。
卵焼きの甘い味に満足を覚えながら。





2012.03.30
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