透通る波 [


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信じる相手を
疑う事を覚えてしまったのは
どうしてなのだろう
信じたいのに
ただそれだけなのに

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次の日の朝。
目が覚め、起きると。

『ゴメン、元就。仕事でトラブルがあって至急呼び出しが掛かったんだ』

そう言って、元親は自分の朝食はそこそこに出掛けて行ってしまった。
我の朝食はきちんと作られていたので、一人で食した。
本当に緊急らしく、元親のあまりの慌ただしさに、驚いたが。
今は家の中は、とても静かだ。
我はテレビは殆ど見ないので、元親が居なければつけない。
何となく、パソコンを開く気にもならない。
気乗りせぬ。

どうするか…。
食事に使った食器を食洗機に入れると、もう何もする事が無い。
一日をどう過ごすかと、思案するが。
具体的に何も思い付かなかった。

ふと、窓が目に付いた。
天気の良い、外が見える。
ならば、散歩にでも出掛けてみるか。
そう決めた我は、上着を羽織り、支度をし外へと出掛けた。


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目的の場所など無いので、ゆっくりと歩いた。
気候が良く、日差しも風も穏やかだ。
普段、家の中に籠もっている為、新鮮に感じる。
今度、元親を誘ってみようかと思った。
我からの申し出という事で驚くだろう。
その驚く顔を見るのもいいかもしれぬ。
そう考えると楽しくなった。
誰も周りに居ない事もあり、我は一人笑ってしまった。

…ほんの少し、気持ちが軽くなった気がする。
やはり、気が張り詰めていたのだな。

だいぶ、歩いた事だし、そこで丁度、見つけた小さな公園に。
我は一休みする為に立ち寄ってみた。
日陰になっているベンチを見つけ、そこに座る事にした。
座ってから、空中に向けて大きく深呼吸をした。
憂いを外に吐き出せたらと、昨夜の事を思い返す。

元親との生活は、何の支障も無い。
表面的には。
我の様子が不審なのは、気付かれると思っていた。
元親はそういう事に、疎くは無い。寧ろ、我より我の事に気付く。
だから、それに先手を掛けたつもりもあり。
実際に、元親の様子がおかしいと感じた事もあったので。
先に心配をした。

…卑怯だった。

知られたくない事。話したくない事。
様々な事を誤魔化した。我は。
元親の心配を判っていても。
頭から離れぬ。
撮った覚えの無い、元親の書斎で見てしまった、我の写真。
直感的に、ここに写っているのは我では無いと判ってしまった。
だが、それ以上の事は何も判らないでいる。
それが、気鬱の原因になっているというだけだ。

聞いてしまえば良いのか。
元親に。
聞けば良いとは思ってはいるのだ。
その方がはっきりすると。
しかし、その答えを聞く事に我は躊躇っているのだ。
聞いたら、後戻りは出来ぬ。
そんな気がするのだ。
それを怖がっている。

どうしようもないな…。
我は。

空を仰ぎ見る。雲が風に流されてゆく。
あの様に、一歩踏み出せれば良いものを。
我は大きく溜息を吐いた。情けない思いを抱えて。

するとその時、足元にボールが転がってきた。
そして、子供がそのボールを追い掛けてきた。

「すみませんでござるっ、おけがはありませぬかっ」
「大丈夫だ。これはそなたの物か」
「はいっ、それがしのものでござるっ」

小さな身体全体から、声を出してくる。
とても元気な子供だと判る。古風に礼儀正しいとも。
その手にボールを手渡してやると、お礼の言葉と頭が下げられる。
とても好ましい。

「あのっ、だいじょうぶでござるか」

それがいきなりの巻き戻された言葉の内容に、我は驚いた。

「先程、大丈夫と言った筈だが」
「ボールのことではありませぬっ。あのっあのっ」
「何ぞ」
「とてもとてもかなしそうなおかおをされててっ」
「我が、か」
「なかないでくだされっ」

子供が何かをごそごそと探っていたのだが、我の前に小さなタオルを差し出した。

「さすけがあらってくれたばかりだからきれいですからつかってくだされっ」

子供の心配そうな顔と手に握っているタオルを交互に見る。
そこで、我は気が付いた。初めて。
己が泣いている事に。
我慢をしていた事に。
何でもない事にしようとしていた事が、こんな辛かった事に。

苦しい。
苦しい、のだ。元親。我は。

「だっだいじょうぶでござるかっ」

子供の大騒ぎを宥めてやる余裕が無くなった我は。
両手で顔を覆って、涙を止める術も無くなってしまっていた。





2012.04.21
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