世界で一番 −6−


--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--

泣き言など云いたくない
耐える
乗り越える
それが出来る
でも時々肩の荷を下ろしたくなる

--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--


湯船に身体を沈める。
両手を上に伸ばし、大きく息を吐く。
湯気と湯の温度と一人きりという事が緊張を解いてゆく。

…今日も一日が終わった。
…疲れた。

それでも、それは口になどするものか。
長曾我部に、聞かせるものか。
あの執事に、そらみた事かって顔などさせるものか。
大体、口煩すぎるのだ。
たかが、執事のくせに。
越権行為というものを知らんのか。

しかし…。

あのように子供扱いなど、されたのは久しぶり、だ。
毛利の家だから、次男の我でも上に立つ者としての教育は受けていた。
周りから見れば、厳しいというのかもしれぬが。
父上も母上も兄上も、お優しかった。
『元就』と我の名を呼んでくれた。
頭を撫でてくれた。微笑んでくれていた。

…今は全部無くとも。
…そうだ、今は全て無い。父上も母上も兄上も。
我だけだ。我が、この毛利の家を守らねばならぬ。
父上、母上、兄上の為に。

…あっ。
涙が…、情けない。
だから、嫌なのだ。子供の身は。
甘やかされる事を欲してしまう気持ちをいくら消そうとしても。
こうして、気の緩んだ時に浮上してしまうのが。
閉じ込めてあるというのに。
見ないよう、気付かないよう、細心の注意をしているというのに。

あの執事の所為ぞ。
一々、下らない事を云い、要らぬと云っているのに。
余計な世話を焼く。馬鹿な大人だ。

…我が初めて会った、父上と母上と兄上以外で。
我を堂々と甘やかそうと、甘やかしてくる他人は。
何を企んでいるのだ。
あんなに明け透けだというのに、意図が掴めぬ。
一体、何の利を求めているのか。
判らぬ。あの男の事は、判らぬ所が多い。

…だが、詮索するのは負ける気がする。
そんなの認められるか。
長曾我部は、執事の仕事だけしておれば良いのだ。

そう、拳を握ったところだった。

「旦那さまー、逆上せてんじゃないでしょうね」

声掛けと同時に、バスルームの扉を長曾我部が開けてきた。
子供だと思って、そのデリカシーの無さはなんなのだ。

「無礼者っ」
「無礼ってなあ。
 ずっと外から声掛けてるのに全然返事をしない旦那さまが悪いんですよ?」
「声を掛けてただと?」
「そうですよ、全く、どれだけ心配した事か。
 なので、入らせて頂きました、判りましたか?」

長曾我部の顔を見上げると嘘を云っている訳ではないのが、判った。
つまり、我の方が不利だと…。

「だ、大丈夫だ。み、見れば判るであろう」
「そうですね、逆上せてはいなかったので安心しました」
「ならば、もう出ていけ」
「いいえ」

は? 今、何と云った。否定をしたかのか、長曾我部は?
顔を背けていた我は、つい長曾我部を見てしまった。

「執事の仕事を遂行する事にします」
「な、何を云ってるっ」
「旦那さまが無事に風呂から上がられるお手伝いを致しますよ、って事です」
「ば、馬鹿を云うなっ」
「云ってませんよ? 先ずは髪から洗って差し上げます」
「長曾我部っ」

既に上着は脱いでいた長曾我部が、シャツの袖を捲り、ズボンの裾を捲りながら近付いてくるのを。
どう回避すれば良いのか、我は焦ったのだが。
結局は、何の解決策も見出せなかった…。


   --*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--


「大丈夫ですか、旦那さま」
「…大丈夫、ではない、長曾我部の所為だ」
「まさか、本当に湯中りするとは」
「…だから、長曾我部の所為だと云っておる」
「旦那さまが暴れるからですよ、大人しくして頂ければこんな事にはなりませんでしたよ?」

我は薄目を開けて、長曾我部を睨んだ。
この執事には、人の話を聞く耳の機能はないのか。

「大丈夫ですよ、今晩は俺が付いておりますから」
「…要らぬ」
「安心して寝て下さい」

額に、冷たいタオルが宛てられる。
その心地好さに、目を閉じる。
睨むのにも疲れた。長曾我部自体にも疲れた。

「おやすみなさいませ、旦那さま」
『おやすみなさい、元就』

静かに、小声で発せられた長曾我部の言葉が。
何故か、母上の声と重なったのに驚いたのだが。
何故か、引き込まれ我は眠る事にした。

これ以上、長曾我部に付き合ってられるものかと。
身体から力を抜いた。





2012.07.13
                  back
とある方の執事話に触発されて考えた話です
新米執事アニキと7歳財閥当主ナリ様
BGMはボカロの【World is Mine】でどうぞv
元就視点、チビっこ当主、遊ばれてる感が…?