「私に唄を」 十二


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身体を固くする
心も強く固める
少しの隙間も無い様に
何も這入り込んで来ない様に
きつくきつく

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「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」

雑賀の車の助手席に乗り、シートベルトを締める。
背凭れには完全に凭り掛からず、膝の上の手を握り締める。
これで良い。良かったのだ。終わったのだ。
長曾我部との事は、これで終わった。
もう考えなくて良い。
考えなくて良いのだ。

「元就」
「はい、孫市さん」
「余計なお世話だと判っているが、一度だけ確認で聞かせてくれ」
「何でしょうか?」
「良いのだな、これで」
「はい、これで良いのです」

しっかりと言い切る。前を見て。
己の言葉で、己を律する。
口にすれば、それが真実になる。
これで良い。これで良いのだと、何度も繰り返してゆけば。
それが本当になるのだ。
我は一つも悔いは無い。

長曾我部の今生に、我は不要だ。

「ならば良い。済まないな」
「いいえ、孫市さんにはご面倒を掛けてこちらこそ済みません」
「良い、それこそ気にするな。可愛い従姉の為だ」
「ありがとうございます」

雑賀に前世の記憶が在るのかは、知らぬ。
知るつもりも無い。従姉として接するつもりでいる、これからも。
ただ暫く、長曾我部からのガードを頼んであるので。
我が記憶が在る事を今まで通りに気付かれぬ様にせねば。

一つのミスも許されぬ。
神経を張り巡らし、完全に糸を断ち切る。
我は、長曾我部との、今生の縁を。


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雑賀の提案で、マンションまでの送り迎えをして貰っていた。
決して、一人にならない様にと雑賀から念を押されている為。
構内では、常に人の居る場所にいた。
長曾我部を近付けない為に。

「お帰り、元就」
「只今帰りました」

一週間、何事も無く過ごし、念の為と云われ、今日で十日目だ。
雑賀の車に乗り、我は帰宅していた。

「今日はどうだった?」
「何事もありませんでした」
「そうか」
「なので、もうそろそろ良いかと思うのですが」
「いや、まだ気を抜かぬ方がいいだろう」
「そうでしょうか」
「そうだ」

きっぱりと断言されたのに、苦笑が漏れる。
実際の所、あの翌日から長曾我部は我の前へと姿を現してはおらぬ。
仲介をする者も現れぬ。
真田は話題にもせぬ。知っているのか、知らぬのか、知らぬが。
一々、確認する気も無い。
藪を突く気など、我には無い。

「いつまでも孫市さんにご迷惑を掛けているのも心苦しいですし」
「それこそ気にするな。それより、油断は禁物だぞ」
「はい、それは判っていますから」
「見た所、あの男がすごすごと引き下がる気がしないのでな」

我はもう一度、苦笑する。
正直に云えば、我も長曾我部が簡単には引き下がるとは考えていなかった。
だからこそ、雑賀に頼んだのだ。
なのに、蓋を開けてみれば、長曾我部をあれ以降見る事は無い。
拍子抜けをしてしまった。
それなりの対応を考えていただけに。

つまりは、我からの申し出を受けたと云う事なのだ。
何も云って来ないと云うのは、長曾我部も丁度良いと思っていたのだろう。
引き際と思っていたのだろう。
我からの事は、渡りに船だったのだろう。
つまりは。
我は自惚れておったのだ。

後を追ってくれると。
説得を考え直してくれと、云ってくるだろうと。
諦め悪く、傍に来るだろうと。
だが、想定していた事は何一つ起こらぬ。
我の望んだ通りになっただけ、なのだ。

だから、これで良いのだ。

どんなに我が滑稽であり、馬鹿であったとしても。
これで、長曾我部とは終わった。
もう一切、関わり合う事などないだろう。
安堵して良いのだ。
煩わしさから解放されたのだ。
もう何にも、囚われる事は無い。
終わったのだから。

「元就? 眠ったのか?」

返事はしなかった。眠った振りをする。
目を閉じ、思考を静かに沈めていった。
全て、終わった事と己に言い聞かせながら。





2012.10.19
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戦国設定の「貴方に花を」からの続きの話です
ナリちゃんの屈折した鬱鬱…
元就視点、自虐中、素直には程遠い様です