「私に唄を」 十四
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決めてはいる
揺れない様に
立ち止まらない様に
全て
後悔しない為に
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安心と苛立ち。
この矛盾した二つの感情を我は、この数日有しており落ち着かないでいた。
気が張っていた。
そして、それに肩透かしを喰らっている事が、どうしようもない気分になってしまっている。
堂々巡りだ。
悪循環の。
救いは、それらを抑え込む事を我が出来る事だ。
表情に出さず、言葉にも出さず、態度は勿論の事だ。
我には関係あらぬ。
無関心なのだ。
それらを意識から追い出す。
終わった事なのだ。
長曾我部との事は。
何百年も前の、前世の出来事など。
今生に、通用するものでは無い。
必要など無い。
だからこそ、交際を断った。
そして、長曾我部は姿を現さなくなった。
それを寂しいなど、哀しいなど。
我は決して思ってはならぬ。
期待は粉々に砕けてしまえば良いのだ。
未練と共に。
甘い考えと共に。
全て無くなれば良い。
あとは、時間の経過が消し去ってくれるであろう。
我は、ただそこから目を逸らせば良いのだ。
…良かったと云うのに。
そうやって、やっと心を落ち着かせる事が出来たと云うのに…。
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「よっ」
「長曾我部さん…」
唐突ではあったが、嫌な気配はしていた。
雑賀の姿が見えなかった事で。
久方ぶりに見る、長曾我部を我は立ち止まり見上げた。
高い背。
人懐こい笑み。
何もかも同じだ、昔から変わらない。
変わったのは、我だけなのであろう。
「あのよ、もう一度話しがしてえんだ」
「私にはありません」
ずっと見ていると、引きずられそうな気がし、我は目を伏せた。
これ以上、顔を見たくないとの意思表示になる様に。
しかし、これ程度では…。
「頼むよ。そっちはアレで気が済んだと思うけどよ、俺は納得したくねえ」
「それは価値観の違いだと思います」
「かもな。けどな、俺は納得出来るまで諦めねえよ」
どうして、昔と同じ所ばかりを強調してくる。
諦めの悪さと強引さと、邪気の無さ。
それを口で否定しつつも、許容していた我が居たのを思い出させる。
「判りました」
「サンキュ」
「但し、あまり長い時間はお断りします」
「ん、判った」
「それで、雑賀さんは」
「あー、チョイ足止めして貰ってる。でも、それは納得済みでだからよ」
「そうですか」
ならば良い。これで腹を括れる。
今が正念場、なのだろう。
結果は決まっておる。覆す気は無い。
「じゃ、場所移動すっか。この間の店でいいか?」
「はい」
直感的に、兄と三人で会った店だと判り、我は素直に頷いた。
あそこならば良い。衆人の目がある。
長曾我部も下手な事はせぬだろう。
二人きりは、何か起きた時の対処の為にも避けておくに越した事は無い。
長曾我部を信用とかの問題ではなく。
きっと、我が保たぬ。
どんな些細な綻びも、長曾我部に見せてはならぬ。
我は戦国の記憶などあらぬ。
長曾我部との縁など結んではならぬ。
他人だ。
関係など無い。
決して寄り添い合う事など無い。
求められている事に喜びを感じた。
嬉しいと、心が喜んだ。
それらは否定はせぬ。
だが、我が長曾我部の手を取る事は罪悪でしか無い。
離れるしか無い。
関係を断ち切るしか無い。
それ以外の道は無い。
これからの先の未来に、我は長曾我部には必要無い。
その為ならば、心を押し殺す。
隠すのは容易い事だ。
我の為では無い。長曾我部の為ならば。
横を歩き出す、長曾我部を見る。
視線をそっと高く上げて。
これが、最後の勝負と。
負けぬ。我が勝たなくては、と。
しっかりと、その長曾我部の横顔を我は目に焼き付けた。
2012.11.04 back
戦国設定の「貴方に花を」からの続きの話です
ナリちゃん、腹括って、戦闘態勢
元就視点、鉄壁の防衛中、どこまで殻に閉じ籠もれるかな