「私に唄を」 十六
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何が素直なのだろうか
何が正直なのだろう
何を一体どうしたら
この手を撥ね退けられるのか
誰か教えてくれないか
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揺れた気がした。上体がふらついた感覚がした。
目眩がする。瞬きを何度も繰り返す。
足元が崩れてゆく。強く踏めば踏む程、頼りなく覚束無くなる。
たった一言。
それを目の前に男に云われただけで。
心が震えた。
聞きたかった。
欲しかった。
云って欲しかった。
ずっと長く望んでいたのだと、身体の中を感情が巡り出す。
相反する思いが、止まれと嫌だと、動く。
信じられぬ。己の中に、こんなものが在った事が。
しかし、単に抑え付けていただけと言い聞かせてくる己も居る。
我は…。
どうすれば…。
どうすれば、良いのだ。
長曾我部。
「元就、手」
「え?」
「手、貸して」
大きな掌が差し出されてくる。
我にそれを取る義務は無い。義理も無い。資格が無い。
「いいから、ほら、出せって」
膝の上に置いていた右手をそろりと上げる。
ゆっくりと持ち上げ、テーブルの上に乗せる。
己の意志で動かしている筈だというのに、機械的であり、現実味が薄い。
「サンキュ」
長曾我部の手が、我の指先をそっと握る。
力は入れず、ただ包む様に、丁寧な仕草で。
大事そうに、柔らかく、握られ。
ゆっくりと引き寄せられた。
「今の元就の手はよ、こんなに柔らかいんだぜ? 判るか?」
「何を…」
「獲物を握っていた手じゃねえ、ってコトだ」
指だけでなく手全体を握り締められる。
長曾我部の手にも、固さはあるが柔らかさもある。
武器を握っている為の肉刺など無い。
今の、今生に転生した長曾我部自身の手だ。
生まれ変わったのだ、と。
我達は生まれ変わっているのだ、と今更ながらの事に我は気付いてしまった。
否定をしていた。
受け入れられぬ、と決めていた。
それが、長曾我部の為だと、我が出来る一番の事だと思った。
だからこそ、それを実行してきたのだ。
揺らがぬと決意を強くしてきたのだ。
なのに、この男は。
「元就、好きだ。俺はアンタが好きなんだ、元就」
短い言葉で。
我の名を呼んで、思いを告げてくる。
本気をその蒼の隻眼に乗せて。
「俺はアンタを諦めねえよ。ホントにずっと好きだったんだ。
やっと云えたんだ。アンタにも俺を好きになって貰うからな」
手が又握られる。段々と力が込められてくる。
痛い程に。
なのに振り解けぬ。もっと握ってくれと、離れぬ程に握れと歓喜してもいるのだ、我は。
誤魔化せと。
振り払えと。
ぴしゃりと撥ね退けろと。
決めてきた決心が、我を急かす。
この男の手を振り解き、今直ぐに立ち上がり、この場を後にせよ、と。
何を云おうが耳を貸すな。
後を追って来たら叫べば良い。
周りに助けを求め、付きまとわれて迷惑していると同情を引けば良い。
突き放せと。
遮断せよと。
決心を翻すな、貫け。
長曾我部の為に、と裡で叱咤する己の声が聞こえているというのに。
我は蒼の色から目を離せなくなっていた。
「元就」
長曾我部が笑う。顔で、口元で、全身で。
それは、嬉しそうに笑う。
我だけに向ける笑みで。
良いのか?
良いのだろうか?
良い訳など無いというのに。
「イイんだって、元就。俺達、遠回りし過ぎたんだからさ。
ここいらで、もうさ。イイんだ」
きっちりと耳に届いた長曾我部の言葉が、身体の裡へとするりと入り込み。
じわりと、馴染んでゆく。
「俺はアンタの手を離さねえ。だから、アンタは返したくなったら握ればイイ。
いくらでも、付き合ってやるからよ」
「…馬鹿、者が」
「俺も元就もな」
気障ったらしく、それでも恭しく、我の指先に口吻けた長曾我部に。
我は肩の力を抜き、笑みを向けた。
全面降伏などせぬ、と新たな決意と共に。
2013.01.08 back
戦国設定の「貴方に花を」からの続きの話です
ナリちゃん、陥落か?
元就視点、誰にだって弱点、攻略出来る箇所はあるのですよv