「私に唄を」 十八
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何が正しいのか
何が間違いなのか
明確な答はあるのだろうか
ただ目先のものに囚われる
それが良い事か悪い事か判らぬ儘に
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どうしても今の状況を説明出来る言葉が見つからぬ。
納得では決して無い。
納得などしておらぬ。
今も決して。
それだけは断言出来る。
出来るのだが…振り払えぬ。振り払えぬのだ。
長曾我部の、我へと向ける、屈託の無い笑みを見てしまうと。
駄目だ、と云った。
無理だ、とも。
我が長曾我部の手を取るなど、思いを受け止める事など、出来ぬと。
記憶があるのなら、尚更に出来ぬと何度も繰り返した。
誤魔化す事が、長曾我部に通用せぬのが判っている以上、我に云えるのはそれだけだった。
だというのに。
長曾我部は、平気だ、大丈夫だ、と繰り返してきた。
満面の笑みと共に。
昔から、そうだ。
邪気の無い童子の様に笑みを躊躇なく我へと向けてきた、長曾我部は。
その真意が図れず、警戒する我へと懲りずに笑いかけてくる。
馬鹿だと思っていた。
戦国の世での、国主同士での、気など抜けない、あの時代に。
手を差し伸べてくるなど。
決して、取る事など無いと判っている筈だというのに。
長曾我部は我へと何度も手を差し出してきた。
我が何度も跳ね返そうとも。
ただ…。
「どした? 元就?」
それでも、再び、目の前に居る長曾我部から、我は目を離せない。
離せなくなっている。己で認めようとも認めずとも。
我は長曾我部を見つめている。
我は…それに気付いてしまった…気付かされてしまった、この男に。
迷いはあるというのに。
躊躇いも、後悔も、全て良しなど出来ぬというのに。
それでも良いと云う、長曾我部に。
我は…。
「…本当に大馬鹿、だ」
「おーい、何度も繰り返すなって、一応傷付くぞ」
「…我が、だ」
「へ?」
まだ握られた手を握り返す事は出来ぬ。
だが、引き戻す事はせぬ。
先が見えぬ不安を拭い切れぬだろう。
それでも、この手を離したくはない、と。
触れていたいと、思う己の気持ちは嘘ではない。
素直にはなれぬが、跳ね返す気もない。
ここまで思わせたのは、この男だ。
我は握られている手をその儘に、顔を長曾我部へと向けた。
「大馬鹿同士、似合いなのだろう」
「あ! 当たり前だろっ、俺と元就なんだからよっ」
何処までも図々しい態度を取るかと思えば、こうしてあたふたする姿を見られるならば、良いのかもしれぬ。
自身に一つ一つ理由付けをし、表面上だけの納得をさせても。
口にせぬ、傍に居たい、という思いを隠しても。
長曾我部の隣に、我は居る。
今は、これだけだが。
先が、どうなるか判らぬが。
「安心しろって、ナニがナンでも俺が離さねえから」
「口では何とでも云える」
「有言実行してやるよ、これからを楽しみにしてろって」
「大口を叩きおって」
「ホントのコトだから、イーんだって」
「守られぬ時は如何するつもりか」
「そんなのナイって。あ、けど元就がそれで安心するんだったら、ナンでも約束するぞ」
「今度は軽口か」
「ナニがいい? ナニして欲しい? ナンでもやるぞ」
本気で云っているのだから、質が悪い。
後先を考えぬ気性に、惹かれるのは仕方ない事なのだろう。
「大盤振る舞いなのだな」
「おおっ、元就だからな」
「ならば」
「ナニが欲しい?」
「要らぬ、何も」
「もっ、元就さん?」
出鼻を挫いてやると、慌てた表情が見られた。
焦り、困惑するところも。
しかし、我の欲深さはこれ位では満足などせぬからな。
「もう、これ以上は要らぬ」
そう宣言して、声を出して笑う。
あっ、という間抜け面を晒した長曾我部に。
我は、にこりと笑ってやった。
「イイヤ、やる」
「要らぬと云うのに」
「やるって云ったらやるって、そんでその分、アンタを貰う」
「そうか」
「元就…」
握られていた手が引かれる。
長曾我部の顔が近付いてくる。
ここが図書館だとか、周りに他人が居るとか居ないとかの状況判断よりも。
我の意識は、全て一つの事に集中していた。
「…元親」
名を震える声で呼び、目を閉じた後に重ねられた唇に。
心の芯が、偽りなく歓喜したのを我は甘受した。
2013.01.24 back
戦国設定の「貴方に花を」からの続きの、本当に最終話!
やっと、完全とは云えませんが観念してくれた様です
元就視点、だって惚れてるんですもの、双方でv