「私に唄を」 二


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何を為せば良いのか
何もしなければ良いのか
考えてしまう事が多すぎて
悩んでしまう
悩んでも仕方のない事なのに

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物心付いた時から、我には気に掛かる事があった。
ただ、それが何かは明確に判らず、何が気になるのか。
いつも疑問に思っていた。
いくら考えても、思い当たらず、考えを放棄してみるが。
結局は気になり、幼少の頃からずっと抱えていた。

呼ばれている気がする。
それが、誰に、どうして、何をと思っても。
いつも思い出せる事はなく、焦燥が残り胸が痛む。
思い出せぬ、己に。

そうして、月日が過ぎ、我は大学へと進学をした。
学びたい大学が東京の為、我は広島から上京し、一人暮らしを始めた。
何かも初めての事ばかりの環境に途惑いはあったが、これも経験と。
己を励ます。
我は一人でも大丈夫な様にしたいのだ。
全て一人でもやっていける様に、と。
そう思う気持ちが、強い。子供の頃より。

だが、やはり家族と離れ、知人の居ない場所は不安が湧いた。
人付き合いが元から苦手な為、必然一人でいてしまう。
己から話し掛ける事もせぬし、我は口が重い。
他人との関わり合いは、難しく気が重いものだが。
それを何とかしたいとは、思ってはいる。
努力をしなくては、と思っていた。

そんな折り、我は真田と云う子女と遭遇した。
大学受験の試験会場で、隣同士の席となった際、色々と話し掛けられた。
物怖じせず、好感の持てる人物であった。
我とはまるっきり正反対なのだが、何故か気に掛かるものがあった。
思い出せない、何かと、似通っている気もした。
しかし、いつも通り、判明しない儘であった。
なので、それ以上の事は、考えるのは止めた。

その後、受験した学部も同じであり、一緒に受かれば嬉しいと云われ、そうだなと答え、その場は別れた。
受験は水物だ。
どうなるかは、実力以外に運も入る。
ただ、もう一度会えたら会いたいものだと思っていた。真田とは。

そうして、春になり、我は志望大学に受かり、出席した入学式で。
真田と再会した。

「毛利殿も無事合格されていたのでござるね」
「そなたもな」
「はい、これからどうぞ宜しくでござる」
「我こそ宜しく頼む」
「はい、毛利殿」

満面の笑みを真田は我に向けてくる。
こんな風に屈託無く、他人から接させる事は殆ど経験が無いので面食らったが。
不快ではない。寧ろ、心地良い。
我は真田が差し出してきた手を握り返し、握手をしていた。

「毛利殿はこれからどうされますか」
「どう、とは?」
「入学式も無事終わりましたので、これから某の従兄弟が入学のお祝いと称して美味しいケーキを奢ってくれるのでござる。毛利殿もご一緒に如何ですか」
「いや、我は…」
「ケーキはお嫌いですか」
「そうではない」
「ならば、是非ご一緒しましょう」

いきなりの申し出に、どう断れば良いのか困惑してしまった。
決して、真田の好意からの申し出が嫌なのでは無い。
ただ、我が一緒にという事に途惑ってしまうのだ。
見知らぬ人間が、いきなり一緒をするなど、その従兄弟に取っても迷惑であろう。
真田を祝う為の席なのであろうから。
だから、きちんとこの場は断ろう。申し訳ないが、用事があるからと云って。

「真田…」
「あ、佐助ーっ、ここっ、ここでござるよーっ!」

断ろうと口を開きかけた瞬間だった。
真田は大きく背を伸ばし、大きく手を振り始めた。
どうやら、待ち人が来たらしい。
これは、早くはっきりと云わねばと、もう一度口を開こうとした時だった。
鋭い視線が、我を捕らえた。真っ直ぐに、我の見据える視線に。
我は動きを止めた。
頭の中が万華鏡が回る如く、記憶がうねりを上げて回り出す。
その場に立ち尽くし、我は全てを思い出していた。
己の前世を。
我に向けて歩いてくる長曾我部の姿を見た途端に。


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部屋の鍵を開け、閉める。
荷物をリビングのソファに置き、寝室へと直行する。
そして、その儘ベッドの上へと我は倒れ込んだ。
多大な疲労感と共に。

まさか、こんな事だったとは…。
幼い頃からの疑問が晴れた。晴れてしまった。
こんな形で…。

「長曾我部…」

まさか、出会えるなどと…。
生まれ変わり、もう一度会えたなどと…。
信じられぬが事実だ。
事実だが、受け入れてはいけない気がした。
なので咄嗟にだが、素知らぬ振りをした。
初対面だと。
記憶など無い、と動揺を押し隠した。
それらを印象付ける為、真田の誘いに承諾し、同行もした。
あの場では、逃げを打たない方が良いと判断したからだ。
不審感を抱かせない為にも。
その為に、長曾我部の視線にも耐えた。あの隻眼の蒼い眸に。

これで良いのだ。
見知らぬ他人で。
前世の事など、引き摺る必要など無いのだ。
我に記憶が無いと判れば、長曾我部も関わらないだろう。
我との縁など、長曾我部に関わらせたくなど無いのだ。
戦国の世から、生まれ変わったのだから。

強い疲労感から、睡魔が訪れる。
我はそれに逆らわず、ゆっくりと目を閉じた。
今だけは、もう何も考えたくは無い…と眠りに身を任せた。





2012.09.22
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戦国設定の「貴方に花を」からの続きの話です
大学の入学式の帰りに再会しちゃいました
元就視点、現代に生まれたナリちゃんの現況ですv