「私に唄を」 四


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一度決めた事だから
それを突き通す
揺るがない
揺るがさない
何処まで出来るのか判らなくとも

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我の読みが甘かったと、云わざるを得ない。
長曾我部は、最も長曾我部らしい行動を取って来た。
あの、事故の様に再会し、いきなり記憶が戻った日から一週間程は何もなかった。
学部が違う為か、構内で顔を合わせる事もなかった。
これは、長曾我部の方も記憶が無い為に。
我は真田の知り合いの一人と、認識されたのだろうと判断した。
ならば、あれ以上の接触はないだろうと、半ば安堵したところだった。
講義が終わり、他に何の用も無いので、その儘帰宅しようとしたところだった。
正門にて、長曾我部が我を待っていた、のだ。

『よっ、俺のコト、覚えてっかな』
『長曾我部さんですよね、先日、入学式の後にお会いした』
『ん、そうだ』
『あの、何か御用でしょうか』

動揺など抑え込める。息の継ぎ方を意識しない。
普段通りも意識しない。淡々と受け流すのだ。

『話、つーか…聞きたいコトがあるんだけどよ』
『はい、何でしょうか』

緊張を笑んだ顔の下に隠す。肩に力を入れぬ。
少し首を傾げ、長曾我部の話を聞くという態勢を取る。

『あのさ、今、アンタ、誰か付き合ってるヤツっているか?』
『…いいえ。
 でも、それは答えてからで何ですが、答なくてはいけない事では無いと思いますが』
『あ、ゴメン! 気、悪くさせたら謝る』
『別にいいです。それより、もういいでしょうか、帰りますので』
『いや、こっからが肝心なんだ。頼む、話聞いてくれ』

進行方向を塞がれたので、憤慨したという態度にする。
但し、話は聞くので早くして欲しいという感じを無言に含めて。

『あのよ、俺と付き合って欲しいんだ。ダメか?』

だが、聞かなければ良かった。
失礼なと、直ぐにその場を離れれば良かった。
反応が遅れてしまったのが、悔やまれる。
一瞬、頭の中が真っ白になったのだ。云われた意味が理解出来ずに。
長曾我部は、何を云いだしたのだ? 何を云ったのだ?
この我と付き合いたい、と云ったのか? 長曾我部は…。

『んー、と。…返事貰えっと嬉しいんだけどよ』
『お断りします』

ぐらつき掛けた意識を立て直した勢いで、我は即答を長曾我部へと返した。
そして渾身の力で、その場から離れた。


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長曾我部を理解する事は、決して無いだろうと、思う。
我の理解の範疇には、決して嵌らないだろう。
だから、我は根負けをしてしまったのだろう。

「よっ、待たせてすまねえ」
「いいえ、大丈夫です」

講義が終わった後、我は長曾我部との待ち合わせ場所で待っていた。
そこに、走って来る大柄な姿を冷静に見ながら。
一度、断っただけでは、諦めなかった。
あれから、何度交際を申し込まれた事か。
断る度に、何故断るのか、その理由を教えて欲しいと聞かれた事か。
知らない人間とは付き合えないと答えると、ならば付き合って知って欲しいと云われた。
その気が無いと答えると、試しで良いから付き合ってみて欲しいと云われた。
どう、断る言葉を口にしても、悉くそれを覆してくるのに、我は困惑するばかりだった。
何故、この様に長曾我部は我に固執するのだろうか、と。
理解出来なかった。

けれど、ふと気付けば、前世を思えば、長曾我部は変わりが無い。
鷹揚で、童子の様に物欲が強い。
手に入らなければ固執する。その反面、手に入れば満足で終わる。
そこで、我はならばと考えた。
一過性のものならば、それを満たしてしまえば良い、と。
そうすれば、満足すれば、我への興味も失せるだろう。
そう結論を出し、我は長曾我部と付き合う事を決めた。

「今日はどうする?」
「レポートがあるので帰宅します」
「じゃあ、送ってくな」
「ありがとうございます」

我の歩幅に合わせて、長曾我部が横を歩き出す。
ほぼ、毎日この調子だ。
一体、何が面白いのか、長曾我部はいつも機嫌が良い。
ただ、隣を歩いているだけというのに。
話し掛けられても、気の利いた返事を出来る訳もないというのに。
長曾我部は、楽しそうだ。
我は不思議でならなかった。

「なあ、今度の日曜って暇ないか」
「ありません、このレポートを仕上げてしまいたいので」
「そっかあ、残念。映画に誘おうかと思ったんだけどよ」
「済みません」
「んー、いいって」

長曾我部は苦笑をするが、それでも楽しそうな態度の儘だ。
もう何度も、誘いを断っているというのに。
本当は、用事などは無い。
長曾我部と2人で出掛けるのは避けたい、だけの理由だ。
それを長曾我部が判っているのか、判っていないのは知らぬが。
我はこの態度を一貫するつもりでいる。

早く、少しでも早く、我から興味を失ってくれまいか。
我と居ても、長曾我部の為になどならぬ。
それだけは、判っておる。

「今度さ、都合の良い時あったら教えてくれな」
「はい」

今生も、気持ちを押し隠す。
前世での想いも全て、決して表へと出さぬ。
その為ならば、我は幾らでも嘘を吐くだろう。
長曾我部。
そなたの為にも。





2012.09.25
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戦国設定の「貴方に花を」からの続きの話です
ナリちゃん、とうとう根負け
元就視点、後ろ向きながらもアニキに引き摺られ中v