「私に唄を」 六


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渡さないようにする
何にも誰にも何処にも
そうやって固執をしておかないと
一寸した綻びから
解けていってしまいそうだから

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何故、飽きない。
一日も早く、飽いて欲しいと思っているというのに。
我に。

長曾我部は講義のある日、つまりは平日はほぼ毎日、我を送る。
送り届けないと心配だと、云う。
現在、一人暮らしをしている場所は、男子禁制の女子寮的なマンションの為、長曾我部は中に入る事は出来ぬ。
それなのに、毎日、我が中に入るまで見送り、帰って行く。
これの何が楽しいのか。
長曾我部は、いつも機嫌が良い。
大学からマンションまでの帰り道を色々と話し掛けてくる。
我は答えられる、差し支えのない範囲の事だけを返す。
ただ、隣をひたすら歩くだけだ。帰路を。
何処に寄るわけではない。門限を理由に我が全て断っている。
唯一は、図書館に資料を探す為に立ち寄るくらいだ。
二人きりでお茶などした事もない。
日曜日に出掛ける誘いも、一度も了承をしていない。
携帯を我が不要としている為、電話も無い。
マンションの電話は、番号も教えておらぬ。家族のみにしか教えられないからと、断ってある。
つまりは、交際らしい交際など一切していない。
勿論、意図的にだ。
長曾我部に一刻も早く飽いて欲しいが為だ。
付き合う事を承諾したのは、我が如何に付き合うには詰まらないと認識させる為だった。
知り合いにも友人にも、ましてや、恋人にもなれる筈が無いのだから。
頼むから、早く飽いて欲しい。

何故、いつまでも構うのだろうか。
やはり、長曾我部には戦国の記憶があるのだろうか。
それらしい気はするが、聞くわけにはいかぬが。
多分、あるのだろうと推測はされる。
長曾我部の周りの面々からも、その雰囲気はある。
全て、覚えていて我へと近付いて来ているのか。
ならば、余計に離れなくてはならぬ。
あの、一夜の事があるから尚更に。

一度だけの事と、我は長曾我部に縋ったのだ。
それを長曾我部が責を負う事は無いのだ。
平和な世に生まれたのだ。
我は、長曾我部に穏やかに、幸福に過ごして欲しいのだ。
そこに、我の存在を介在する事なく。

我と関わり合う必要など、無いのだ。
長曾我部…。


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「一人暮らしはどうだい、元就」
「少しずつですが、慣れてきています、兄様」

歳の離れた兄、興元兄様が出張に合わせて、我の様子を見に来て下さった。
待ち合わせをし、カフェでケーキセットを奢って下さっている。
この方は記憶が無いが、昔同様、我に優しく接してくれる方で。
お顔を見るだけで、安心が出来る。我に取って、大事な方だ。

「皆で心配していたんだけどね、どうやら杞憂に終わりそうだ」
「大丈夫です。でも、そんなに心配されているんですか」
「そりゃあね、大事な末っ子の姫君だから心配してしまうさ」
「…兄様」

毛利の家を守る事だけに精一杯だった我が、今は守られる立場にいる。
何とも面映ゆい。妙な感覚になる。

「勉強の方はどうだい? これは元就だから、心配はしていないが」
「大丈夫です」
「なら良かった。わざわざ、こちらの大学で学びたいって家を出た訳だからね」
「はい」

進学に際して、上京する事には最初は危惧され、反対されていた。
それを兄様が後押しして下さって、叶ったのだ。
この方は、昔も今も、我の為したい事を判って下さる。
押し付けがましくなく、手を差し伸べて下さる。
とてもとても、感謝している。

「それで、お友達は出来たかな? 実はそっちの方が心配なんだよ、元就は内弁慶だからね」
「真田さんと云う方と仲良くさせて頂いています」
「そうか。それなら良かった」
「でも、兄様、内弁慶は余計です」
「だって本当の事だろう」
「兄様」

にこにこと微笑まれると反論の気が、削がれてしまう。
興元兄様には敵わないと、実感してしまう。

「ほらほら、そんな顔してないで。紅茶が冷めてしまうよ」
「…戴きます」

女の身で生まれても、この方の妹で良かったと思う。
心の底から。
我には好きな事を好きな様にすれば良いから、と云って下さっている。
仕事も、結婚も、我の選ぶ様にと。
だからこそ、大学を卒業したら、実家に戻り、兄の手伝いをしたい。
するつもりでいる。
今はまだ口にはせぬが、いつかはそうすると決めてある。
義務ではなく、我の意志だ。何にも強制されるものでなくの。

だから…。
長曾我部の事は、今だけの事で終わる。
先に向こうの方が卒業であるし、何よりいつまでも我に構う事はなくなる筈だ。
もう少しの、間。
傍に居られる…。

「元就? どうかしたかい?」
「いいえ」

努めて明るい声で返す。
この方を心配などさせたくない。我は笑みを作った。

「何もなければ良いけど、でも、何かあった時は遠慮せずに云うんだよ」
「はい、兄様」
「あれっ? 毛利っ!」

そこに飛んで来た声に、我は心底驚いた。
近付いてくる長曾我部の姿にも。





2012.09.28
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戦国設定の「貴方に花を」からの続きの話です
色々と物思いに耽る、ナリちゃん…
元就視点、大好きな方が出てきて一寸気分浮上v