「私に唄を」 八


--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--

どうして一番望む事は
自分の思い通りに転がってくれないのだろう
思いも寄らない事で
それだけは避けたい方へと転がってゆく
厄介で仕方が無い

--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--


困惑と混乱と目眩がした。
こんな状況を誰が予想出来るだろうか。
先程から、兄様と長曾我部は談笑を続けている。
しかも、話題は我の事ばかりで。
目の前に居るというのに、兄様は幼少時の話までしている。
長曾我部は、それを楽しそうに相槌を打ちながら聞いている。
話の中心の我は、完全に置いてけぼりだ。
一体、何故こんな事に…。

「…そう、小さい頃から聞き分けが良くてね、大人しいんだけどね、ここぞという時は我が強くてね、決して譲ろうとしなくてね」
「そうなんですか、見てみたかったなあ」
「おや、知らないのかい」
「まだ、知り合って日も浅いですし、どうもまだ信用を得てないというか」
「確かに、元就は内弁慶だからね、家族しか知らなくても仕方ないだろうね」
「頑張ります」

何を頑張ると云うのだ。話が妙な方向に向き始めている気がする。
我の気の所為ではなく。

「頑張るんだね」
「はい」
「そんなに潔く云われると応援していいのかどうか、複雑な気分になるよ」
「反対だけしないで頂ければ良いです」
「そうなのかい? 僕が反対しても、元就の気持ち次第だと思うがね」
「いや…あの…その、毛利さんが」

我が? 我が何だと云うのだ。
口を挟む事も出来ない為、黙っていたが、急に歯切れの悪くなった長曾我部を見ると。
我の方へと視線をちらりと向けてきた。
意味が判らず、首を捻ると。

「どうやら、ブラコンみたいだから、お兄さんに反対されたら簡単に振られそうで、それはヤバいかな、と」
「長曾我部さんっ」

何を言い出す。選りに選って、しかも兄様の前で何を言い出すのだ、長曾我部は。
確かに、我は昔も今も兄様を慕っておる。
だが、己の意志というものは、きちんと持っておる。
兄様に例え反対されようと…。

え?

「あはは、正直者だね」
「はい、取り繕うの苦手なんで」
「成る程。では、応援はしないが、反対もしないよ。それで良いかな?」
「はい、ありがとうございます」

兄様の楽しそうな笑い声と長曾我部の堅苦しい受け応えよりも。
己の感情に途惑っていた。
今、我は何を思った?
思わず噴き出していた感情がぐるぐると渦巻く。
兄様の反対があっても、我は長曾我部を…長曾我部との事をどうする、と。
思ったというのだ?
判らない…判りたくなどない。
押し込めないといけない。
頭を擡げさせてはいけない。
そんな感情など、我には無いのだ。初めから、…昔から。

「では、スミマセン。そろそろバイトの時間なんで」
「そうかい。それでは近付きになれたという事で珈琲は奢らせて貰って良いかな」
「ご馳走さまです」
「今日は会えて良かったよ」
「俺もです」

兄様と長曾我部が握手をするのをつい眺めてしまった。
いけない。ここは気力を振り絞って、平素を装わねばならない。

「長曾我部さん、お気を付けて」
「じゃあ、又大学でな」

我へと向けてくる嬉しそうな笑顔に表情を変えずに見送る。
大柄な身体が店から出て行って、我はやっと息を吐いた。

「元就」
「はい、兄様」
「僕は彼の応援はしないけど、お前の事は応援するからね」
「兄様?」
「元就が一番幸せだと思える道を選ぶ事を僕は応援するよ」
「…あ、ありがとうございます」

兄様の手が、膝の上に置いてある我の手に重ねられてくる。
そして、大きな温かい手で軽く叩かれてこられた。
昔からの兄様の癖で、我を安心させる為にして下さる。
言葉でなく、気持ちを込めて、大丈夫大丈夫と手を重ねて下さる。
この方の妹で良かった。
心底、そう思えるのだ。

だから、長曾我部の事は一刻も早く離れられるようにしよう。
いつまでも、我が迷っていては駄目なのだ。
しっかりと、先を見据え、断ち切らなければ。

今生の長曾我部を。

我は強く強く、再度、決心をした。


   --*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--


「見送りをありがとう、元就」
「我こそ、今日はありがとうございました」
「色々と元気そうで安心したよ」
「又、いらっしゃって下さい。お待ちしてます」
「ああ、又来るよ。その時の元就を楽しみにね」
「…兄様」

含み笑いをする兄様を駅で見送り、我は帰ろうとしたところだった。
偶然、真田と猿飛の二人に遭遇した。
今日は次から次へと、知り合いに会う日なのだろうか。
そんな日もあるのだろうか、二人に促される儘、我は二人が出掛ける先に付き合う事になってしまっていた。





2012.10.13
                  back
戦国設定の「貴方に花を」からの続きの話です
男同士の会話に口を挟めなく困惑するナリちゃんです
元就視点、とってもとっても迷い中v