嗚呼、素晴らしき! 飼い猫side
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待てる?
待てない?
さあどっち?
どっちにするかを決めて頂戴ね
さあさあ早く決めて頂戴ね
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我の名は、元就という。
裕福な家の飼い猫だ。
何の不自由もない安定した暮らしを送れている。
それを何故、わざわざ、捨てなければならぬ。
断固拒否しているというのに、これだから野良猫というものは不可解だ。
その野良猫はある夜、いきなり窓の外にやって来た。
問いもせぬのに、勝手に元親と名乗ってきた。
この窓を開けてくれ、と。
一緒に外に行こう、と。
我の都合などお構い無しに、話し掛けてきた。
『なあなあ、アンタ、キレイな毛並みだなあ』
『当然ぞ、毎日ブラッシングして貰っておる故』
『耳もキレイで可愛いしよ、俺、惚れちまったわ』
『な、何を言い出す』
『だからよ、コッチこねえか、ソッチから出て来いよ』
『断る』
『えーっ、ナンでだよぉ』
馬鹿者が。
少し考えれば判るであろう。
何故、我が外に出なければならぬ。
出る理由などないではないか。
いくら、一緒に居られるだろう、と云われても我に利など無い。
そんな妄言に付き合ってなどいられぬ。
『なあ、じゃあさ、名前ぐれえ教えてくれよ、俺も教えたんだからさ』
『…元就、ぞ』
『ふーん、イイ名前だな、アンタに合ってる』
窓の硝子越しに、機嫌良く髭をピンとさせて話し掛けてくる。
名前一つで、何をこんなに楽しげにするのか、判らぬ。
『楽しいに決まってるじゃねえか』
『何故ぞ』
『アンタ…元就とこうして話してるからに決まってんだろ』
やはり、判らぬ。
我と話していて何が楽しいと云えるのか。
悉く、この元親と名乗ってきた猫の言葉を撥ね退けているというのに。
一つも肯定などしておらぬ。
返事は返しているが、物言いは冷たく言い放っている。
それの何処が楽しいと云うのか。
この野良猫は、何処かおかしいのではないだろうか。
『ん〜、上手く説明なんて出来ねえけどよ』
『云ってみよ』
『確かに、つっけんどんでよ、凹みそうになるけどよ』
『ならば、どうしてだ』
『そんでも、会っちまったんだし、窓越しだけど話せるんだし』
『それが、どうした』
『それが、楽しいつーか、嬉しいんだって』
そう云って、にゃあと喉を鳴らして、野良猫は我へと微笑んだ。
理解は出来ぬ。
やはり、理解は出来ぬ。
だが、首輪の鈴がチリンと鳴ったのに、胸の中でも何かが…。
『んじゃ、また来るからよ』
『あっ…』
待てと云う間もなく、野良猫は身を翻して行ってしまった。
あれ程、しつこく外へと誘っていたというのに。
こんなにも、あっさりと去る事が出来るのかと。
我の胸は痛んだ。ズキリ、と。
身軽に跳ねて行く姿が、どんどんと小さくなるのを。
我は為す術無く、見送っていた。
二度と来なくて良い、と思いながら。
―――それから。
事ある毎に、野良猫の元親は我の元へと来るようになっていた。
毎回、同じ誘い文句を口にして。
外へ出よう。
俺と一緒に行こう。
それを必ず、繰り返す。
外での出来事の土産話と一緒に。
楽しい事ばかりだと。
あちらこちらに足を伸ばして、色々な物を見聞き出来ると。
自由気儘を満喫出来るのだから、早く、その窓から出て来いと。
野良猫の元親は、飽きもせずに言い続ける。
我の返事などお構い無しに。
「なあ、元就〜、そろそろイイだろ」
「何がだ」
「しらばっくれんなよ、俺と一緒に外に行こうぜって云ってんだろ」
「我は行かぬ」
「ちぇーっ、つれねえの」
大きな図体で拗ねる元親から、我は目を逸らした。
いくら云われようとも、我にはこの窓を開ける術など無いのだ。
第一、窓の開け方など知らぬ。
猫には開けられぬ。
それに何より、窓の中、部屋の中が我に取って大事な場所なのだ。
ここを捨てる気など無い。
我の唯一の居場所を。
「さて、と。そろそろ行くわ、俺」
「さっさと行ってしまえ」
「元就はホント口が悪いなあ、偶には行かないでくれってよ」
「誰が云うか」
「又、来っからな」
何を云っても、マイペースを崩さない元親に、我はふんと鼻を鳴らした。
見送りなどしてやるものか。
我は目を瞑って、元親から顔を逸らした。
「元就」
「何ぞ」
「その気になったら、いつでも云えよ」
「その気になど決してならぬ」
「そん時は、俺が元就の首輪、食い千切ってやっからよ、じゃあな」
えっ、と目を開いた時には元親の姿はもう無かった。
初めて云われた言葉。
首輪を千切る、と云われたのに。
我は深い動揺で、窓際から動けなくなっていた。
馬鹿者…我を…こんなに動揺させるなど。
次、一体、どんな顔で会えば良いのだ。
次、会えるのを待てば良いのだ。
元親の馬鹿者め。
2013.02.23 back
2013年の222の日、遅刻だけど、にゃんこ瀬戸内v
野良猫アニキと飼い猫ナリのお話です
にゃんこナリ視点です