“HANABI”




by 遙か



『視神経の回路が閉じられています
 原因は判りません』

原因は不明というあやふやな回答を
初老の軍医は、明確な声で
視力を失った、患者に告げた

††††† ††††† †††††


「お、落ち着いて下さいっ、元帥!」
「退院の許可は取りました。邪魔をしないで下さい。」
「し、しかし…。」
「いいから、そこをどきなさい。」
「元帥っ!」

ドアを隔てた廊下での一悶着は、俺の居る所に丸聞こえだった。
後、数秒でドアは勢い良く開けられる事だろう。

―――バンッ!!

ほらな。
俺は音のした方へと顔を向けた。

「何ですか。まだ支度をしていないんですか、捲簾。」
「支度って何のだ。」
「勿論、帰宅のです。
 僕が迎えに来てあげたのんですよ。さっさと、しなさい。」
「へいへい。」
「永繕、補助を頼みます。」
「はい。」
「何だ、永繕まで連れて来たのか。」
「彼ならば、安心ですから。」
「ん〜、まあな。」
「失礼致します、大将。」

空気の動きで、永繕が俺に近付いたのが判る。

「手間、掛けるな。」
「いいえ、そんな事はありませんから。」

戸惑いを隠して言い切ってくれた永繕に、俺は感謝した。
手間と言うより、こんな事で部下に気を遣わせている上司で済まん。

「では、申し訳ありませんが、立って頂けますでしょうか。
 お支度しますので。」
「ん、頼むな。」

俺はゆっくりと、その場に立ち上がった。

「早くして下さい。早く帰るんですから。」

と、いう天蓬のイラついた声を聞きながら。


††††† ††††† †††††


「―――後は良いです。何かあったら呼びますから。」
「はい、では失礼致します。」

静かで、初めて聞く声の持ち主が出て行ったところで。
俺は天蓬に、声を掛けた。

「で、ここは一体何処なんだ?」
「僕の家です。」
「お前の?」
「はい。」
「何でまた。」
「迎えに来ました、って言ったじゃないですか。」
「答になってないぞ。」
「病人の時くらい、しおらしくなって下さい。」
「すり替えるな。」

一気に問答をした後に、静寂が落ちた。

「…済まん。」
「僕こそ、済みません。…勝手をして。」
「俺の為に、だろ?」
「捲簾。」
「軍人でなくなった、俺の為だよな。サンキュ。」
「捲簾。」

両手を広げると、天蓬の身体が傾いで収まってきた。

「心配掛けた。」
「心配しました。」
「ごめんな。」
「反省して下さい。」
「判った。」
「僕が、許すまでですよ?」
「許して、くれるのか?」
「それは…僕の、気が向いたらで。」

弱味を簡単に晒す天蓬を俺はきつく抱き締めた。
今、ここには俺達しかいない。
初めて広がってゆく不安感に、確かなものを抱き締めている腕に。
力が籠もる。
虚勢も欺瞞も、する必要がない。
表面に出す事を許さないでいたものが、決壊していく。

目が、見えない事が不安ではなく。
目が、見えない事で今の位置から外される事を余儀なくされる事が。
嫌な、だけだ。

『大将』という名が、惜しいのではない。
公然とした『元帥』の片腕から、降りなければならない。
判っていても、その事実はどうしようもなく胸を焼く。

雑多な垢まみれになろうとも、俺は俺の欲求に忠実だ――だった。
それはつまり、自己中心的であり。
単体でいたからだ――天蓬を得るまで。

色彩の閉じられた世界で抱き締める、天蓬の身体は。
温かく、頬に触れる髪は柔らかい。
呼吸、鼓動――今まで気に留めていなかった、当たり前の事が。
一気に押し寄せてくる。
香――天蓬の持つ匂いが、鼻を擽る。

「天蓬。」
「はい。」
「愛してる。」
「知ってます。それは僕も同じですから。」


††††† ††††† †††††


捲簾が視力を失った時、僕はその場に居ませんでした。
たがら、詳しい状況は判りません。
判ったのは、報告書の内容と。
西方軍の大将が使い物にならなくなったという、事実だけでした。

不変な物など、何も無いと。
頭で理解して、口で言葉にしてきたというのに。
それが現実になった時、あんなにも動揺した自分に驚きました。
あまりにも…滑稽で。

『嫌だ』と子供の様に、聞き分けのない言葉を論えば。
状況を変える事は出来るのであれば、いくらでもしましょう。
だけど、変わらないのだからしません。
ただ、それだけです。
無駄な事はしません。

捲簾自体を失わない為の策を懲らすのなら。
時間は必要で、迅速にしなければ、ですから。
同じ状況が難しいのであれば、別の状況を作り出す、だけです。
そう…。そうすれば、いいんです。

「捲簾、貴方はここに居て下さい。」
「それは、命令か?」
「そうです。」
「拒否は?」
「却下です。」
「飲むしかない訳か。」
「飲んで下さい、無条件で。」
「お前が望むなら。」
「僕は望みます。」
「言っておくが、欠陥品だぞ。」
「目が見えなくても、手足がもがれてても。
 貴方に変わりはありませんなから。」
「天蓬。」
「貴方の替わりはいませんから。」

感情の中に揺れている自分を自覚出来ました。
捲簾に依って、もたされるものは。
こんなにも、僕を侵食していたんですね。

目を閉じ。
暗闇の、仮の擬体験の中。
同じ、何も見えない世界へと身を浸す。

ゆらゆら…。
ゆらゆら、と…。



2007.05.23  UP




★ コメント ★

聖椰様へ、捧げますv

どんな話が良い?
リクエストをさっさと頂戴、と
半ば強引にもぎ取って出来たお話で御座います(笑)
ありがとう、聖椰ちゃんv

『盲目の捲簾』

ああ〜良いリクエストを貰いましたv
精神的? 肉体的?
その両方を欲張ってみましたが
出来はどうかな…

ではでは、どうぞ、贈らせて下さいねv



モドル