春 宵



by 遙か



猪八戒、22才。
この春から、桃源郷大学の院生へと進学。

沙悟浄、22才。
自称・フリーター。
但し、表用と裏用の2種類有り。



最近。
世間を騒がせている事と言えば。
政治家の不正疑惑でも、アイドルの恋愛沙汰でもなく。
この世の中に、合っているのか、いないのか。
今一、よく分からない泥棒の話題でした。
所謂、華麗な怪盗と、予告して、盗んでいくという。
古いタイプの目立ちやがり屋なのですが。
何故か、世間様には受けが良く。
正体がまるっきり不明というのも、ミステリアスと相俟って。
人気が高まる一方、でした。

しかし、それを知るよしもない、世間に疎い方も必ずいるもので……。


『だいぶ、春らしくなってきましたねぇ。
空気が暖かく感じます。』

めでたく、大学院へと進学が決まった八戒さんは。
自分の研究が思い切り出来る環境へと移る事が、たいそう嬉しかったらしく。
とても、ご機嫌が良いのでした。
で、ついつい、生真面目な性格も有りまして。
春休み中から、毎日毎日、ラボへと通っておりました。

そんな、八戒さん。
研究者というか、学問バカというか。
頭がお宜しい分、世間離れが人の三倍以上というのと。
元々の、天然呆けのせいもありまして。
巷を騒がせている怪盗さんには、全く縁のない生活を送って。
……送って、いたのですが。



ある日の事。
研究に夢中になり過ぎ、とうとう警備員さんから心配されて。
帰る様にと、見送られ、ボテボテとアパートへの道を。
八戒さんが歩いておりました。

いつもの道。
いつも位の、時間帯。
コンビニで明日の牛乳を買って。
後少しで、到着という時でした。

タンッ。

と、軽いけれど、確かに物音が聞こえ。
八戒はその音のした様な、路地をヒョイッと覗き込んでしまいました。
すると、そこに居たのは。
長身の人影で。
暗くて良く判別が出来ないけれど、身体付きから男だという事だけが分かりました。

「あのおー、どうか、されましたかー?」

何となく掛けた声に、その人影がビクンと、驚きました。

「何か、落とし物でもされたのですかー?
だったら、僕も捜すお手伝いしますよー。」

心よりの親切心からの言葉に、返事は返らなかったが。
人影が、八戒の方へと近付いて来ました。

「あんたさあ。」
「はい?」

人影は、やっぱり男で。
全身が、何故か黒装束で。

「俺の顔、見ちゃった?」
「ええ。」

紅い髪、紅い瞳、の持ち主で。

「それじゃあ、仕方ねえなあ。」
「何がですか?」

男の意図が全く掴めず、八戒が首を傾げたトコに。
男の両手が伸びてきて。
ぎゅっ、と抱き竦められて。
あっ、という間に。
キスをされて。
口移しに、即効性の睡眠薬を飲まされて。
八戒の身体は、直ぐに力を失い。
くたり、と男の腕の中に収まってしまいました。



『―――――あれ?』

八戒が目を覚まして、一番初めに見たのは、ベッドの天蓋。
首を横にすると、調度品の贅沢な部屋。
夢を見ていない限り、ここは自分のアパートではないと。
八戒は、起き上がってみた。

『―――――ここは?』

まるっきり、見覚えもなく、記憶もなく。
八戒が、首を捻ったトコロに。
かちゃり、と部屋のドアが開き。
ゴロゴロ、とワゴンと一緒に男が入って来ました。

「目、覚めたあ?」
「あ、はい。」
「メシ、持って来たんだけどさ、食えそう?」

八戒が返事をする前に、お腹の方が。
きゅう、と鳴ってしまいました。

「やっ(
/////)。」
「あはは。そのまんまでいーからさ、一緒に食おうぜ。ほいよ。」

真っ赤になった八戒の前に、差し出されたトレイの上には。
あったかく湯気を立て、美味しそうな匂いの食事が乗っけられていました。

「……いただきます。」
「こぼさないよーに、気を付けてな。」
「……はい。」



奇妙な食事会が終わり、食後のお茶を啜りつつ。
八戒は、男を見ました。

「ん。何?」
「僕は、猪八戒と言います。」
「あ、こりゃ、ご丁寧にどうも。」

ぺこり、と男が頭を下げる。
つられて、八戒も頭を下げた。
そして。

「貴方のお名前を教えて頂けませんか?」
「ん―――教えてもイーんだけどさあ。」
「?」
「聞いたら、後戻り出来なくなっちゃうぜ。
それでも、いいの?」

八戒には男が何を躊躇しているのかが、さっぱり見当が付かなかった。
だから、『ホントにいいの?』と念を押された時。
名前を聞いた位で、後戻りが出来なくなるなんて考えも付かず。
ここまで言われると、どんな事が起こるのだろうという好奇心から。
八戒は男の問いに、こくん、と頷いてしまった。

「そっかあ。いーんだなあ。良かったあ。」

八戒の肯定の返事に、男が破顔する。
その笑い方が、野性味を帯びた男の外見とは裏腹に。
子供っぽく、無邪気なモノだったので。
八戒もつられて、笑ってしまった。
すると。

「八戒の笑った顔って、可愛いな。」

男の気障ったらしい台詞と共に。
男の指が、八戒の細い顎先を捉え、上向かせ。
唇を合わせていた。

数秒のち、自分のされている事にやっと気付いた八戒は。
男をばっ、と押し退け。
顔を真っ赤にし。
今、奪われたばかりの唇を両手で覆った。

「な、何を…何をするんですかっ!」
「恋人同士のキス、初級編。」
「はい?」
「俺な、今、世間様を騒がせてるドロボーでさ。
怪盗58号って、知らない?
警察が付けた無粋な名前。」
「…いいえ。」
「あ、そ。ま、いーや。
でね、俺さ、今まで正体を誰にも見られたコトねーのよ。
怪盗だからさ、分かる?」
「…はい。」
「だから、こーして八戒に顔を見られちゃったのってさ。
運命の糸だと、思う訳。
すっげえ、と思わねえ?
運命の恋人同士だってさ、俺達。」

目の前で、熱く語る男を。
八戒は、パチクリとした表情で見ていた。
一人、置き去りにされた感じに。

「と、言うわけでえ、中級編いってみよっか。」
「え?」

男の右腕が、八戒の背中に回り、八戒の身体を抱き締める。
左の手が、八戒の頭を支える様にして、再び唇を合わせられた。
無防備なトコロを狙われ、しかも、男の巧みなキスのせいで。
八戒は、男の侵入をどんどんと許してしまう。

嘗められて。吸われて。絡み付かれて。
息苦しさもあるが、男のキスに熱い吐息が漏れ始めた頃。
ベッドへと押し倒された。

「俺の名前、沙悟浄ってんだ。悟浄ってゆーんだよ。」
「………ご、じょう。」

縺れる舌で、名前を呼ぶと。
男が嬉しそうに笑い、唇がまた重ねられた。

甘い甘い、キスが繰り返される。
夢の様に、現実。
はてさて、八戒さんの運命は―――――?



2002.4.3 UP



☆ コメント ☆

はい、【2002年開けまして、貴女のリクを私に下さい】今頃かい企画v
その第2号・蓮さんのリクは。
『怪盗物で、悟浄怪盗v目撃者八戒を成り行きで無理やり誘拐。
んでもって口止めに……。』
で御座いました。うふv

あ〜、本当に申し訳ありません。
こんなに遅くなってしまって……ιι
本当にお待たせ致しました。ぺこり。
しかも、コレを相互リンクのお礼の品も兼ねてとの、有り難いお言葉を頂きまして。
ホントに、ありがとうです、蓮さんv

慎んで進呈させて頂きますので、未熟なトコは目を瞑ってねv
ではでは、これからも宜しくお願い致します。