吾亦紅



by 遙か



2つの道の 分岐点
どっちに 行くかなんて 決まってる
もう1つは 立ち入り禁止だもん
どんなに そっちに行きたくたって
行っちゃ いけないんだもん
どうしてって それも 分かってる
だって―――――



ざわざわとした喧噪を聞きながら、僕はグラスを熱心に拭いていました。
悟浄に紹介して貰ったこの仕事にも、だいぶ慣れてきました。
酒場の雑用係は、色々と大変ですけど。
多かれ少なかれ、仕事に苦労は付きものですし。
一々、不満を上げていても仕方ありませんものね。
一生懸命こなす事が、大事ですもの。

悟浄は、幾つかの仕事場を持っていて。
ここも、その一つで。
時々、僕の様子をわざわざ見に来てくれます。
いつも、『ついでだから』と軽口で。
僕が負担に思わない様に、気を遣ってくれて。
帰りも、時々一緒に帰ります。
しかも、雨の日は…必ず、迎えに来てくれます。
いいのかな、いいのかなと、思いながらも。
僕は、悟浄の優しさに甘えています。
あんな大罪をしでかしたくせに。
何かを望まない様に、戒めているのに。
悟浄のところに居られるのが、嬉しくて…喜んでいる、自分。
今更、嫌悪しても仕方無いけど、最低最悪な自分。
だから、せめて。
悟浄に迷惑を掛けない様にしなくては。
早く自立して、悟浄に甘えない様にしないと。
分かっています…分かっていますから。
あと少し。
もう少しだけ、このままで………。



うーん、難しいトコだ。
八戒のバーテンダースタイルは、すっげえ似合ってて。
見れて、ラッキーなんだが。
俺以外の奴等も、見るのが気にくわねえ。
営業だって分かってても、造りモンの笑顔だろーと。
大安売りされてんのは、すっげえヤだ。
唯一の救いは、カウンターの向こうから出て来ないってコトだ。
ウェイターじゃねーから、客の方に八戒からは来ないってコト。
…カウンターに、座りたがる奴が増えたのには頭にくるが。
まだ、マシだ。
こんな客とも呼べないよーな奴等の間を歩かせるより、な。


八戒が、生きててくれたのが、嬉しかった。
俺んトコに来ないかっと言って、OKしてくれたのが嬉しかった。
スッゲー、有頂天になったさ。
八戒が、俺を選んでくれたんだからさ。
だから、焦らずいこーと誓ったんだヨ。
八戒の意志を尊重して、俺は八戒を大事にしたいんだ。
その証拠に、働きに出たいって言い出した時も、反対しなかった。
心ん中じゃ、大反対だったけどな。
だって、外に出したくないじゃん。
家に居て、俺の帰りを待っててくれれば。
…そーだよ、閉じ込めておきたいんだよ。
出来るんなら、って、これが本音。
けどよ、そーやって、外に目を向けるってコトはさ。
生きようとしてるって、コトだろ。
何でもいーから、変えようと努力し始めたってコトじゃん。
つまり、死から目を逸らし始めたってコトじゃん。なっ。
だったら、OK。
八戒が、そー考えたってコトは喜ばしいんだから。
応援しねえと―――は、建前。
いや、ちゃーんと強力したぜ。
仕事の紹介、してやったモン。
ここのマスターの麗黄だったら、信用出来るし、安心だったしさ。
何より、俺の目の届くトコって、コトが重要。
出来るだけ、八戒の仕事上がりの時間に合わせて、お迎えしてやってる。
牽制になるだろ、これって。
八戒には、俺がいるんだってのに、さ。
時たま、勝負がノッテ抜け出せない時もあんだけど。
八戒は、何だかんだと言って、外見に合わない腕っ節を持ってっから。
そこんトコの心配は、あんまし、してねえ。
ただ、八戒を一人で歩かせんのが、心配なの。
俺もさあ…ここまで、自分が心狭いとは思ってもみなかったよ。
だけど、ダメ。
八戒に関しては、ブレーキがきかねえ。
独占欲で、ぎゅーぎゅーになっちまってる。
はあー、あとどん位、イー奴してられっかな?
そろそろ、限界、かも………。



「じゃあ、お先に失礼します。」
「お疲れさん。」

珍しく定時に上がれて、僕は帰り支度をして。
従業員出口から、外へ出ました。
あ、雨…。
雨が…降っていたんですね。
気付きませんでした。
霧雨だったから、音が無いし…。
これ位だったら、大丈夫でしょうし、僕は歩き始めました。
これ位の事、一人でも平気になるようにならなくちゃ。
いつまでも、悟浄にばかり甘えていちゃ駄目です。

夜といえど、繁華街では道の両脇からは。
光の溢れている華やかなお店が、続いています。
その真ん中の道を足早に、通り過ぎようとした時。

『悟浄っ!』

と、女性特有の歓声で、悟浄の名前が呼ばれているのが聞こえてきました。
つい、立ち止まって、そこを見てしまいました。
外が暗いから、窓から室内がよく見えて。
沢山の煌びやかで、艶やかな女性の方達に囲まれている悟浄は。
本当に、楽しそうでした。

『王様、みたいですね。』

ああ、これが悟浄の本来の姿なんだなあって、思いました。
さっきより、スピードを上げて。
僕は、その場を立ち去りました。



八戒が、熱を出して寝込んでしまった。
俺が、気付くのが遅くれた、細かい雨の降った翌日から。

『疲れが、溜まっていたみたいです。』
と、笑って。
『ご迷惑を掛けて、済みません。』
と、謝る。

それらが、何故か不安で仕方ねえ。
どこがだと、具体的に言えねえんだが。
八戒が、ここにいねえみてえな、カンジになるんだ。
確かに、目の前にいるぜ。
けど、存在感がねえってゆーか。
恐い。
ふと、消えてしまいそうだ。
そんなのは、ぜってえに許さねえけど。
昨日、サルが見舞いだと言って摘んできた花を見て。
言った八戒の言葉が、忘れらんねえ。

『吾亦紅――ですね、これは。
 ありがとうございます、悟空。』
『ワレモコウ? ふーん、変な名前。
 何かそれって、意味あんの、八戒?』
『意味、ですか………言えない事、かな。』
『言えないこと? そんなことってあんの?』
『ええ。きっと…あるんでしょうね。』
『ふ〜ん、そうなんだ。』

これって、一体どう取ればいいんだ?
答を間違えたら、八戒を失いそうな気がする。
そんなバカなコトはナイって、いっくら否定しても拭いきれない。
焦りが、振り切れないんだ。

八戒。
俺、お前を掴まえて、いいか?
掴まえて、離さないでいいか?
あん時みたいに、物分かりのイイ振りして。
後悔すんのは、もうしたくねえ。
だから。
いいか、八戒?
この中途半端を止めても。
元々、俺の性に合わねーんだから。



薄氷に 一歩 踏み出す決心を して
悟浄は 八戒を 呼んだ
その碧の瞳に 己を 映す為に―――



2002.11.03 UP



☆ コメント ☆

皐月絵夢さまへ、捧げますv
25000のキリ番で、リクエストを頂きました

『花』

↑このテーマで、お題を頂きました

綺麗な響きですよね
で、その花に【吾亦紅】を使ってみました
この花の意味が好きで、是非、これでと書きました

気持ちを込めて、贈らせて頂きます
皐月さま、どうぞ、お受け取り下さいませ
本当に、ありがとうございましたvv