みるく
by 遙か
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一口 飲むと 広がってゆく
温かい ミルクの様な
貴方の優しさが
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コンコン――
一瞬でも躊躇っちまうと、叩けなくなっちまうんで。
俺は勢い込んで、ドアを叩いた――八戒の部屋の。
「はい。」
「俺。」
中から小さいけど、はっきりと聞こえた声に。
俺は一言で返した。
ドアに、近付いてくる足音。
ノブに、手をかけ回す音。
ドアが、軋みながら開けられる音。
「悟浄?」
廊下の闇と部屋の灯りの境目にある、八戒の顔は。
儚げに見えた。
夜という時間帯が、そう見せるのか。
「起きてたか?」
「はい、起きていましたよ。」
俺のヘンテコな問いに、八戒はフワリと笑った。
「眠れなくてさ…。」
「そうなんですか――中に入りませんか?
ここでは、冷えてしまいますから。」
「――ん、入れてくれっか?」
「はい、どうぞ。」
ドアを開き、八戒は俺を迎え入れてくれる。
部屋なんて、どこも同じ筈だってのに。
八戒の部屋は、八戒が居るというだけで特別になる。
ここに来ると、ホッとする。
言葉で上手く言えないが、尖っていたモンが丸くなっていく。
「そこにでも、座っていて下さい。
何か飲み物を作って来ますから。」
「あっ…あぁ、悪ぃな。」
「いいえ、僕も飲みたいんです。」
「じゃ、頼む。」
「ええ、大人しく待っていて下さいね。」
いつもの子供扱いの口調。
それが、あんま気になんねえってコトは…。
思ったよりも、俺ってばキテいるんだな。
八戒に甘えたがっている、自分。
以前は、思ったコト…いいや、望むのを諦めていたコトを。
八戒は、俺から引き出す。
強引さは、カケラもナイ。
別に何かを言ってくるワケでも、ナイ。
ただ、俺の傍にいてくれる。ただ、それだけ。
いつも、肝心な時にいてくれるのが、八戒なんだ。
「お待たせしました。」
俺専用と八戒専用のマグカップをトレイに乗せて。
八戒が戻って来た。
白い湯気が、ホワッと立ち昇ってる。
「サンキュ。」
「熱いですから、気を付けて下さいね。」
「へいへい。」
カップを受け取ると、甘い匂いがした。
「八戒…コレ、何?」
「ホットミルクです。」
「ミルク?」
「ええ、身体の芯から温まりますよ。
貴方好みにブランデーを入れてありますから。
文句を言わずに、飲んで下さいね。」
「…へーい。」
八戒のニッコリに、俺が逆らえるワケもなく。
おそるおそる…一口飲んだ…あ、美味い。
それが、顔に出たらしく。
八戒が嬉しそうに、俺の前で笑っていた。
―――八戒が淹れてくれたミルクの温かさが
それが嬉しいと
俺の頑なさを溶かしていく
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何かがあったのか――は、直ぐに判りました。
悟浄は、僕と違って素直ですから。
直ぐに、態度に…顔に出ますから。
ただ、それがどんな事なのかは判りません。
聞きませんから、僕からは。
悟浄がそれを望んでいないのも、判りますから。
一つの家に住んで、別々の部屋を持って。
暮らし続けている、僕達の不思議な関係。
でも、それが何よりも心地良くて。
僕は、甘えて寄り掛かっています。
一人で、生き残ってしまった僕は。
一人で、生きるのが辛くて、嫌でした。
そんな頼りない僕を悟浄は、頼ってくれます。
今まで悟浄が付き合ってきた女性の方々には。
決して見せない顔を僕にだけは、見せてくれるんです。
――スキニナラナイワケガナイデショウ
僕が、悟浄の特別なのだと実感出来る喜び。
だから、僕は両腕を広げて。
悟浄を抱き締めます。
心の中で…そっと。
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「お味は如何ですか?」
「ん。美味いv」
僕のベッドを背にして、寄り掛かりながら悟浄は。
一口一口と、飲んでいきます。
『ミルク』と言った時の、嫌そうな顔は。
もう、すっかりどこかに行ってしまっています。
僕は悟浄に、何をしてあげられるのでしょう。
貴方の抱えているものを――抱えているからこそ、痛んでいる心を。
癒す事が…出来るのでしょうか。
貴方を幸せにしたいなんて、おこがましい事は考えていません。
そんなものを振り翳したって、何の役にも立たないのは判って。
…いるつもりですから。
ただ、貴方の傍に居たい。
貴方を見つめて、居たい。
こんな自分勝手な僕を。
僕は、貴方の事に関してだけは許しているんですよね。
……………。
「八戒。」
「はい?」
「あのさ。」
「はい。」
飲み終わったマグカップを床へと置いて、悟浄は。
僕を真っ直ぐに、見ていました。
少しだけ、滅多に見られない笑顔で。
ちょいちょいと、手招きされて近付くと。
両腕を引かれて、悟浄の胸の中へと倒れ込み。
きつく、抱き締められました。
僕が悟浄の顔を見られない様に、悟浄の肩へと。
僕の顔は埋められました。
「――ナンでもないから、さ。」
「何でもないのですね。」
「そう。ナンでもナイんだよ。」
「判りました、悟浄。」
「サンキュ、八戒。」
悟浄の低くて甘い声が、僕の中へと浸透していきます。
僕は両腕を悟浄の背中へと回して。
返事と一緒に、しっかりと抱き締めました。
温かいミルクの様に悟浄を
僕が温める為に……………
2004.2.21 UP
★ コメント ★
一週間遅れのバレンタインのお話です(苦笑)
当日にアップ出来なかったのは…残念だけど
お蔵入りするなんて、貧乏性の私には出来ませんvv
BGMは槇原敬之氏の『Milk』です
何も言わずに、好きな相手を包み込む愛情
そんな気持ちを悟浄と八戒で、書き上げました
ハッピーバレンタインv
↑だから、遅いんだって(一人ツッコミ・笑)
モドル