サクラ、キヲク




by 遙か




『天蓬』

振り返ったアイツの表情は
今までに、見た事がないもので
確かに、天蓬だと
視覚は認めているのに
ざわつく感情が、不安を覚えた

喪うものの怖さを知らなかった、俺が
喪いたくないと、唯一望んでいる存在

なあ
その桜の木の下で立っているお前は
俺の天蓬なのか?
それとも………

††††† †††††


猫は死期が近付くと、姿を消すという。
そんな例えと合わせるも何なんだが。
天蓬は気付くと傍に居らず、探し回っても心当たりの所には居ず。
俺は最近、苛立っていた。

問い詰めても、どうせ本当の事など話さないだろう。
アイツの真意は、アイツ以外誰も判らない。
俺が本音を吐かない様に。

軍人として、命の遣り取りを身体で覚えてきた。
『消滅』に対する気構えは、自ずと根付いている。
『恐怖』とは、何だろうと…麻痺している。
麻痺していたから、俺には何もいらなかった。
だから、長い間『恐怖』というものが理解出来ないでいた。

天蓬を得るまで、ずっと。

天蓬…知っているんだろう?
俺がお前を喪えない事を。
喪うという事が、何に値するかという事を。

俺達は、そうやって生きてきた。
今更、それを放棄するなど絶対に許さないからな。


††††† †††††


捲簾の視線が、痛い位に突き刺さってきています。
それが心地良いと言ったら、きっと貴方は呆れた顔をするのでしょうね。

僕に明確な答を求めているのは、判ります。
僕から、引き出したがっているのも。
でもね、捲簾。
僕にも判らないんですよ。
だから、説明なんて出来ません。
ましてや、貴方の納得のいく返事なんて…今の僕に言えるのは、それだけです。

漠然と、生きていました。
貴方に会うまでは、薄い一枚のベールがいつも僕を包んでいて。
それを不自由に、思った事はなくて。
ただ『元帥』と、周りから呼ばれていました。

僕を『天蓬』と、呼んでくれたのは貴方だけ。
呼ばれる事に意味を持たせ、ベールを引き剥がしたのは貴方の声。
剥き出しの感情を。触れ合う熱を。
僕に覚えさせたのは、貴方の腕…でした。

―――――捲簾

『不安』など、知りませんでした。
『執着』という事も。『愛しい』という事も。
貴方がいたから、知ったんです。
貴方を喪う事に足掻いている、滑稽な自分がいるんです。

それを。
貴方に見せたら、貴方は喜んでくれるでしょうか?
稚拙な程、みっともなくて。
どうしても手放せない想いを抱えている、僕を。


††††† †††††


     最後の息をキスに代えて
     力の無いがむしゃらの抱擁で、抱き締めて
     別々に掴まれた死に、抵抗して
     互いの僅かな熱も、掻き集めようと足掻きながら
     ただ、満足して
     桜の花びら散る中…息を絶える


††††† †††††


「八戒。」
「はい、何ですか? 悟浄。」

自分で呼んでおいて、俺は暫く次の言葉が出てこなかった。
桜の木の下。
雨の様に降り注ぐ、花びらの中。
八戒は確かにいるのに、俺の目の前に今いるのに。
恐ろしいまでの喪失感に、俺は身を竦ませていた。

感覚が覚えている。
八戒を喪った時があると。
今でなく、ずっとずっと昔に。
それが何時だったのか判らないのに、俺は叫び出したい恐怖に駆られた。

『イヤだ』――と。

喪うのは嫌だと、胃がギリッと痛んで泣きそうになった時。
八戒の手が、俺の頬の傷をソッと撫でた。

「悟浄、僕は居ますよ。ほら…ね。」

真っ直ぐと、俺を見る翠の瞳。
不安も傷も、弱さも、全て受け入れて。
それでも、俺を見ようと。
逸らす事のない、瞳で。

喪う事は、もう耐えられない。
どんな時も、どんな事になっても一緒にと。
俺は、再び誓いをたてて八戒を抱き締めた。


††††† †††††


悟浄にきつく抱き締められて。
僕も悟浄の背中へと腕を回して、抱き締め返しました。

確信のある、既視感。
僕は理屈じゃなく覚えているんです、悟浄を。
ずっと昔から、説明の出来ない懐かしさが日を追う毎に胸を満たしていきます。

やっと会えたと。もう離れないと。
僕の中にいる誰かが、繰り返し繰り返し囁いているんです。
この刷り込みが、悟浄を想う気持ちに拍車を掛けている様です。

『愛してる』と言われて。
『愛しています』と答えられる、幸福感。

更に力強く抱き締められて、僕は悟浄の腕の中で。
こっそりと、一人微笑みました。


††††† †††††


何度喪おうとも、再び取り戻す幾千年の恋
輪廻の輪を断ち切る事なく、互いの存在のみを追い続ける

サクラのキヲクと共に……………



2005.10.24  UP



★ コメント ★

BGMはケシメイツの『さくら』です。
実は某友人から、この歌が捲天ぽくないかなと言われて。
何度も何度も聴いているうちに、前世から現世というお話が頭に浮かびました。
………で、出来上がったのがコレで御座います(笑)
この話は切っ掛けをくれた、心当たりのある貴方に捧げますv
返品不可だからね(笑)



モドル