Missing
by 遙か
〜腕〜
左腕、一本。
肩からバッサリ、無くなった。
利き腕じゃねえんだから、別にいーじゃないかって。
言ったら、頭を叩かれた。
痛えなあ。怪我人に何すんだと言ったら。
腕一本無くして、ヘラヘラ笑ってる人のどこが。
怪我人ですかと、鼻で笑われた。
病室のベッドで寝てんだから、一応の患者認定はされてるぞと。
言い返したら。
いつまで、僕を一人寝させる気ですか、と。
にっこりと、言われた。
即刻、帰ってやるから大人しく待ってろと。
俺は、それに答えた。
待ってますよ、と天蓬は俺を見た。
表情を消して、相変わらず綺麗な横顔で。
又、来ますねと。
ドアを潜って、病室から出て行った。
天蓬が閉めたドアの音を最後に、病室の中は。
静寂が支配し始めました。
ベッドに横になったまま。
俺は首だけ動かして、窓の外を見た。
脱走防止用の鉄格子の隙間から、丁度暮れていく空の色を見た。
アイツが、怒った時の色だなあ…。
タバコがありゃ、溜息を誤魔化せるんだが。
生憎、没収されてんで。
俺は一人をいいことに、盛大にでっかい溜息を付いた。
さっきの、天蓬の横顔を思い浮かべながら。
五体満足じゃなくなったから、じゃねえ。
右腕が残ってんだから、銃も剣も握れる。戦える。
初めの不自由は、そのうち慣れでカバー出来る。
タバコだって、吸えるんだし。
日常は直ぐに戻ってくる。
なのになあ…。
俺は右手で、自分の頭をガシガシと掻いた。
もう一回、深い深い溜息をついて。
天蓬が怒っているのが、何なのかなんては判っている。
色んな感情が押し寄せて、俺に向けているものが纏まらなくて。
八つ当たりして、落ち込んでいるんだよな。
今は、俺が怪我人ということで、あれでも遠慮してくれてるんだろうが。
この病室から出たら、どんな報復が待っていることやら、
俺が死にかけたのも許せない、アイツ。
結果オーライだとしても、俺にもある『死』を。
アイツに見せてしまったのは、俺の落ち度だ。
だから。
怒っていいさ。
許さなくても。
ここを出たら、俺は真っ直ぐにお前を抱きにいく。
だから、待っていろ。
…待っているんだぞ、天蓬。
†††††††††††††††
全く、馬鹿です。大馬鹿です。あの人も。僕も。
病室を出た後、僕はずかずかと誰もいない廊下を一直線に歩きました。
気持ちがどうにも修まらなくて、情けなさが拭えませんでした。
頭で判っていた事が、現実になって。
こんなに狼狽えてしまった自分も、それを突き付けた捲簾も。
…こんなにも愛おしくて。
胸を抉られる程に…。
立ち止まって、後ろを振り返り。
まだ見える捲簾のいる病室のドアを睨みつけてみました。
『早く帰って来なさい。
帰って来るんですよ、僕のところに。
…残った、その腕で僕を抱きに。』
言ってやりたい言葉を飲み込んで。
僕は踵を返して、再び歩き始めました。
〜眸〜
攻撃は、最大の防御。
手負いのものになれば、なる程。
生き延びようとする本能で、何をしでかすか。
予測が、付きませんでした。
飛びかかれて、左の眸を抉られるまで―――
表面をなぜる傷と違って、身体の一部分を根刮ぎにされた激痛には。
流石に、意識が遠退きました。
身体が、後ろへと倒れ込んだのを周りの部下達が、大声を上げて。
受け止めてくれたのは、覚えています。
それから…。
僕の前に立った、あの人の背中が視界を覆ったのも。
その背中の向こうで、肉を切る音を聞いたのと同時に。
僕は意識を手放し、次に気付いた時は。
白い天井の見える病室のベッドに、治療済みの身体を乗せられていました。
鼻につく消毒薬の匂い。
清潔なシーツの感触。
右腕に固定されている、点滴の管。
どこからか聞こえる静かな、機械のモーター音。
僕はぼんやりと、目を覚ましました。
そして、自分の置かれている状況の原因を思い出しました。
怠い…です。身体もですけど、気持ちも。
動いたり、考えたりするのが億劫なくらいに。
なので、息を一つ吐き出して、力をゆっくり抜いて。
もう一度、目を瞑りました。
―――カチャリ
「起きたか、天蓬。」
「…ええ。」
「どうだ?」
「判りません。それより、喉が渇いています。」
「了解。」
捲簾は、多分枕元にある水差しを取っているんでしょう。
ガラスと水の音が、します。
捲簾の気配が近付いてきて、親指で唇を軽く開かされ。
口移しで、ほんの少しずつ水を噎せないように飲ませられました。
喉を通って身体の中に水が流れ込み、乾いていた身体が潤う感じです。
その動作を3回繰り返して、捲簾は身体を起こしました。
ベッドの端に座ったのでしょう。ギシリと、音が聞こえました。
固い指が、僕の髪を梳いていきます。
「…バカ野郎。」
「済みません。」
「俺が怒ってんの、判るよな。」
「済みません。」
「不可抗力でも、だぞ。」
「済みません。」
口調のきつさとは裏腹に、捲簾の指の動きは優しいもので。
「俺以外のヤツに、髪一本、肉片ひとつもくれてやるな。」
「はい。」
「今後一切だ。」
「はい。」
「守れよ。」
「はい。」
「ほら、まだ寝てろ。」
「ええ。」
済みません。貴方にこんな事まで言わせてしまって。
でも、貴方の弱音を聞けた代償なら。
眸一つ分の価値はあるかも、ですね。
口にしたら、延々とお説教を喰らうでしょうけどね。
僕は残っている右の眸を閉じました………。
†††††††††††††††
包帯の上から、空洞になった天蓬の眸の上に。
俺は口吻けた。それは恭しくな。
それから、閉じられた瞼の上にも愛しさを込めて。
2人の間で交わした、無言の儀式。
これ以上、何も喪うものか……と。
2006.01.28 UP
★ コメント ★
映画『男達の大和』を観てから、ずーっと考えていたネタですv
えーと、同期の親友さんの2人のうちの一人が、怪我の為退役
もう一人が特攻の為、もう会えなくなるので病室に見舞いにいく
と、いうシーンなんですけどね
窓の外が一面の桜!
花が散ってる散ってる!!
勿論、特攻に行くなんて話しませんよ?
でも、判っちゃうんですよねぇ…で、病院抜け出して追っ掛けてく
これってケンテンでしょ(断言)
ストーリィ自体には、涙が止まらず映画館で泣いてたんですが
ココのシーンだけは、ケンテン妄想爆裂(笑)
はあ〜、満足満足vv
モドル