遺言。




by 遙か



ねぇ
お願いね

約束ね
約束、守ってね

…悟能

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『死ぬ』という事は、そこで刻が止まるという事で。
もう、それ以上は何も増えず、思い出だけが残る。

その思い出も、生きている人間が繰り返すもので。
死んだ人間には、何も出来ないのだけど。
その面影は、都合良く記憶で書き換えられているのでは、と。
思ってしまうのです。

忘れられない。忘れたくない。忘れてはいけない。
一体、どれが僕の本心なのか、判らなくなって…。

花喃。僕の姉。双子の、たった一人の肉親。
悟浄の前に、愛した人。もういない人。
…思い出だけに、出来ない人。

ごめんなさい、悟浄。
どんなに、貴方に申し訳ないと思っても。
僕は彼女を消す事も、忘れる事も無理なんです。
僕が、死なない限り…。

死者の手を取った儘、貴方を好きになり。
貴方が差し出してくれた手に、手を伸ばし。
愚かな事をしているのを止められないんです。
滑稽、でしょ? 笑って下さい…。

自分が卑怯なのは、知っていました。
けれど、ここまでと知った時は流石に愕然としました。
貴方の手を、それでも握って離さないでいたのですから。

『生きていれば、変わるもの』

…三蔵の言う通り、きっとあるのでしょう。
僕にも変われた所は、あると思います。
でも、根本の…花喃を忘れずにいる所は、どんなにドロドロとしても。
醜い儘でいても、そこを切り離す事が出来ません。
…いえ、僕が花喃を離さないんです。

答を出したくない、堂々巡り。
いつ、終わるのだろうと思いながら、終わらせようとしていない自分に。
嫌悪感は募るばかり、でした。

抱え込んで、自家中毒を起こしている僕を。
そっと、心配そうな目で見て、それから元気付け様と。
いつも笑い掛けてくれるんです、悟浄は。
言葉にはせず『気にすんな』と……。

花喃。君を目の前で喪ってから、一年と少し。
悟浄と暮らし始めてから、初めてくる君と僕の誕生日。
どんな顔をして迎えれば、いいんだろうね。
君は居ないのに…僕だけが年を取って、君との差を広げていく。

薄情者、だよね。
そう言って、責めてくれればいいのに。
思い出す君は泣いているのに、笑ってもいて。
それなのに、何も言ってくれないでいて。

僕は…愛すべきではないのかもしれない。
けれど、2人好きで、止められない。
これは、僕が感情のあるイキモノだと喜んで良い事、なのかな…。
許されたくない。裁かれたいのに…。


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八戒は少しずつうち解けてってると、思ってたんだ。
まだまだ、自分の事を否定しっ放しだけどさ。
俺のコトを拒否るってコトはしねえからさ。…でもよ。
ナニがダメなん? ナニがそんなにダメなんだ?

八戒は時々、すっげグラグラとする。
普通に生活出来てて、大丈夫になったんだなあ〜とホッとすっと。
ガタガタっとぐらつく。俺が目を離した瞬間に。
まるで、目を離さないでくれってカンジに。

もしかして、甘えてんの?って、最初は自惚れてニヤついたりもしたけどさ。
そんな甘いこっちゃなかった。
八戒は綱渡りをしてた…。
後ろには戻れねえ。右も左も、足を出したら落っこちるだけで。
前を見てても、一歩も足が出ねえ…。
そっから、動けねえ八戒。それに気付いてねえ八戒。

『時間ってのも要るんだ』

以前、俺が落ち込んで愚痴った時に言われた、三蔵からの言葉。
それを思い返すと、チクチクすんな〜俺の胸も。
傷ってのは、抱え方も直し方も、周りからどう言われようとも。
本人一人のモンだ。
本人の意志ってモンがでけえ。重要だ。
経験してっから、それは知ってるさ…。

傷の大きさも深さも、他人には計れないってコトもな。
だけどな、それでもな。
ナンとかしてやりてえって、思っちまうのも。
矛盾してっけど、ホントなんだよなあ。

面倒臭いコトには、関わらないようにしてきた。
俺、臆病モンだからさ。傷付きたくねえんだ。
ヘラヘラしてさ、避けられんなら、それでOKだったんだよ。
八戒に会うまで。

表情だけ笑ってる八戒。
泣いてるみたいにしか見えねえ、それをどーにかしたくて。
足掻いている俺。

なあ、八戒。俺のコト、好き?
姉ちゃんと比べねえで、好きか考えたコトねえかで答えて?
八戒…俺を見てよ…。


こんな気分を振り払おうと、俺は八戒に八戒の誕生日のコトを持ちかけた。
俺だけに祝わせて貰って、丸一日一緒に居れば。
特別な日を一緒に過ごせば、イー方向に行くんじゃねえかって…思ったんだよ。

『八戒八戒、もーすぐお前の誕生日だろ』
『あ…ええ、はい』
『あのさ、誕生日にナンかリクエストある?
 奮発してやっから、欲しいモン言っていいぞv』
『……………』

てっきり喜んでくれっと、思ってた。
喜ばせたくて、提案したんだ。

『ひとつ、だけ良いですか』
『一個でいいの?』
『はい』
『欲ねえなあ、誕生日なんだからナニでも言っていいのにさ』
『悟浄』

ウキウキしてた俺へと顔を向けて、八戒は口を開いた。
苦しそうに。絞り出すように。
それでも、それらを押し殺すように。

『僕を…一人にして、貰えますか』
『え?』
『花喃と約束してあったんです。誕生日は2人で…って。
 でも、もうそれは出来ないから』
『八戒…』
『だから、せめて…』

その後、八戒が言ってた言葉…イイワケは俺の頭ん中には入ってこなかった。
判ったのは、八戒が誕生日に選ぶのは姉ちゃんで。
俺じゃねえってコトだ。

どっかで、嬉しそうな笑い声が聞こえる。女の声で。
俺は頭をブンブンと振った。
拳をぎゅうっと、握った――負けるモンか。
死んでんのに、ここに居ねえのに、八戒を捨てた女のくせに。

いつか取って変わってやる。
八戒ん中に残ってるアンタを押し沈めてやる。
生きてるモンの方が、しつこいし強いってのを見せてやる。

生きてなきゃ、こうして八戒を抱き締められないコトをな。
俺は見せつけるように、八戒を抱き締めた。
腕の中で申し訳なさそうにしてる八戒に、俺は心を込めて囁いた。

『じゃあさ、誕生日の前の日と次の日は、俺と一緒に居てくれる?
 だったら、聞いてやるよ、今年は八戒の言うコト』
『…はい…ありがとうございます、悟浄』

俺の胸に顔を埋めてくる八戒。
俺も八戒の髪に顔を埋めて、溜息を付く。
それを八戒に聞かせないように、心ん中で。


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成就した願いはドコへ逝くのだろうか―――



2007.9.18  UP



★ コメント ★

今年の八戒の誕生日のお話です
元ネタは『Cocco』の『遺言。』
タイトルにそのまんま使っとります

由良さんがアニソン大会の時に歌ってくれたんだけど
その時にこの歌詞が頭から離れなくなりました
ついでに、ごはちで花喃ちゃん登場の映像が出てきまして
これで話を書く!と書いた訳です

一番書きたかったのは、誕生日は自分を思い出して、というトコ
他に何も望まないから…って、一番貪欲な願いだと思うんですよね
そんな花喃が好きです
悟浄、ファイトッ!

そうそう、この話は歌姫、由良さんに捧げてあります
イラスト、描いてねv

八戒、誕生日おめでとうv
今年も八戒の誕生日を祝える幸せに酔っています(笑)




モドル