飛梅 by 桂 綾音
冬の風が少し暖かくなってきた頃、とある町で宿を取った一行だった。宿帳に記入を済ませ、八戒がふと中庭を見ると中央に二本の梅がひっそりと咲いていた。中央に植えられているとはいえ、咲き誇るというよりはまさにひっそりという印象だった。寄り添うように植えられている白梅と紅梅に八戒は少し唇を微笑みの形に変えた。他の三人は、中庭の木に興味を持たずさっさと宛がわれた部屋へと入っていってしまう。
梅に興味を持った八戒に気付いたのか宿の女将が彼に微笑んで話しかけた。
「中庭の梅が気になりますか?」
しばらくして、悟浄の部屋に控えめなノックが響く。その音の具合で誰が訪ねに来たのか察した男は、煙草を銜えたまま扉に近づきゆっくりと迎えた。
「どしたの?まだ、夜這いには早いんじゃない?」
扉にもたれてニヤニヤ笑う悟浄を見て、八戒は少し呆れたように息を吐く。
「違いますよ。ちょっといいですか?」
悟浄は、誘われるままに部屋を出て八戒についてゆく。すると、たどり着いたのは先程八戒が気にかけていた二本の梅が並ぶ中庭だった。紅と白の梅の木から気高い香りが漂っている。
「へえー。いい香りだな」
「梅の花見もいいものですよね。長旅で花を愛でる時間なんてなかったですから」
二本の梅の木を眺めつつ、ふと八戒の表情が寂しそうになったのを見て、悟浄は梅ではなく八戒を見つめてしまう。その男の様子を察したのか、八戒は苦笑して言葉を作った。
「東の島国には、飛梅伝説というものがあるんです。一国の大臣だった男が陰謀で遠方へ左遷されてしまうのですが、その大臣が愛でていた梅の木が遠く離れてしまった主人を思って一夜にして大臣の下へ飛んで花を咲かせたそうです」
「何が言いたいわけ?」
悟浄には、なぜ八戒がこの梅を気にかけているのかわからなかった。
「この木にも伝説とはいきませんが、女将の思い出が宿っているんだそうです」
八戒は、淡々と言葉を続けていく。まるで自分に言い聞かせるように。
「女将は、若い頃、恋人が都で名を上げてくると約束して出て行ったまま、もう何十年と帰ってこないそうです。男は、女将が寂しくないようにと、二本の梅を自分たちに見立てて、植えていった。一時は帰ってこない男をうらみもしたそうですが、この梅を見るたびに、二人の思い出は確かなものだと言い聞かせ、今に至ると」
八戒が女将の寂しさと自分の思いを同調させているのだろうかと思い、悟浄は、暗い表情の八戒の鼻先を指で弾く。
「その男、都でよろしくやってんじゃないの?待つだけ不毛じゃねえ?」
男の言葉に、八戒は少し苦いものを感じる。
「待っても意味のないことだったとしても、待たずにはいられないこともあると思いますよ」
瞳の奥に暗い色を宿した八戒に堪らず、悟浄は乱暴に、青年に被さる様に接吻ける。じっとりとした濃厚なキスの後、ゆっくり離れた悟浄は、八戒に囁きを吹きかける。
「俺だったら、待たさねえし、離れもしねえ。・・・思い出になんかさせねえ」
男の力強い囁きに、八戒は湧き出てくる安堵感を隠しきれず、悟浄にしがみつく。肩口に額を当てて背中に腕を回すと、悟浄も強く抱き返してきた。体温と心音が重なり、この世界にいるのが二人だけのようにすら思えてくる。その存在感だけで、胸が一杯になった。
「・・・僕も離しませんから」
この腕を。何があっても。
☆こめんと☆
『地球のレシピ』の桂さまより頂きましたv
相互リンクの記念として。えへへ〜♪
綺麗なお話ですよねえ。
想いが深まってゆく…胸の一番奥にって感じがします。
桂さん、本当にありがとうございましたv
有り難く頂いちゃいます(笑)
モドル