調  師


世の中は平等では無い。
上に立つもの、下で仕えるもの。乞うもの、与えるもの。支配するもの、支配されるもの。そのバランスが均衡へ近付くほど、互いの欲は鬱々として満たされず、情も途絶えがちになる。
したい欲求とされたい欲求は、同時には保たれない。仮に平行するように見えたのだとしても、心底では何方かへ傾きたがって、拘引する為のひとつの手段として一時的に、そういう挙止をそういう言辞を、態々目の前にちらつかせる。
「捲簾……」
「ああ。イきそうなんだろう?良いぞ。出せ」
全く以って型通りに睥睨する瞳。然しその麗しさたるや。どれだけの者がそれを見、浸ったものかは知らないが、悉くに潰し消して歩きたい気にもなる。上気し淡紅色に帯びた頬を、不規則な呼吸を繰り出して、鎮め隠そうとする度に、却って濡れて零れ落ちそうになる瞳。その奥深く真中へたった今映るのは、口唇を弛め唆す、黒い人影でしかない。風に揺れるカーテンや、窓下から舞い上がる桜の花弁も、眼には留まって居なかった。時に身悶える先で、快楽以外に魅せられ達する媾合は、古の情趣。
「後ろでイきた……」
八合目という処だろうか。漸くこの場所かと、頂はどれだけ遠いのかと、己の認識の甘さ、不甲斐なさに、落胆の息を吐いてしまう。
このひと月。煽るだけ煽った天蓬の躰に、一度も挿入をしなかった。指先であろうと陰茎であろうと、兎に角、何ひとつとして、天蓬を割り入ったものは無い。気位の高さが災いし(俺には寧ろ幸いな事で在ったが)自らを貶めて得る快楽に、思いを馳せる暇も無く、今日までを遣り過ごした。然し夜毎で交わり色に染まり切った躰は、濡れた皮革の様に淫猥な光を滾らせ、軋み始めて居た。握るだけでも雫を滴らせ、触れた指先に纏わり包み込もうとする。自慰より余程の失墜だろうに。それすら気付かぬ愚者でも無かろうに。そう思うほど、陰茎を嬲る口角は吊り上がってしまう。
茫漠と桜や風へ視線を向ける天蓬に射すのは、然程苦では無い。その時の白んだ気色は嫌いでは無かった。まるで幻や花霞を抱いて居る気にもさせられ、柄にも無く極まったりしたものだ。
然したった一度。俺の名を呼ばずに射し、達した事が、癇に障った。
幾年を掛けて培った筈の、征服という名の快楽は、自己顕示欲の域を越えずに居たのだと、唯ひとりの支配欲を満たしたに過ぎなかったのだと、無残に思い知らされ、脳幹が揺れ動いた夜更けを、夕べのようにも明瞭と思い出す。
「性欲処理には、こっちだけで十分だろう?」
咥えて居た陰茎から唇を離すと、口を開きにくいほどの欲液が絡み、淫奔を熱く溶かし始めた名残として、延々繋がって居た。その唇を舌を、組み敷いた天蓬の腹へ擦り付け、拭った。
「あ…あっ……」
聞こえる呻吟を訝しみ、顔を上げた途端、腹部の筋肉が波を打ち揺らいで、絞められた鳥声のように、くう、と掠れた音をひとつ洩らして、射精した。白濁の液は粒とならず、細い線となって、華奢に吐き出される。暫くして側頭部は、むず痒く滴る感触を得た。欲液の始末をされる隙、不意に訪れた辱めが瞑らせた眼は、何時までもそのまま、堅く閉じて居た。
「好かったか?」
無口な天蓬を見下ろす間にも、髪から垂れた精液は頬を通って顎を濡らした。粘稠なばかりに途切れず、長々と凌辱の尾を伸ばし、元の躰へ滴り落ちる頃に漸く、雫らしい水気を催して、白い滑らかな腹部を陰湿に詰る。弾みでぴく、と再び揺れ起きた、果てぬ欲望から身を捩らせ、逃れる虚に乗じて荒々しくベッドへ押し戻し、両腕を捕らえて尚に告ぐ。
「好かったのか、好くなかったのか、はっきりしろ」
外した右手で髪を一束鷲掴み、顎を引き上げると、次第に眼を開いて懸命に、言葉を織る。
「挿れて…下さい……」
「答えになってねぇだろう。それとも、好くなかったと、暗に抗議して居るのか」
「違…後ろで…イきた……」
「こんな下らねぇ押し問答して居るうちに」
勃つものも、余計に勃たなくなっちまう。耳元へそう囁くと、泣いたような瞳に変わった。ような、というのは、そう見える、という意味合いでしかない。現実、天蓬の泣く姿を見た者が在るだろうか。黙り込んで唇を咬み締めるだけの姿でも、見た者が嘗て在ろうか。
「泣いて乞え。俺の×××が欲しいと強請れ」
「捲簾…」
「ああ」
「捲簾…。貴方の×××が欲し…。挿れて下さい……」
両膝を地に付き、真直ぐに俺を見上げて乞う涙の狂おしさ。気位の高い獣が、自ら貶める事なく得る術を見出したのだと、謀りたい脳を余所に、差し伸ばす腕は真直ぐに天蓬へ向かい、頬を撫で、涙を拭い、魯鈍に薄らぼんやり開いたままの唇を、咬んで無理にも閉じさせる。
「良いぞ。来い」
膝に跨る喜悦の気色を表すには、どれ程言葉を尽くさねばならない。綺麗だと褒め称え、尚且つ、愛しいと告げる、調和を図る為の愚行を、俺はどれほど犯さなければならない。
慣らされず固く締まったままの淫門が、軋む音を立てそうにも依怙地に押し開かれ、勃起を無理に押し殺した、不埒な陰茎を包み隠していく。本来なら俺の背や腕へ、爪を立て咬み付いて逃すべき苦悶を、今はそれすら愉楽のひとつとして、眉頭を寄せながらも久方の接合を悦び、締め付けて、反面、露に覗く赤い口室では、淫らに巻かれた舌が、潤沢に宿した唾液を理性の砦と掛け違え、押し留めて居る姿も垣間見せた。
「此処か」
「……っあ」
その場所へ雁先を強く擦ると興醒めした風に、小さくひと声だけで啼き善がるのは、天蓬の癖だ。
もうそれ以上には言葉も音も無沙汰となり、突かれるまま突かれるだけ、快楽を溜め込む。そうして耳元で、弾き金の引かれる時を待って居る。
「天蓬」
ふる、と小刻みに震える全身。肌は瞬時に桜色へ染まり、小さな汗の珠も途端に噴き出す。
「……あ…あっ…ああっ…ん…―――!」
「お前は誰を感じて啼く」
「あっ…!んぁ…っ…あ…んうっ―― …」
塞いだ俺の手中からも、容易に抜け出て解き放たれてしまう。そうして達し、仄白く息を吐くまでは、戻って来ずに。
「お前は何を見て居る」
「あ…あ……」
望む韻律で得られない返答に、苛立ち紛れに腰を突き動かし、再び問うた。益々甲高い声を響かせて啼き喚き、駄々を捏ねる子供の様に幼気な表情で涎を流し、擦り付けられる陰茎の仕草に悦んで居る。
「天蓬。返事がねぇなら、抜くぞ」
そういう言葉だけは理解できる状態であるのか、はたまた本能と呼ぶべき場所なのか。甘過ぎるが故に爛れてしまったような声で云う。
「…貴方の、屈辱に歪んだその顔を」



ああ。何とも麗しい、従順の均衡。



「好きなだけ、俺を辱めてイケば良い。望んだ・・・で」
「あぁ…!やっ…!捲…簾……」



握り締めた手の中の陰茎が、はち切れそうにも苦悶して、ひとしずく、泣いた。





fin



2007.10.8


黎明 拝





【コメント】

黎明さまより、頂きましたv

2人で夏休み・秋休みの宿題として提出し合いました(笑)
共通のテーマは『鬼畜の捲簾』です
なんて素敵な課題でしょう
黎明さんの捲簾が、天蓬へする行為の数々…うっとり
あ〜もう幸せ過ぎです、私が(笑)

本当にありがとうございましたvv







モドル