Shape of my
heart
朝の珈琲の味も、毎日違う。
その日その日の気分で微妙に変化する、そんな当たり前の小さな事に気付いたのは何時の頃だっただろう。
「今朝の珈琲、美味いな」
コーヒーカップから立ちのぼる湯気に交えた言葉に、背中越しに八戒が微笑んでいるのがわかる。
「今日のブレンドは何?」
苦みの中にほんのり甘みが香る。
「…知りたいですか?」
静かな足音と共に気配が近付いて来て、背中への温もりへと変わる。空いた片手を後ろ手に回しその温もりを確かめて、俺はコーヒーカップをテーブルに戻した。
「是非とも、知りたいね」
肩口の横顔へと唇を寄せて、小さく微笑む。椅子の背もたれが、邪魔をする。
「いつものモカに、貴方の愛を少々」
自分で言っていても擽ったいのだ。八戒は耳元でくすくすと忍び笑いを漏らした。愛、という言葉に暫し気を取られて黙っていると、八戒は首を伸ばして顔を覗き込んで来た。
「お気に召さないご様子ですね」
微笑んではいるが、その表情の中には明らかに俺への問いかけが含まれていた。声には出さない『何故』。
「いや?そういうわけじゃねぇよ。ただ…、」
自分の愛がブレンドされた珈琲を美味いと思うのはどうなんだ?と不思議に思っただけで。
「おまえのならもっと美味いのかなって、そう思っただけ」
手探りに片手を繋ぎ、何か言いかけて少し開いた八戒の唇に自分のそれを重ねた。甘く感じるのはいつもの事だが、殊更に熱を帯びているように思えるのは昨夜の名残だろう。
熱に浮かされた八戒の顔が扇情する。
繋がって擦れ合い、淫らな旋律を奏でる淫門を無意識に締め付けて更に煽る。規則正しく抽挿に合わせて呼吸しているうちはまだいい。そのままでは昇り詰められないと解っているから、本能で達する事を望み辿り着こうとして次第に八戒の腰は振れて来る。そして言葉でせがむ。
「もっと…」
「もっと、…なに?」
「…欲しい」
その言葉が、俺をどれだけ昂らせるか知らないままに、潤んだ瞳は懇願をやめない。
「欲張りだな」
どっちが?と思いながら、わざと突き上げるタイミングを外して八戒の陰茎に手を伸ばして触れた途端、瞳は懇しを映し出し、そうじゃないと言いたげに首が横に何度か振られた。
「…ごじょ…う…」
色気を溶かしたような掠れた声。
「少し、抜いておこう」
「…い、や…」
抵抗にもなっていないその言葉に、喉奥で笑いを噛殺す。悪いな、言う事聞いてやれなくて。そう視線だけで答えて、口付けて吐息から熱を逃さないままに掌の中に白濁させた。
呻くように喉を鳴らして一度だけ跳ねた八戒の身体を両腕で抱き締めて顔を離せば、気持ち悲し気な恨みがましい瞳が向けられる。
「可愛い顔しないの」
どんな抗議も、無駄。解ってるだろうに、それでも首を持ち上げて俺の唇へと歯を立てた。
「煽るのも禁止」
既に性感帯として完成された乳首を指先で抓り上げてやる。それだけで何が起きるか俺には解ってる。びくん、と膚を震わせ、銜え込んだまま疼いていた淫門が強く収縮した。脊髄に軽く電流が走る。緩むのを待ってからゆっくりと、ゆっくりと突き上げ始めた。
「いっしょに…いき、たい…」
「努力しましょ」
「…嘘吐き…」
「いや?まじよ」
「…欲しいのは…、貴方の…」
耳元に落された囁きの続き。もうそれが声だったか吐息だったか、覚えてない。
全くふざけた男。
善がりながら俺を奴隷にする。きつく締め上げ、絞り込んで蠢きながら、俺を飛ばした。
本気の貴方が欲しい。
「…いつから?」
コーヒーカップに手を伸ばした俺の言葉の真意を探し当てて八戒は微笑む。
「最初から」
「…ふうん」
訊ねておきながら気の無い俺の返事に増々八戒の笑みは深くなり、テーブルと椅子の狭い間に身体を滑り込ませて、膝を跨いで腰を下ろす。その腰を片手で撫でながら「ここ平気?」と視線を珈琲に落したまま呟くと、笑い混じりのまま「重いですよ」と言って頬を両手で包み込み、視線を合わせられた。幸せを纏うとこんな表情になるのか。目が眩みそうだ。
あの後、止めどなく沸き上がる激しい情のままに何度も八戒の中へ射した。収まる事の無い熱を自分ではどうにも出来ずに、まるで出口を求めるように、意識に差し込む白い光を見るまで、自分本位に八戒の中を掻き乱した。自分から仕掛けてまでもそんな俺が欲しかったのか。それが、本気と言えるのかどうかなんて俺にも解らないのに。
「だいたい。本気も何も…いい加減な気持ちで抱いた事なんて今まで一度も…」
「今朝は嘘吐きでも許します」
「あのな…」
吐いた溜息が八戒の唇に吸い取られて行く。…適わないな、と胸の中で白旗を揚げた。
それはもしかしたらセックスという形じゃなくてもいいのかも知れない。
身体だけでも、言葉だけでも駄目。
例えそれが偽りではなくても、全力で本気を見せなくては気が済まない恋人の腰を引き寄せた。
これはちょっとしんどい。
でも、毎朝の珈琲に、これだけの八戒の愛がブレンドされるなら、しんどさも偶になら悪くない。…かもしれない。
2007.11.25
遥か様へ。
聖椰より、親愛を込めて。