『寄り道』
落ち着かない…落ち着けない…。
八戒は居心地悪げに身動いだ。
尤もこんな状態で落ち着ける奴が居たらお目に掛かってみたいが。
ギュ、と手摺を握る指に力を込め唇を噛んだ。
圧死しそうな程込み合った車内は暑いくらいなのに額に滲む汗は冷たい。
一秒でも早く目的地に着くようそればかりをひたすら念じていた。
でなければ…。
出来るなら今すぐ、ズボンの尻ポケットに入っているスイッチを止めてしまいたい。
そうすれば今よりは幾分楽になれるのに。
思ってはいても実行には移せなかった。
やる事は容易いが悟浄にバレた時が怖い。
今は兎に角、耐えるより他に術は無かった。
いつもは自分が大学に行くために家を出る時にはベッドの中に潜ったままなのに今日は「一緒に駅まで行く」なんて言うからちょっと訝しくは思ったのだ。
でもどうせいつもの気紛れだとばかり思っていたのに。
駅のトイレに連れ込まれ笑顔で取り出されたローターに八戒は蒼褪めた
当然抵抗はしたけれど形ばかりに終わったそれに何の効力もなく、手際よくズボンと下着を下ろされて結局ローターは八戒の体内へと押し込まれスイッチが入れられた。
「はぅ」と息を呑む八戒に悟浄はコントローラーを元通りにした八戒のズボンの尻ポケットに突っ込むと「んじゃ、俺は帰るわ。帰って来たら出してやるからズルすんなよ?」と言い残しさっさと姿を消してしまった。
体内で振動し続けるローターは容赦なく間断なく八戒を責める。
「ぅ、ぁ…」
よろめくような足取りでどうにか電車には乗り込んだものの、猛烈に人で埋め尽くされた車内は八戒にとって拷問にも等しかった。
電車の振動と体内の異物の振動が相まって余計に刺激が高まる。
加えて体を圧迫される圧力に、もしもモーター音が聞かれてこんな大勢の人間の居る場所で朝っぱらからローターを入れているなんて事が知れたら、という心理的なプレッシャーで血の気さえ引いてくる。
電車が動く度止まる度、人が乗り降りする度下腹部で場所を変えるローターの感覚に否応無く躰は反応し辛く苦しい。
でも、あと少し。
もう少しで目的地に着く、そう漸く少し安堵した直後だった。
「…?!」
さわ、と太腿に違和感を感じた。
後ろの乗客の鞄でも当たっているのだろうかと最初はそう思ったのだが、違う。
明らかに、それは意思を持って動く人の手の感触だった。
ぞわりと首筋が総毛立つ。
後ろを振り向こうとしたが全く身動きが取れない。
太腿を撫でた手は尻に移っていた。
感触を愉しむように撫で徐に肉を鷲掴まれて「ヒッ」と悲鳴が漏れてしまった。
周りの乗客のうち何人かが不審そうに視線を向けてきて、八戒は慌てて奥歯を噛み締めて俯いた。
まさか、ありえない。
手摺を握る指が小刻みに震えた。
どうしよう、振り払おうにも手を後ろに伸ばすのだって無理だ。
満員電車の中で二十歳も過ぎた男が「痴漢されてます」なんて大声出すような無様な真似もできない。
ああ、それに。
気付かないで、ダメだ、ソコに触っちゃ…!
「ン、は、ァッ」
噛み殺しきれなかった小さな喘ぎが吐息と共に零れた。
ポケットの中のリモコンに気付いた指が暫くそれが何かを確かめるような動きをした後、やがて確信したように振動のメモリを一気に最大まで押し上げたせいだ。
耐え切れず体を震わせると背後で微かに笑う気配がした。
相手は自分を好きで朝からこんなモノ突っ込んで電車に乗る奴だと思ったのだろうか。
屈辱と羞恥で涙が滲む。
悟浄、あなたのせいで僕はこんなゲス野郎に貶められてるんですよ!
懸命に涙を堪えていたが、再び動き出した手にビクリと躰が竦んだ。
前に回った手が股間を柔らかく撫でていた。
ぎゅうと固く目を瞑って何とか与えられる刺激をやり過ごそうとする。
だが既に硬く勃ち上がっていたモノをやんわりと握り込まれ高まる熱をどうしようもない。
手の中で勢いを増したモノに気を良くしたのか陵辱者の手の動きが激しくなる。
布の上から弄られ扱かれてせり上がって来る射精感に必死に抗った。
忙しなく吐き出される吐息の熱は篭もるばかりだ。
ジ…ッといやにハッキリと音が耳に響いたのは気のせいだったかもしれない。
ジッパーが下げられたのだと分かった。
ムリヤリ手が捻じ込まれる。
絶望で目の前が暗くなった。
こんな、トコロで…?!
目の縁に引っかかった涙が今にも落ちそうだった。
思わず口を衝いて出たのは。
「ご、じょう…ッ」
「呼んだ?」
耳元に落とされた聞き慣れた声に八戒が弾かれたように顔を上げるのと扉が開いたのは同時だった。
「ほら、着いたぜ。降りるぞ。」
人の群と悟浄に押され呆然としながら電車を降りた八戒は漸く人の少ない場所まで来ると肩を抱く男を振り返った。
「悟浄…ッ」
「チャック開きっぱなしだぞ?」
全く悪びれた様子も無くそう言われ慌てて下げられたままだったジッパーを引き上げた。
「さっきの、全部あなたが…?」
「当たり前じゃん。てゆーか、俺以外の誰かがお前にンなコトしたら俺何すっかわかんねーよ?」
相手にも、お前にも。
ぞく、と背筋に戦慄が走った。
本当にこの人なら何するか分からない。
「ンなコトよりソレ、大変そうだな?」
下半身に視線を当てて言われ「あなたの所為じゃないですか! 」と言いかけた言葉を何とか飲み込んだ。
体内のローターは未だ振動し続けている。
そう簡単に高まった熱が収まるわけもない。
「じゃ行くか。この辺の『ラブホ』ってなんかイロイロスゴイらしいぜ」
「は?」
ニヤリと楽しそうに笑う悟浄の様子にギョッと目を見張った。
「だ…って、これから僕学校へ…」
「ソレ何とかしたくねーの?そっちのが先だろ」
「いえそりゃ確かに直ぐ出したいですけど…」
「ソレ後ろの方?前の方?」
「りょ、両方…っていえソレはトイレでも行って」
「あーもーごちゃごちゃうるせぇな。要するに俺が行きてーの『ラブホ』」
「やっぱりですか!」
「八戒、それ以上煩ェコト言うと今この場でキスするぞ。スッゲェディープなヤツ。」
「…ッ」
八戒は己の敗北を悟った。
「じゃー早速行くか。」
「や、今日は大事な講義が―――!」
今日は講義に出る事が出来るのか、絶望的な気分になった八戒だった。
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