* 一夜 *
抗いきれない勢いという物は、確かに、何処にでもあるもので。
それに飲み込まれた後は、大抵の人間は呆気に取られるぐらいが大半で、為す術を見つけ難くなります。
正しく、今の捲簾の身に起きている事は…それに当て嵌まっていました。
薄暗い牢の中に、捲簾は拘束された不自由な身体で、寝転がされていました。
『やってらんねぇ』と、何度も頭の中で繰り返している文句と一緒に。
だから、その身体を牢から引きずり出された時。
捲簾は安堵の溜息を盛大に付きながら、思いました。
……ああ、やっと終わるな、――と。
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自業自得、と。
自分のしでかした事だからと、捲簾はかなり諦めの境地に入っていました。
無い袖は振れねぇ、だしな、と。
まさか、ここまで賭博で擦るとは、捲簾に取って初めての事でした。
だからこその、表面には出さない落ち込みが酷く。
抵抗する気力が無くなり、この状況を受け入れてしまっていました。
つまり、かなり投げ遣りな心境で、自分の処遇がどうなるかを。
暗い座敷牢の中で、さっさとしろ、と腐っていました。
「おい」
「…なんだよ」
「主人がお呼びだ、出てこい」
「ああ、だったら、起こしてくれ」
逃げられない程度の暴力を受けている身体は、軋んでいて。
一人で起き上がるのが、鬱陶しく、そう捲簾が訴えると。
面倒臭そうに、男が2人、牢の中に入って来てました。
両脇から、捲簾をぐいっと乱暴に抱え上げました。
力の入らない足を、無理に立たせて。
「歩け」
「…無理だって」
「歩け」
「…判ったって」
虚無的な問答をしつつ、捲簾の身体は引きずられていきました。
「連れて参りました」
「ご苦労様です、こちらに置いて貰えますか」
まるで、荷物扱いの言い様に、床の上に捲簾は落とされた形で身体を横たえました。
打ち付けた新しい痛みに、唇を噛んで。
そして、そんな捲簾を無視した会話が、又続けられていました。
「どうですか、お気に召しましたか」
「…ええ」
「貴方にそう言って頂けて、安心しました」
「……」
「良い素材を貴方にご提供出来て、僕も嬉しいです」
冷ややかな物言いを、くすくすとした笑い声でくるんで。
主人の八戒は、捲簾の背筋をそっと撫でながら。
天蓬の職人と人としての狭間を揺らぐ眸を見ていると。
下から、声が掛けられました。
「なあ」
「はい、何でしょうか」
「俺の意見は無しなのか」
「あると思いますか、文無しの貴方に」
「言ってみただけだ」
「ちゃんと、貴方の借金も帳消しにして差し上げますから、安心して下さい」
八戒の言葉に、捲簾の肩が落ちたのですが。
それと、同時に背中に別の指が触れてきて、その冷たさに吃驚として。
思わず肩を跳ね上げてしまいました。
その指は段々と、指先だけでなく、ゆっくりと背中の皮膚を確かめるように。
掌全体で、滑るように撫で始めました。
天蓬の手が、捲簾の背中を。
そして、何度も何度も、恍惚の表情を浮かべて撫でる天蓬から視線を外して。
「では、明日の夜からお願いしますね。
必要な道具は申し出て下さい、遠慮なく」
すっ、とその場に立ち上がって八戒は、2人を残して立ち去って行きました。

