【 黒衣の偽証 】



PN 【裏の女王】



え?
僕は視線を感じて、後ろを振り返りました。
「どうしたんだ、八戒?」
「いえ、誰か知っている人がいるのかと思って…。」
「ん?」
僕の隣に立つ、悟浄が不思議な顔をする。
何て、説明をすればいいのか。
確かに後ろから、見ているという気がしたのです。
だから、誰か知り合いがいるのかと思ったのですが。
「気のせいだろ。別に誰も見てねえぜ。
それにさ、こんな場所だ。顔見知りなんか、一杯いるぜ。」
「……ええ、そう…です、ね。」
今日は、悟浄の会社の部長さんのお葬式で。
その関係の皆さんが大勢弔問に来ていらっしゃいますものね。
僕達もその一人ですし。
「しっかし、あの部長がよお。」
「脳卒中、でしたっけ。」
「ああ、そう。元気だったんだぜ、昨日なんかゴルフの話してぴんぴんしててさ。」
「悟浄も、気を付けて下さいね。」
「なあに言ってんの。お前、残して俺が死ねる訳ないっしょ。
こんなにアイシテんのにさ。」
「悟浄…。」
結婚して、一年と少し。
悟浄のこんな開けっ広げな愛情表現に、まだ戸惑ってましうけど。
心地良さは、どんどんと大きくなっています。
「しっかし、お前の喪服姿ってソソるよなあ。
帰ったらさ、このまんましような。」
「(///)何を言い出すんですか、もお。」
「俺、本気だかんね。覚悟しとくよーに。」
不謹慎だと分かっていても、僕は悟浄の笑った顔に弱くて。
返事をしない代わりに、そっぽを向いたの…です、が。

あ。
又、後ろから。
でも、今度は振り向きませんでした。
振り向かない方が、いいと。
悟浄の腕に手を掛けて、しがみつくようにして、その場から帰りました――。





嘘。
嘘。
嘘です。
誰か、嘘だと、僕に言って、下さい。
悟浄が、死んだ――だ、なんて。
交通事故で、即死――だ、なんて。
信じられる、訳、ないじゃない、ですか。
朝、行ってくるって、言ったんですよっ。
いつもと同じ、笑顔でっ。
それが、どうして?
どうして?
どう、して?
……………。
ただいま、って…どうして、言ってくれないんです、か……………。
悟浄っ――。





「ごめん下さい。」
「……はい。」
お葬式が終わり、一人でぼんやりとしていたところでした。
「こんな時間に申し訳ありません。清と申します。
遅くなりましたが、焼香をさせて頂きたいのですが。」
会社の方でしょう。僕は知らない方でした。
身なりをきちんとしていて、礼儀も正しくて。
「ご足労頂きまして、有り難う御座います。どうぞ、お上がり下さい。」
疲れているけれど、僕は機械的に動いていました。
この日、一日中。
ですから、お線香を上げるこの方の背中をも、ただ何となく見ていました。
「この度は、お悔やみを申し上げます。」
正座からこちらへと向いて、深々と頭を下げてくれたのに。
僕も併せて、頭を下げました。
「有り難う御座います。」
これも一日中、繰り返していた言葉、動作でした。
なのに――。
「いいえ、こちらこそ有り難う御座います。」
え、何がです、か?
頭を上げたと同時に、僕の身体は仰向けに倒されていて。
天井との間に、初めて会った男の顔があって。
「な、何をするんですかっ?!」
「堪能させて頂いているのです。美しいアナタを。
我はね、アナタのこの姿を――黒い喪服を纏うアナタに恋い焦がれていたのですよ。」
「何を言っているんですかっ?」
「先日、喪服のアナタを偶然拝見させて頂いてから、我はずっと考えておりました。
もう一度、アナタのこの姿を見せて頂くにはどうすればいいか、と。」
ぐい、と。男の身体が僕の上に伸し掛かってきて。
両手首を押さえられ、動きを封じられて。
僕の全身を恐怖と嫌悪感が、走り抜けました。
「そうしたらば、とても良い考えが浮かびました。
これでしたら、もう一度見る事が出来ますし、何より――。」
何より?
「絶望に、悲嘆にくれ、ご主人を想いながら真珠の涙を流す、アナタ。
儚く、脆く、類を見ない硝子細工の様で、とてもお美しいですよ。
アナタのご主人を殺した甲斐がありました。」

!!!!!

僕は息を飲み、初めて、男と目を合わせた。
口元を笑っているのに、一つも笑っていない、その目と。
「全てアナタのせいです。アナタのこの美しさが、我にご主人を殺させたのです。」
それって……。
「ええ、突き詰めれば、アナタがご主人を殺したという事なのですよ。」
ボクガ、ゴジョウヲ、コロシタ
ボクガ。
ボクガ。
ボクガ――。





フツリ――と、音がしました。
我の身体の下で、無駄な動きをしていた躯が動きを止め。
美しい碧の瞳から、急速に光りが失われていきました。
その糸の切れた躯を抱き上げました。
我の腕で。
腕がだらりと下がり、袂がふわりと舞うと、アナタの香りがしました。
「これで、我のモノになりましたね。アナタは――。」
頬を擦り寄せて、我は立ち上がりました。
手に入れた、宝玉を大切に抱き締めて。
満足な笑みと、共に――。



2001.9.3 UP



☆ コメント ★

月波亭の美琴さんに捧げます。


美琴さん、2万ヒットのお祝いのおまけですよん。
カキコを滑らせちゃったからね。へへへ。
これが、もう一つ考えていたネタなのです。
どっちもどっちなんだけどね。はいはい。
やっぱりねえ、美琴さんの【殿下】への愛に引き込まれたと思うのよ、私。
では、もうこれ以上はどう絞っても何も出ませんので。
ご理解の程をお願い致しま〜すvv