鏡の向こうのアリス
by 遙か
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鏡にうつっている 僕…
鏡の中に居る 僕…
そのアナタに 聞いてみたい
何を 想っているのかと―――――
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悟能から八戒へと、名前を与えられました。
生まれ変わった気持ちで、生きる様にと諭されました。
自分の中には、まだまだ贖罪はあるのですけど。
公的には、罪人の枷が取り外されてしまいました。
そして。
そんな環境の変化の激しさに、ぽつりと取り残された僕の肩を叩いて。
拾って家に置いてくれたのは、悟浄でした。
ぶっきらぼうで、優しくて。
照れ屋で、心が広くて…。
そんな悟浄と暮らし始めて、半年。
最初は、他人同士ですから色々とありましたが。
段々と、落ち着いてきて。
だいぶ、凪の状態になれていたんです。
それが…。
先日、悟浄に『スキだ』と言われ。
更に『ずっと、俺は待っていられるし、おまえを諦めないから』と言い切られて。
僕は…返事を返せませんでした。
悟浄を『嫌い』だからでは、ありません。
無関心だからでも、ありません。
僕は、血の繋がった双子の姉さえ。上手く愛せなかったんです。
彼女を不幸にして、死なせてしまった人間です。
そんな僕が、他人を愛する事など出来るのでしょうか。
―――――それが、とても不安で、怖いのです。
週に一回、三蔵のところへ僕はアルバイトに来ています。
主に、雑用なのですが、ある意味、気分転換になるので。
僕は、この仕事が気に入っていました。
今日は、収集した古い文献等の書物の整理で。
朝からお寺の隅っこにある蔵に、居ました。
蔵の中は、独特の雰囲気があります。
口では巧く説明出来ないのですが、一歩中に入ると。
時間が止まってしまった様な、異空間の様な…。
不思議な感覚に囚われるんです。
でも、決して嫌な感じではないんです。
どこか…。
隔離されて、ほっする様な…。
僕は、薄情なのでしょうか。
あんなに、悟浄に気に掛けて貰い、優しくして貰い。
沢山の温かいものを与えて貰っているのに。
一人が、ほっとするなんて…。
僕は悟浄に相応しくない。
そう、思えて仕方ないんです。
いつも…いつも…。
その思いがあるんです。
手、だけは。
どんどんと、動いて書物を片付けていきます。
そして、それに比例する様に。
気持ちは。どんどんと沈んでいきます。
はあっ、と。
大きく、肩で溜息をした時。
ふいに、誰かの視線を感じて、僕は辺りを見回しました。
ん?
何の音もしなかったですよね。
誰かが、ここに入って来た気配もありませんでしたし。
悪意とかも、感じられませんし。
あ…鏡…鏡、ですか。
古めかしい装飾を縁取った鏡があって、僕が映っていました。
幽霊の正体見たり…ですね。
苦笑しつつ、僕はその鏡へと近付きました。
『この鏡が真実の全てを映してくれればいいのに』
他力本願の思いで、僕はそっと鏡の表面に手を付けました。
その時。
『いらっしゃい』
え? 確かに、声が聞こえました。
けれど、その事を考える間もなく。
僕の身体はコロンと―――鏡の中に転がり込んでいました…。
ポフンと、何かフワフワしたものに、受け止められて。
顔を上げて、上体を立て直して、回りを見ると…。
…ここは、ベッドの上?
それはそれは、とても立派で大きくて広くて。
天蓋付きという、ベッドというより年代物の寝台といった方が良い代物でした。
寝台のあまりの凄さに、気を取られて。
はあ…と、感嘆の溜息を付いた時。
「ようこそ。」
! 吃驚しました。
人の気配など全くなかったのに。
急な人の声に、僕は本気で吃驚しました。
いつの間にか、一人。
少し離れた所に、誰かが椅子に座っていました。
あれ? 何でしょうか、この既視感は………。
僕に声を掛けてきた人は。
白衣を着ていて、黒縁眼鏡で、肩までの真っ直ぐな髪で。
にっこりと微笑んでいる顔が、とても綺麗な方で。
「あの…。」
「はい?」
「貴方は、何方ですか?」
「人に名前を尋ねる時は、先に名乗るのが【礼儀】ですよね。」
「あっ、済みません。僕は、猪八戒と言います。」
「ボクは、天蓬です。」
「…天蓬、さん。」
「はい、そーですv」
又、彼はにこにこと笑い出す。
でも、僕は呆けていました。
明瞭過ぎる、この非現実感に。
「あの、それで…天蓬さんは、何でここにいらっしゃるのですか?
ここは、一体どこなんですか?
何故、僕はここに居るんですか?」
つい、彼だったら答えを持ってる筈だとの思いで。
矢継ぎ早に、聞いてしまいました。
「ボクがここに居るのは、アナタに用がある為。
ここは。アナタから言うと、カガミの向こう側。
アナタは、ボクに呼ばれたからここに居るんですよ。」
「……………。」
「分かりましたね。」
これって、夢、ですよね?
僕は、自分の手の甲を抓ってみました。
……痛く、ないん…です…。
更に、呆けていると。
天蓬さんが、僕の座り込んでいるベッドの上に来ていました。
「用と言うのは、これです。」
「えっ??!」
顎を上げられて、唇を合わせられる。
舌がするりと入ってきて、器用に絡められる。
「……んっ、…ふぅ…。」
強引なのに、優しい、キス。
息苦しさもあるけど、僕は意外にも素直に受け入れてしまっていました。
向かい合っている体勢で。
僕は、彼の白衣を知らず、握りしめていました。
薄手のシャツのボタンが外されて、肩から落ちていく。
身体が押し倒されて、背中にシーツの感触を感じる。
首筋が丹念に嘗められ、胸の辺りを指先が触れてくる。
脇腹を下から上へと、撫で上げられる。
腹部の傷を執拗に、唇が辿っていく。
「あっ……ん、あ、………ぁぁ。」
声が身体と呼応して、歓喜している。
「うん、いいですよ。もっと、声出して下さいね。」
足を大きく左右に開かれ、欲望が余す事なく晒け出され。
僕は羞恥心で、身が震えてしまいました。
「はい、じっとしてて下さいね。」
暗に、足を閉じるなと命令されているのに。
僕は従順に、その言葉に従っていました。
待っているのだと、分かりました。
きゅっと、僕自身を握られる。
ここまでの愛撫で、もう濡れているものを。
その滑りを塗り広げられると、僕の全身はびくつきました。
ゆっくりと、指が後ろへと回り込んで来るのが分かります。
周辺をなぞり始めました。
むず痒くて、もどかしくて。
僕が唇を噛み締めて、シーツを握り締めると。
指が、数本纏めて押し込まれました。
その衝撃に、背中が跳ね上がって。
「いやあっ。」
「我慢なんかするんじゃありません。
欲しいモノは、欲しいでイイんです。」
「ん―――ぅ、ん。」
「後悔なんて後からいくらでも出来るでしょう?
だから、ほら。
声にしてご覧なさい。
さあ、八戒っ。」
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ホシイモノ―――ボクノホシイモノ
悟浄、悟浄、アナタガホシイ、悟浄!
『そう、それでいいんですよ………。』
白い閃光と満足気な声。
僕の意識を失いました。
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「八戒、八戒っ。」
「ん。」
「こんなトコでうたた寝してたら、ダメだろ。」
「悟浄?」
「迎えに来たんだよ、あんまし遅いからさ。
風邪引くぞ、全く世話が焼けんだから。」
ぼんやりと、悟浄を見ると苦笑してて。
でも、僕を大事にいつも見つめてくれている、紅い瞳があって。
「どうした、八戒? 怖いユメでも見たか、ん?」
手を伸ばして、悟浄の首へと回して。
僕は、悟浄へとしがみつきました。
「はっ、八戒?」
「好きです、悟浄。
あなたが、好きなんです、僕は。」
「八戒!?」
「…好きです、悟浄…。」
「…俺もだよ、八戒。
俺はおまえのコトが、好きなんだ。」
悟浄の腕が、僕を抱き締める。
悟浄の温かさに、安心する。
僕は、目を閉じた。
いつか、後悔しても。
今、後悔しない為に……………。
2002.09.25 UP
☆ コメント ★
池田いづるさまに、捧げますv
いづるさんのサイトの一周年記念のお祝いのSSなのです
何がいいかな〜と、考えてたら
天八書きたいなと、ぽつりと言ったら
いづるさんのOKが取れたから、書いちゃった
いいんだよね?
いいんだよね?
今更、ダメと言われてもムダだけどさ〜・笑
天八は、初書き
そーいや、三八の初書きもいづるさんにあげたっけ
……………
まあ、いっか
と、言う事で慎んで贈りますv
どうぞ、お受け取り下さいませvv