蔵内屋
今となっては幻の豆大福

新潟県見附市本町にかつてあった和菓子屋さんである。
この町に仕事で一月に一回出張に行く。
この店は僕の行くお得意さんの一見おいて隣にあった。
僕は、和菓子なんて実は見向きもしない。
この店も出張するようになっても何年も僕にとってはただそこにあるだけの店だったのだ。

ある日、何のきっかけだったか、(たぶん日ごろのわがままの罪滅ぼしのため)家族(母&祖母)にお土産を買う気になったのだ。
店先には「豆大福」の大きな看板があった。
入ってみてちょっと驚いた。
商品といえば、豆大福と羊羹しか置いてないのである。
豆大福を五つ買って帰った。
ひとつ100円だった。

豆大福は他で買うより少し大きく、他よりも美味しかった。
その日から僕の好物が一つ増えた。
家族にも大変好評で、また買ってくるようにねだられた。
そうして、月に一回買って帰るようになった。

店に入って呼び声をかけると、ご主人か奥さんかどちらかが応対に出てきてくれた。
毎月一回行っていると、回数は多くないのだけれど、顔を覚えてくれるようになった。

ある時、ふと食べたくなってバイクで散歩がてら、夕方頃買いに行ったこともあった。
もう店をしまう頃で、ご主人は前掛けを腰からはずしながら、僕が買った五つの豆大福の他にもう五つまだ売れ残っていた豆大福をおまけしてくれた。

大豆が高騰して手に入りにくくなった時、100円の豆大福が一気に130円になったことがあった。
ご主人は高騰してしまって・・・と言い訳をしながらすまなさそうだった。
しかし、その時期を過ぎるとまたいつのまにか100円に戻っていた。
駆け引きなしの誠実な商売だった。

ある時、今日も買おうと思って前をと通ると、カーテンが閉まっている。
何か用事でもあって休業なのだと思った。
しかし、その次の時にも、次の次の時にも、カーテンは閉まったままだった。
僕が行く先のお得意さんなら同じ町内なんだから何か知っているだろうと思って、聞いてみた。
「ご主人脳梗塞出して倒れられたんですよ。」ということだった。
後継ぎは、他の菓子屋に弟子入りしているが和菓子屋ではないらしい。
つまりもう菓子を作る人間があの店にはいないのだ。

呆然としてしまった。
好物の豆大福はもう永久に食べることができないのだ。

蔵内屋の前を通るたびに、カーテンの閉まったお店を、僕は残念な気持ちで見るのだった。

しばらくして、通ってみると、今度は店先が改築され、普通の家の玄関に改装されていた。
本当に、蔵内屋という和菓子屋はなくなってしまったんだなとあらためて思った。

写真は、改装された、蔵内屋菓子屋だった家の玄関先である。
ご主人はどうしているんだろうか?