理屈屋の子育て


理解不能=不安…

ボクもヨメもどっちかというと(明らかに かな)理屈屋で、 納得行かない物は受け入れない事が多い。お互いにとって、 最初で最大の「納得行かない事」って言うのは、 結婚後にどんどん遠慮なく見えてきたそれぞれの感覚や考え方(の違い)だったんだけれど、 これは時間が経つにつれて、少しずつだけど今はほぼ全てが「理解できる事」に変化してきた。 お互いが憎みあっているわけじゃないし、結局のところそれなりに好きあっているわけだから、 自分のツッパリを冷静に考えてみると、譲れるところっていうのがほとんどで、 だから今はそれなりにお互いを尊重しながら一緒にいることができてるんだと思う。
決してのろけているわけじゃなくて、なんでこんな話を引き合いに出してきたかって言うと、 そこはそれ、このページの主題から簡単に創造できると思うけど、 コドモ(っていうかアカンボ)のことについて書くためのマクラなわけです。
コドモっていうのは、それもうちのモエナみたいに第一子の場合、何がなんだか全く理解不能。 親は初心者だし、本は一般的なこと中心に書いてあるか、「こんな子もいればあんな子もいる」ってな具合に、 なんだかワケのわからん書き方をしていて、一貫して信じること/従うことが出来ないものがほとんどだったし。 大人同士の場合、相手の言ってる事ややってる事が納得行かなかったら説明を求めてみたり、 説明されて理解できなければ怒ることも切り捨てることもできる。 でも、相手がコドモ、それも表現方法が「何もしない」か「泣く」かの2通りしかない新生児だと、 それもコドモ本人が希望したわけじゃなく、生きていくためのほぼ全てを親の行動に依存しなきゃいけなくて、 だから親にしてみれば、本能的にも理性的にもそれに答えなくてはならぬ、 なんとかせねばならぬっていうキョーレツなプレッシャー&使命感に浸かっているから、 もうありとあらゆる可能性を考えて「泣き」の原因を、泣く子を抱いてうろうろオロオロしながら考えるしかない。 「泣く」ことは、とにかく何か原因があって、それを「なんとかしてくれ〜」っていう表現なわけなんだけど、 わかんないんだもの、その理由が。
思いつく範囲のいろんな事を順番にやってみる。ミルク(うちは結構早いうちからミルク-人工。 これについてはまた別の機会に書くけれど)をあげたり、抱いたりオムツを見てみたり、 もう手当たり次第な感じだった。だけど泣き止まないことも多かった。
これはね、本当に不安になるよ。マジに。アタマの中のどこかで何かがブツンって音をたてて切れて、 「そんな泣いたってわかんねぇよ。何をして欲しいんだか言ってくれよ、なんでもしてやるから!」なんて、 大人に言うのとおんなじように口に出しちゃったこともあった。(モエナ、悪かったね)

考えればわかること

ボクたちは、モエナが生まれた直後の1999年4月央に引越したけれど、 市内での引越しだから、モエナが生まれる前と変わらずに横浜市に住んでいる。 横浜市には、生まれて1ヶ月目に、市から助産婦さんを家にまで派遣してくれて、 育児についてのいろいろな悩み事の相談とか、コドモの発育状態その他のチェックをしてくれる制度がある。 で、ウチにも来てくれたんだけれど、ちょうどその前の晩はモエナが一晩中1〜2時間おき位に泣いて、 ボクは朝ヘロヘロになって会社に行き、ヨメはヘロヘロになって家にいた。 その事をヨメが聞いたら、助産婦さんが、「昨日の夜は、相当暑かったんだけど気付いてた? どんな服着せて寝かせてるの?」って答えたそうだ。で、着せてた服を見せたら、 「そりゃ暑くて嫌で泣いてたのよ。」って。 その時までは、寝る時も昼間も、「風邪をひかせちゃならねぇ」って肌着の上にツナギの服を着せて、 更に布団までかけて寝かせてたんだけれど、言われてみりゃ「そりゃ暑いわな」ってもんだね。 オトナは短パンにTシャツで、おまけに布団なんか蹴っぽくって寝てたのにね。
いのちの兆しでも紹介したけれど、内田春菊サンの「私たちは繁殖している(1〜3)」っていう本があって、 この本はマンガなんだけれど、下手な「字の本」なんかよりよっぽど役に立ったし、 何よりも「安心」ってのをくれた。上の助産婦サンの話を、 帰宅した後で目をキラキラさせながらボクに伝えるヨメの顔を見ながら、 この本の中に出てくるいくつかの話を思い出してた。「オトナだって寝る前に本を読みたかったり、 TV付けっぱなしで寝たいように、コドモだって遊びながらそのまま寝たいから、 ただ寝かせられると泣くんだ」っていうような話とか、 他人の変な価値観とか、オトナの勘違いした思い込みで大きなお世話をコドモに対してしてることに対して、 「この子は元気だ。だから大丈夫」って判断するあたりの話なんかを。
どっちにしても、もちろんコドモだからって特別に考えてあげなくちゃいけない事もあるんだけれど、 結局は人間なんだから、オトナとそうは大きく違わないんだって思う。 暑いのは嫌だし、腹が減れば機嫌も悪くなるよね。 本当に調子が悪けりゃ、モノが食えなくなるし、表情もうつろになる。 こうやって少しだけ過去のこと(たった1〜2ヶ月だけど)を思い出しながら書いている今では、 モエナも随分と「泣き」にレパートリーが増えてきて、かなりいろんな表現が出来るようになってきて、 ボクらとしては大分楽になって来てるけれどね。 でも、やっぱり子育てをしていくには、オトナがマイってもダメなんだから、 パニックにならずに、少しずつでも冷静に、コドモの泣く理由をいろいろと考えてみて、 自分自身を楽にしていかなきゃいけないなって思う。 結局のところ、「後で考えてみればわかる」ってことがほとんどみたいだ。あせらず、 自分が自分と同じ人類であるコドモの立場になってみて落ち着いて考えればいいんだろうな。
でも、結局また何かでオタオタするに違いないだろうけどね。
1999.6.21