心ない言葉

出産後、人と会ったり、コドモを連れて歩いていると「母乳で育てているんでしょ?」とまず聞かれる。 ミルクで育てていることに、後ろめたい気持ちがあった私は返事に困ることが多かった。 「ミルクです」と答えると、相手の顔色や声色が変わる。 「え?どうして母乳じゃないの?母乳がイチバンなのに」と、 悪意はないのかもしれないが、やや非難めいた口調で質問される。 「胸の形が悪くなるなんていう理由で、最近の人はミルクが多いんでしょ」 と決めつけられることもあった。 「母乳が止まったんです。しょうがいないですね」と、わざと笑顔で明るく装ったりした。 しかし、笑いながらも目頭が熱くなったことが幾度となくあった。 ひとりぽっちの家の中で人知れず泣いていた。
脂漏性湿疹や、ポッチャリした体型までがミルクのせいにされ、あることないこと迷信みたいなことまで言われた。 ミルクで育てると、こんな親子像になるそうだ。
コドモは「愛情不足で情緒不安定になり精神を病みやすい。夜泣きがひどく、母親の認識が遅い。 免疫がないから病気ばっかりして、ミルクのせいでアトピーになる。おまけにミルクデブ」
母親は「母乳じゃないから愛情が湧かない、育児放棄、母乳じゃないから産後太り」
新しい家族が増え喜びに溢れているはずなのに、 これが本当ならば、夢も希望も持てないお先真っ暗の人生が待っていることになる。
実は、この時期の日常生活の記憶があまりない。もちろんコドモの成長や様子も。 体調が万全でないうえに、どうしようもない事態に直面し、何も出来ずに途方に暮れた。 やがて、コドモの存在すら疎ましく思えた。 妊娠中、高い志を持って育児に臨むつもりでいた。 しかし、数週間前のはりきっていた自分が滑稽にすら思えた。 出産・育児という現実から目をそむけ、心はどこか遠くへ逃避していたように思える。 目の前に繰り広げられている日常に目と心は向けられていなかった。