救いの人との出会い

ある日、区の保健所から電話があった。「横浜市では初産のお母さんを訪問する制度があるのです。 よろしければ、訪問させてください」とのことだった。 人と会うのが嫌だったので面倒だったが、子供の発育状態を見たいというので、 仕方なく訪問日を設定した。
自宅に来たのは、サカモトさんという中年のハツラツとした助産婦さんだった。 一通り、コドモの測定、発育状態の確認をすると「何か相談があれば伺いますよ」と言われた。 今さら、どうなるものでもなかったが、この人なら解決の糸口を見つけてくれるような気がした。 母乳が早い時期で止まったこと、そこに至るまでの経緯を簡単に説明した。 そして、ミルクで育てていること、ミルクの弊害を知り、 不安な日々を過ごしていることも話した。
話が終わると、黙って聞いていた助産婦さんが、全てのことに対して解答してくれた。 (その内容を質問形式にまとめた)

Q「ミルクで育てるとアトピーやアレルギーになるか」
A「湿疹=アトピーではない。 母乳に比べてミルクはアレルギーになりやすいというのは事実。 しかし、アレルギー対策のミルクも販売され、昔に比べてかなり改良されている。 半数くらいの母親が完全母乳で育てているにもかかわらず、最近は、 アトピー、アレルギー持ちのコドモがとても多い。母乳だからといってアレルギーにならないわけではない。 遺伝、環境、生活形態、食生活によりアレルギーを引き起こす場合が多い」
(この助産婦さんは完全母乳で二人の子供を育てたらしいが、 現在、二人ともアトピーで通院する日々を送っているとのこと)

Q「ミルクは免疫がないので病弱になるか」
A「コドモは母親の体内にいる時にすでに免疫をもらっている。 確かに初乳には免疫が多く含まれているので、少しでもいいから飲ませるのが理想。 しかし、風邪や病気はコドモ自身の体力に左右されるものがほとんど。 母乳は万能薬じゃない」
(私は完全母乳で育てられたにも関わらず赤ん坊の時から病弱で、幼稚園は半分ほど欠席している。 私の兄弟も、幼い頃からアレルギー体質で現在も悩まされている)

Q「ミルクデブはほんとうか」
A「ミルクと母乳では、同じ体重でも太り方が違うのは確か。 しかし、あなたのお子さんは飲むミルクの量が多い。母乳でもこれだけの量を飲むなら同様に太る。 単なる食欲旺盛のコドモだから、今の時期は欲しいだけ飲ませて構わない」
(母乳育ちのコドモでもやたら大きい、立派な体格をしているコドモはいる。 聞けば、かなりの量を飲むとのこと)

Q「母乳の出が悪いのは体質か」
A「体質もあるかもしれないが、出の良し悪しに関しては、正確なことは言えない。 体調、環境、精神状態などで出なくなることも多い。第一子で出なかったからといって、 第二子も出が悪いということはない。その時の状態が大きく左右する。」

Q「母親の産後太りはあるか」
A「母乳の場合は、栄養が母乳に流れるので、痩せるのは早い。しかし、必然的に食事の量が多くなる。 そこでうまくコントロールしないと、出産後、太ってしまう人もいる。 ミルクの場合は、栄養が流れないため、痩せにくいのは確か。 しかし、どちらにしても、妊娠中とは明らかに体質が違うし、育児をしているうちに痩せていく人が多い。 肥満は、体質や食生活の影響が大きく左右するので、一概になんとも言えない」
(妊娠の時、最終的に15キロも太った。しかし、産後5ヶ月、妊娠前の体重より1〜2キロ多いだけで、 今では以前の洋服を着ることができる。 私は、元々痩せている方ではなく、とても太りやすい体質。それなのに、ここまで体重が落ちたことに、 自分自身で驚いている。育児は肉体労働だと痛感。女性は、妊娠・出産すると、平均2.5キロ太るそうだ。 だから、産前よりちょっと太ったくらい気にしないことにした。ダメかな〜?)

Q「ミルクは愛情不足」
A「母乳の中には愛情という栄養は入っていない。愛情を持って育てなければ、愛情不足になる。 もし、ミルクはスキンシップがないというならば、お風呂に入ったときに抱きしめる、 日常でも抱っこをいっぱいしてあげれば、いくらでもスキンシップは取れる。 母乳だけでは愛情の全てが満たされない」

Q「夜泣きがひどい」
A「産後間もない母子には以心伝心があり、母親の精神状態が反映される。 目が見えない、何も分からない赤ん坊のようだけど、コドモなりにいろいろと察知しているらしい。 だから、母親の精神状態を良くしないと、夜泣きも治らない。」
(夜泣きがひどいのは、ミルクのせいだと思っていたが、 どうやら自分自身が原因になっているようだった)

たくさんの質問に嫌な顔ひとつしないで、ひとつひとつ丁寧に答えてくれた。 それは、ただ事実を伝えるだけでなく、暖かい励ましの言葉が多かった。 「母乳の中に愛情はない」という言葉で、目からウロコが落ちた。
全てが吹っ切れて迷いはなかった。出産後、初めてだったかもしれない。 その助産婦さんに何度もお礼を言った。 安心したかのように「元気出しなさいよ。コドモは立派にいい子に育っているんだもん。 それが何よりでしょ」と言い残し、別の新米母が待つ家を訪問するために帰って行った。
助産婦さんを見送る私はいつもの自分に戻っていた。 踊りだしたいほど軽くなった気持ちになり、久しぶりに母子で散歩に出かけた。