陣痛室2日目

とうとう出産に近づく

3月29日午前2時50分
モニタはずす。 入院してから丸一日がたった。陣痛室にこんなに長くいるとは考えてもみなかった。 相変わらず部屋には一人しかいない。そのせいか、看護婦さんは頻繁に様子を見に来てくれて、 世間話をして気を紛らわしてくれていた。
3月29日午前3時10分
トイレへ行くと、おしるしがあった。陣痛の間隔は変わらないが、痛みがきつくなってきて、 動けなくなってしまうことが度々あった。 モニタ装着。
3月29日午前6時00分
破水してからの時間が長すぎるので、 子宮口を柔らかくする注射を後ほど使うことになったと説明される。 この時の内診で、子宮口が4cm開いていた。
3月29日午前6時30分
隣のベッドに破水した人が入院してきた。二人目ということで余裕があるのか、 破水してから数時間経過してからの入院で、一人でボストンバッグを持って、 気軽(に見えた)そうに入院準備をしていた。 看護婦さんは「お隣は二人目だし、陣痛があるので、たぶんにしざわさんより早く産まれてしまうわね。 でも、人それぞれだし、あせらずにのんびり構えていてね。待機が長くて疲れてしまうけど、 いずれ産まれるんだから。」と、隣の人と自分を比べないようにと言葉をかけてくれた。
3月29日午前7時00分
子宮口を柔らかくする1回目の注射を打たれる。
3月29日午前8時00分
子宮口を柔らかくする2回目の注射を打たれる。 朝食が出されたが、痛みが気になりほとんど食べられなかった。 内診の結果、子宮口が5cm開いていた。子供も下がってきて、出産も間近になってきているようだ。 そのせいか、陣痛の間隔が短くなり、痛みも増してきたので、 付き添いの彼に腰をさすってもらったりするようになる。
3月29日午前9時00分
隣の破水で入院した人は、入院直後から痛みを訴えていたが、分娩室へと運ばれて行った。 「二人目だと入院3時間で分娩室に入れるんだ。」と、1晩以上陣痛室で過ごし、 自分の痛みが辛くなってきただけに、隣のスピード出産がうらやましかった。

3月29日午前9時10分
入院して始めて先生の診察を受ける。 どうやら、週末は先生が不在で、急患以外は看護婦さんが対応する仕組みのようだった。 子宮口が7cmまで開いて、子供も下がっているとのこと。このまま経過が順調ならば、 昼には出産になるとのことだった。この頃からかなり痛くなってきて、ずっと腰をさすってもらっていた。 痛くてもモニタを付けっぱなしにしているので動けない。 妊娠百科の本には陣痛の逃し方に「歩き回る」「足踏みする」などと書かれていて、 その知識を頭にインプットしてあったが、こんな身動きのとれない状態では、何の役にもたたない。 痛さを我慢してじっとしていることが、痛みを倍増させているような気がした。 「このモニタの仕組みを考えたのは、妊娠しない男に決まってる。」と、 モニタとモニタを考えた誰かを恨んだ。
入院してからの出来事を書きとめていたが、痛みに負け、この時間のメモが自分で記した最後となった。 あとは、彼がメモをしてくれていた。
3月29日午前9時30分
骨盤と胎児の頭の大きさを調べるためレントゲン撮影される。 本当は起きて撮影するらしいが、痛くて起きあがれなかったので、寝たまま撮影してもらう。 その直後、結果を知らせてもらったが、骨盤に比べ胎児の頭が大きいらしく、 立ち会う先生は対策を考えるとのことだった。 そんなことを聞いてしまったので「頭大きいんだ。なんか産むのも必要以上に痛そうだし、 苦労しそうで嫌だな〜。」さらに陣痛の痛みが増したようだった。
3月29日午前9時50分
「おめでとうございます。」という声が、分娩室から聞こえてきた。 9時に分娩室に入った人が産まれたらしい。入院してから3時間少々、 分娩室に入ってからは1時間足らずで産まれている。 「どうしてどうして、そんなに早いのよぉぉ。私はこんなに時間がかかってるのにぃ〜。」 と次々と襲ってくる陣痛の痛みに耐えながら考え、そんな自分が哀れにすら思えてきた。
3月29日午後12時10分
数時間前から痛みは頂点に達していた。その間、何回も先生や看護婦さんが様子を見に来てくれたが、 モニタの陣痛の様子を見ては「なかなかいい陣痛が来ないね。どんなに痛くても、 定期的にこないと出産には結びつかないのよ。」と言われていた。 自分にとっては我慢できない痛みが続いていて、 「もうすぐか…」と分娩室に入れる時を待ち続けていた。 食べることもおかずを確認する余裕もなかったが、 お昼ご飯が運ばれてきて正午になっていることに気づいた。
「いきみたくなったら言ってくださいね。次は分娩室に入ります。もう少しですよ。」 との看護婦さんの声に「もう、お腹が張って我慢できない。力入っちゃいますぅ〜。」 と悲痛の叫びに近い訴えをした。 「分かりました。お産、始めます。」の掛け声を合図に数人の看護婦さんがベッドの脇に集まり、 モニタが外され、ベッドの柵を降ろし、キャスターのストッパーを外し、寝たまま分娩室へと運ばれた。
今までずっと腰をさすってくれたり、飲み物を補給してくれていた彼とも束の間のお別れ。 どうしようもない痛みで周囲の状況も、自分の状態も分からなくなっていたが、 運ばれる直前に彼が言った「がんばってね。待ってるから。」の声だけが聞こえた。 「もう、誰も助けてくれないんだ。私一人しかがんばれないんだ。」 この時を境に、陣痛室での文句ダラダラ、恨みフツフツ、気弱な気持ちがふっとび、 自分でも驚くほど気丈になっていて、痛みで混乱していた頭が明瞭になっていた。