葛城ミサトのふんだりけったり


 その日ネルフ作戦部責任者、葛城ミサト三佐はD−32会議室へ向かう為廊下を早足で歩い
ていた。
 
 しかし、その表情を見ると余裕が無く、不安そうに辺りを見回している。
 
「もう、一体此処は何処なのよ!!」
 
 どうやら道に迷っているようだ(笑)。
 
 ミサトは行けども行けども何の変化もない廊下を、ただひたすら歩いていた。近くにはエレ
ベーターも無ければ通信用の端末もなかった。連絡しようにもこの中では携帯は使えない。
 
 どうすることも出来ず、ミサトは前を進むしかなかった。しかし、一度戻るとか考えないの
かこの女は。
 
 その内にだんだんあたりの様子が変わってきた。壁は薄汚れ、電灯は接触が悪いのか点いた
り消えたりしている。廊下には崩れた壁のパネルやら冷却水が漏れたのであろう水たまりが出
来ていた。
 
 使徒との戦闘で、修理しきれないエリアに入り込んだようだ。ネルフ内にはそのようなエリ
アがかなり広がってきていた。重要箇所の修理が最優先される為、どうでもいい所は後回しに
されるからだ。
 
 パチッパチッという接触不良が起こす音と自分の足音、そして暗くなったり明るくなったり
する廊下、しかも自分一人しかいない。
 
 こんな時、人間ろくな事を考えないようだ。
 
「ううっ、何にも出ないでしょうね・・・。」
 
 やっぱり例外ではなかった。
 
 いつの間にか辺りを伺うようにゆっくりとした歩調になっていたが、それでも先に進もうと
していた。
 
 
 一方、D−32会議室ではミサトの到着を今か今かと待っていた。が、いつまでたってもそ
の気配はなかった。
 
「ミサトさん、遅いね。」
「どうせ又迷ってんのよ!」
 
 話し掛けてきた碇シンジに対して、機嫌が悪そうに惣流・アスカ・ラングレー嬢は答えた。
かれこれ1時間も待たされているのでは無理もなかった。
 
「まったく、自分は待たないくせに人は平気で待たせるんだから。」
 
 赤城リツコ博士が溜息混じりで呟いた。いつもの如く、白衣のポケットに両手を突っ込んで
いる。子供達がいる為、喫煙は控えているようだ。
 
 この部屋に集まっているメンバーは、碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイ、赤
城リツコ、伊吹マヤ、日向マコト、青葉シゲルの7人だ。
 
 このメンバー+ミサトの8人で『ネルフ夏の納涼盆踊り大会』を企画していた(そんなもん
企画すんなよ!)。
 
 ちなみに碇ゲンドウネルフ司令は、交渉者に選ばれたレイの
 
「やるから・・。」
 
 の一言で企画書に判を押してしまった。どうせレイの浴衣姿が見たかったのだろう。
 
 そして今日最終的な打ち合わせを行うはずなのだが、一番乗っていたミサト本人が現れない
のだから、全員やきもきしていた。
 
 なぜミサトが乗りまくっていたかというと、もちろんただ酒が飲める為だ。企画が通れば予
算が下りる、ということは自腹を切らなくて良い事なのでマヤから持ち込まれたこの企画(以
外だ・・・)に、飛び乗ったという訳だ。
 
「こうなったらミサト抜きで進めるしかないわね。」
 
 リツコがそう言うと、すかさずアスカが手を挙げた。
 
「じゃあ、お酒の予算削って、ミサトが没にした『射的』を復活させない?」
「先輩、私もその方がいいと思います。」
 
 アスカの意見にマヤも賛成した。
 
「そうね、これではミサトの思う壺だからそうしましょう。反対意見は?」
 
 全員しーんとなり、誰も反対しなかった。
 
「では決定ね。次は・・・。」
 
 打ち合わせは滞り無く続いた。
 
 
 そんな事になっているとはつゆ知らず、ミサトはただひたすら歩いていた。
 
 しばらくすると、T字路になっている所に差し掛かった。
 
 ミサトは手前ですこし考えた後、「こっちね!」と呟き右に曲がろうとした。
 
 その瞬間、自分の腿に何かがぶつかった感触があった。
 
「ひっ!」
 
 ミサトはちょっと悲鳴を上げそうになったが、何とか我慢してぶつかった物を見た。
 
 それは尻餅をついている5・6才の女の子だった。
 
(どうしてこんな所に子供が・・・。)
 
 いぶかしげに思いながら、その子を立たせてみて驚いてしまった。レイにそっくりであった
からだ。
 
(レイの小さい頃ってこんな感じだったのかしら。)
 
 髪の色・ヘアスタイル・目の色・顔の作り・肌の色等何から何までレイを小さくしたみたい
だった。
 
 ミサトがその子をじーっと見ていると、その子もミサトをじーっと見ていた。が、
 
「お姉ちゃん、こっち・・・。」
 
 とその子が小さな声でミサトに言うと、てててててとミサトが曲がろうとした方向へ走り始
めた。
 
「ちょ、ちょっと待って!」
 
 ミサトはその子を見失わない様に後を付いていった。
 
 
 暫く二人で歩いていくと、十字路に差し掛かった。その女の子は又てててててと走り出し、
左に曲がっていった。
 
 ミサトはやれやれという風に同じく左に曲がった。
 
 すると、そこには誰も無く、ただ一直線の通路が延びているだけであった。
 
 始めはポカーンとしていたミサトだったが、いきなりぞくぞくっと震えたかと思うと、一目
散に駆け出した。
 
「ど、どうなってんのよ〜・・・。」
 
 半分泣きが入っている。
 
 すこしパニックに陥りながらも、その通路をわき目もふらず駆けていった。
 
 
 その頃、会議室では打ち合わせが一段落着いて皆で休息をしていた中、綾波レイ嬢(零号機
パイロット・14歳・最近シンジの事が気になっている)が小さく、
 
「クスッ。」
 
 と笑ったのだが、誰も気が付かなかった。
 
 
 いいかげん、走るのに疲れてきたミサトの前方に、作業着で頭に工事用ヘルメットをかぶっ
た一人の男が歩いていた。
 
 天の助けとばかりに、ミサトはその男に全力疾走で近づくと、
 
「はあはあはあ、す、すまないけど、はあはあ、エレベーターまで案内してくんない?」
 
 と藁にもすがるような思いで頼み込んだ。
 
「いいっすよ。」
 
 と明るく答えた男が振り向いた。
 
 男の顔には、目も口も鼻も何もなかった。いわゆるのっぺらぼうである。
 
 それを見たミサトは、
 
「ぎゃ〜〜〜〜〜!」
 
 と一声叫んでその場でばったりと倒れて気絶してしまった。
 
 
 同時刻、会議室でレイがまた、
 
「クスッ。」
 
 と小さく笑ったが、やっぱり誰も気が付かなかった。
 
 
 会議が終了しても、一向に現れないミサトにリツコは毒づいた。
 
「まったく、どこほっつき歩いているのかしら?」
 
 それを聞いたレイは、すくっと立ち上がると、プロジェクターにネルフ内の地図を表示させ
ると、ある一点を指さした。
 
「葛城三佐はここにいるわ。」
 
 全員が注目する中、リツコは聞き返した。
 
「どうしてここだとわかるの?レイ。」
「わかるから・・・。」
 
 その場に居合わせた全員が(答えになってな〜い!)とツッコミたかったが、レイにつっこ
んだところで、
 
「そう。」
 
 と言われるのがオチなので、うずうずするが何も言わなかった。
 
「そ、そうなの。じゃあ保安部に探させるわ。」
 
 リツコは腑に落ちないながらも、端末から保安部に指示を出した。
 
「保安部?」
「そうです。」
「エリアFの第12区画に葛城三佐がいるから、D−32会議室まで連れて来て。」
「了解しました。」
 
 それから30分後、保安部の人間に連れられてミサトが会議室に入ってきた。
 
「葛城三佐をお連れしました。」
「御苦労様。」
「では我々はこれで失礼します。」
 
 保安部の人間が帰ると、ミサトはリツコに自分の見た物を話し出した。
 
「リツコ〜。」
「なによ、気持ち悪いわね。」
「出たのよ!」
「何が?」
「幽霊とのっぺらぼう!」
「「「「はあ?」」」」
 
 みんなあきれ返ってしまった。幽霊だけなら信憑性もなきにしもあらずだが、のっぺらぼう
と来た日にゃ、信じろと言う方が無理だろう。
 
「ふん!幻覚でも見たんじゃない!」
 
 机に頬杖をつきながら、アスカがミサトに言った。
 
「何よアスカ!あたしの言うことを信じられないの?」
「あったりまえじゃない!誰が信じろっていうのよ!だいたいビールの飲み過ぎなのよ!」
 
 全員が一斉に頷いた。
 
 アスカとミサトは顔を突き合わせ、うーっと唸りながら睨み合っていた。
 
 そこへシンジが口を出した。
 
「ミサトさん。」
 
 ミサトはシンジの方に顔を向けた。
 
「シンちゃんは信じてくれるわよね。」
「・・・晩酌のビール、当分の間1本だけにして下さいね。」
「シンちゃんまで・・・。」
 
 そりゃあ、言われるわな。
 
 アスカがシンジに続いた。
 
「それからミサト、盆踊り大会のお酒の予算縮小して『射的』を復活させたわ!」
「え〜っ!!」
「お酒があんなにあってもしょうがないじゃない!ミサト一人が楽しんでもしょうがないから
 よ!」
「そんな〜・・・。」
 
 ミサトはがっくりうなだれた。
 
「では、この辺でお開きにしましょう。」
 
 ミサト一人を残して、全員会議室から出て行った。
 
「あたしが何をしたっていうのよ〜〜〜!」
 
 魂の叫びであった。
 
 
 
 ぞろぞろと自分の持ち場へ戻る連中の最後尾を付いていっているレイは、
 
「クスッ。」
 
 と小さく笑ったが、例によって誰も気が付かなかった。
 
 
END
 


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