日が落ちて薄暗くなった公園。
僕は一人っきりの家に帰るのが怖くて、砂のお城を作っていた。
砂場でも一人っきりだったけど、家に帰るより数倍増しだったから。

「ねぇアンタともだちいないの?アタチがともだちになってあげよっか」
いきなりの声に驚いた僕は顔を上げた。

小さな…今ここで遊んでいる僕くらいの年齢の女の子。
真っ赤な髪と蒼い瞳の女の子。
まだ、お日様が高いうちから木の陰から僕を見ていた女の子。

何度か僕に話しかけようとしていたみたいだけど、僕はその子の紅い髪が怖くて…
その度にそっぽを向いていたんだ。

「あ、あの」
「何して遊ぶ?」

今考えるとその子も怖かったんだね、僕が遊ぶのを断って帰ってしまう事が。
だからかなり強引に
「おにごっこしようよ。あんたが鬼ね、きまり」
決められてしまったんだ。






「待って、待ってよぉ」
僕のかなり前を走って逃げる女の子。

おにごっこではなくて影踏みにしたんだ。
そうすれば鬼になった方が、勝手に帰ってしまう事はないし…

「こっちこっちー」
水銀灯の光で影はゆらゆらと揺れる。

その子の足はとっても早くて全然つかまらない

「ずるいよ、ちょっと待ってよぉ」
「のろまねーあんた」
「いったなぁー、ター」
コテッ

「何かってにころんでるのよ」
「つかまえた!」
「キャッ、はなしてよ!」
「いやだ!」
「…はなして」
「ぜったいいや!にげちゃうもん」
「にげないよ」
「にげちゃうもん。僕がつかまえたんだから、ぼくのそばにいてよ。
 ひとりはもういやだ…いやだ」

自分でも何を言ってるのか、もうわからなかった。
涙を流しながら、必死でその子にしがみついていたんだ。

「あんたもひとりぼっちなの?……………アタチがそばにいてあげる」
「ほんとう?」
「アタチのおよめさんにしてあげるのよ。うれしいでしょ」
「う、うん」
「じゃ、こんやくのしるし」

チュッ

………この時が僕のファーストキッス。
僕はその子にキスされたんだ。
…その子?
そう言えば名前は…

「アタチの名前?アタチはそうりゅ
「起きなさいシンジ、いつまで寝てるの!」


え?
大声に驚いた僕は……
「朝?…………夢か」
「遅刻するわよ!」
「判ってるよ母さん」
「シンジ、お前には失望した」
「…判りましたわ、お父さま」
「問題ない」


夢だってことは途中からわかっていたけど。
いつもあそこで目が覚めるんだ。

あの子とはあの日から一度も会っていない。
なんて名前だったのかな。


僕の旦那様




『紫音』

                                by中昭


キッチンに降りると、最初に目が合うのは父さん。
朝から見るには思いっきり刺激的な顔なんだけど…目をそらすといじけるから。


「お早う、お父さま」

「うむ」

少し、目を細める父さん。
精一杯の喜びの表現なんだ。

「もう少し早くておきて頂戴、出来れば朝食の支度も手伝って欲しいくらいなんだから」

「起きれないんだからしょうがないよ」

「いいお嫁さんになれないわよ」

「…………僕は男なんだけど」

フリルのついた可愛いねぐりじぇの裾をつまみながら言ってみた。


僕は男。
でも僕は概ね女装している。
僕の家は代々続く歌舞伎の名門なんだ。
それも女形(おやま)。

歌舞伎は男だけで演じるのは知ってると思う。でも歌舞伎の演目には女性の登場人物が必要で、
要するに男が女を演じる事になる。それを女形というんだ。

今、僕が女装しているのも女形の修行。
女性としての所作を学ぶ為なんだって。
いっそのこと娘として育ててくれたら、何も悩む必要がなかったのに…
でも僕は息子として育てられた。男として女性を演じるからこそ色気が出るって、父さんが言うんだ。
…父さん?
この修行は碇家の伝統らしい…そうすると父さんも女装を?
父さんがせーらー服を?

「はぅ」


「あらあら、また立ちくらみ?」

「私の若い頃を想像したのだろう。放って置け」

「可愛かったですよ、あなた」

「…も…んだいない」


と、父さんと母さんは中学校の同級生。
卒業の時に打ち明けたんだって

「これは秘密の事だが……………私は男だ」

(知られてないとでも思ってたのかしら)
これは母さんの感想。


なにはともあれ、高校入学と同時に婚約。
そして僕が産まれて今に至っている。


「まだ居たのかシンジ」

「いってきます」

「はい、気を付けていってらっしゃい」






「おーいシンジ、ちょっと待ったれや。どうせ遅刻なんやから」
セーラー服をなびかせて先頭を走る美少女(…僕の事だよ)に呼びかける男の子。
以前は髪の毛を伸ばしていたんだけど、切ったんだ。
修行の成果でショートカットでも立派に女性に見えるって…父さんが。
…………でもいいんだ。男の子の服を着ればちゃんと男の子に見えるさ。多分。

「もー。トウジ、僕の名前はシンジ子だって何度言ったらわかるの?」

「そないけったいな名前で呼べるかいな」

「トウジ、悪いよ。シンジ子だって好きでそういう名前になったわけじゃないし」
当たり前だよケンスケ。

「それに…シンジ子は可愛いし…………あ、ちちがう…あ、可愛くないって事はなくて」

「まぁ、ケンスケの言うことも一理あるわな。しゃべり方とぷろぽーしょんはちと男っぽいが」

「胸がなくて悪かったね」

「お、怒ったんかシンジ。ちゃうで、わ、わしはシンジが可愛いと」

「浮気者。いいんちょに言いつけちゃうよ」

「なんでいいんちょが出てくるんねん。関係あらへん」

「本当?」

「うっ」

「あははは。急ごうよ、トウジ、ケンスケ」

「「………あ、ああ」」

クルリとターンした時にパンツ(もちろん女物だよ)が見えちゃったかな。二人とも真っ赤な顔をしてる。

トウジとケンスケは僕の幼なじみ。でも僕の事を女の子だって思ってるんだ。
小さい頃から女装してるもんなぁ。
だからかな。最近ケンスケの目が怖い。
僕は男なんだぞぉ。



きーんこーんかーんこーん
「ハイハイ、遅刻組も来たわね。じゃ、お待ちかねのお約束に行くわよ」

なんの事だろ。

「喜べ諸君!!転校生の登場だぁ!!」

「「「うぉおおおおおお」」」

「入ってラッシャイ」

カラカラ
「「「うぉおおおおおお」」」

入ってきたのは
蒼い瞳の女の子…髪が……………

「アンタ」
「君は」

「あらら、シンちゃんの知り合い?」

「僕の旦那様です」






「あ、あんたねぇ!いきなりアレはないでしょ。なにが僕の旦那様よ。
 アタシは女の子なのよ。お・ん・な」

僕はダッシュでその子に引っ張られてきた。ここは屋上。
僕ら以外には誰もいないから多少の大声は大丈夫だけど。

「ご、ごめん」

「………………ふー。
 変わんないのね」

「なにが?」

「謝り癖よ。アンタ、アタシと遊んでる間に何回謝ったか覚えてる?56回よ」

「…………」

「な、なによ」

「随分細かい事まで覚えてるんだね」

「あ、アタシがあんたの事を大切な思い出にしてたとでも言いたいわけ?ハッ、ちゃんちゃらおかしい」

「ごめん」

「あ、その…違うの…………
 そ、そうよ。アンタだって覚えてたんでしょ」

「約束の事?」

「そうよ。お嫁さんにしてあげる…つもりだったけど……………女の子同士だもんね。
 でも友達にはなれるわよね」

「ごめん」

「……………そう」

「僕は男なんだ」






屋上に吹く風が気持ちいいや。
でも不思議だな、夢の中のあの子と並んで腰掛けてるなんて。
二人ともセーラー服を着てるのがちょっと残念。
え?
彼女の手が僕の……………ちょっとまずい
サワサワ

「ダメ」
「きゃーーー!!」

膨張してしまった。

バッチーーン


「なにも殴らなくてもいいのに。触ったのは君なのにさ」

「アンタがそんなものそんな風にするからでしょ。なんとかしなさい」

「…しばらくしたら治ると思うから」

「そ、そう。いいわ許してあげる」

「あ、ありがと」
なんでお礼を言ってるんだろ。僕。

「…アンタ男の子だったんだ」

「そうだよ。そう言ったじゃないか」

「…じゃ、改めて。仲良くしましょ」
差し出されて手は……さっき僕の上にあったんだよね。
あ、思いだしたらダメ

「きゃーーー!!」

バッチーーン






目が覚めたら僕は彼女に膝枕されていた。

「気が付いた?」

「ごめん」


「アタシの事旦那様って呼んだわよね」

「うん」

「友達じゃいやなんでしょ」

「…うん」

「宜しくねアタシの奥様」

「うん……え?」


お日様を背にしてるので彼女の顔ははっきりとは判らない。
でも僕には判るんだ。きっと真っ赤な顔をしてるよ。


「なに人の顔じっと見てんのよ」

「ごめん」

「そう言えば、なんでアンタは女装してんの?前の時も女物の服を着ていたはずだけど」

僕は一通りの事情を説明した。
女形の修行である事も。

「ふーん、それじゃアンタのお父さんもこの修行をやってたわけよね。
 アンタのお父さんなら可愛いかったんでしょ?」

フリルのぴらぴらを着た父さん。
ちょっぴりはにかんで眼鏡の位置を直す父さん。
色んな父さんが………脳裏に浮かぶ


「アンタとは似てないみたいね」

「うん」

「お父さんの名前は?」

「ゲンドウ」

「それじゃゲン子って名乗ったの?」

「なんで判るの」


「どんな女学生姿だったの?写真くらい見たことあるんでしょ」

「修学旅行の写真が一枚だけあるんだ。隣の男の子がひきつってたよ」

「アンタは可愛くて良かったわよ。お陰でこんなにキレイな旦那様がもらえるんだから」

「そうだね。
 あの…今日は暇かな」

「まさか」

「両親に会って欲しいんだ」


暫くして彼女は小さく頷いてくれた。
丁度授業も全て終了したみたい。
結局さぼっちゃった、






「なるほど」

「うん、そういうわけなんだ」

「シンジ、お前には」

「事情はお話した通りですの、おとおさま」

「うむ
 ああ、お嬢さん」

「はい」

「当家の「アナタ、ちょっとどいて」ぐわっ……ユイ」

「ねえねえ、おばさんの事は覚えてる?」

「え?」

「お母様、お知り合いなのですか」


「うーん判らないかな?おばさん悲しいわ。何度かおうちに遊びに行ってるんだけどなぁ」

「ユイお兄ちゃん!!」

「え?」

彼女はぽつりと聞き捨てならない事も言ってた。
アタシのはつこい………
嫉妬深いな僕って。


「掟だ」

「当主の婚約者は、男の格好をする決まりなのよ。
 碇家の当主は、跡継ぎが初舞台を踏むまで女装をとけないから」

「掟だ」

「お兄ちゃんがおばさま。…………もしかしてアタシも?」

「おばさんは高校の頃からだったのよ。キョウコに惚れられちゃって困ったわ」

「ママに?」

「今では良いお・と・も・だ・ち。
 という訳で明日から宜しくね。学生服はちゃんと用意しとくから」

「…………転校しちゃダメ?」

「ダメ」






きーんこーんかーんこーん
「えー、まぁ、なんだぁ。仲良くしてあげて頂戴」

「……よろしく」


詰め襟を着た彼女もいいな。
凛々しいって言うのかな。
髪を切るのは嫌がってたから長いまま。
胸はさらしを巻いてる…僕もちょっと手伝ったんだ。


「なんや、男やったんか」

…トウジ






「なによなによ。なんでみんな疑わないの」

「昨日は学生服がなかったから、妹のセーラー服を着てたって説明したみたいだよ」

「誰が」

「父さんが…先生に」

「そんなんで納得したの?こんなに女らしいアタシをつかまえて」

「……アハハ」

「アハハじゃない!なんとかしなさい」

「なんとかならない事もない…かな」

「なるの?」

「最短で6年かかるけど」

「………なによそれ」


「初舞台は5歳で立つんだ。
 今から頑張れば…その」

「じゃあ今夜から…ね」

「え、あの…冗談…だったん…だけど…………
 いいの?…あの」

「ばぁーーーか」

「え?待ってよ」

走り出した彼女。


「こ・こ・までお・い・で♪馬鹿シンジぃ♪」

「待ってよぉ。よーし、ター」
コテッ

「何勝手に転んでるのよ」

「つかまえた」

「…離さないんでしょ」

「うん…あの」

「アタシの名前?そうりゅ………ううん、アンタが名乗りなさいよ」

「ぼ、僕は碇シンジ」

あはっ。そうか。やっと思い出した。
彼女の名前は…

「そう…アタシの名前は…碇アスカよ」


ちゅっ

「いつまでやっとんのや、あの二人は」

「屋上は気持がいいなぁーーーっと」


「きゃっ、何見てんのよアンタ達!」

「覗くなんてひどいやトウジ・ケンスケ!」


「言葉だけ聞いとるとどっちが男かよーわからんな」


「アタシはおんふがふあ」

「しー、ダメだよ喋っちゃ」

あと何年続くのよぉーーーー

「6年…じゃダメ?…だよね




数年後

「とうとう結婚式かぁ」

「あれだけ喧嘩しおってなぁ」

「アスカは嫉妬深いから」

「そういやイインチョ、アスカは女装するんやて」

「うん、どうしてもドレスを着るんだって頑張っちゃって」

「シンジ子はどうするんだい」

「タキシードよ」

「哀れなやっちゃ。お、出てきおった」


「二人一緒なのね」

「仲がよーて結構なこっちゃ」

「トウジ、アスカのヤツお腹が出てないか」

「めざといのぉ。…あの年で中年太りかいな」

「シンジ君…素敵」

「イインチョ、あいつは女やで」






「掟が」

「あなた、まだ言ってらっしゃるんですか。私たちの結婚式の写真を公表しちゃいますよ」

「ユイ、私に自殺しろというのか」

「舞台ではあんなに女らしいのに。どうしてなのかしらねぇ」

「写真は人の一面しか写さん。それだけの事だ」

「とにかく、子供にさえ見せられない結婚式なんか、あの子達にはさせられません」

「碇家の伝統だ…………
 ユイ、怒ったのか」

「いいえ。でもアスカちゃんにタキシードは無理ですわ。ベルトが閉まりませんもの」

「太ったようだな」

「親子ですわねぇ」
「…」

「今朝方同じ事を言って殴られてましたわ、あの子」

「問題ない」

「初孫ですわ」

「問題……………そうか
 よくやったなシンジ」




「ねぇシンジ、まだわかんないの?」

「…………ごめん」

「相変わらずなやつねぇ。ねぇ駄目なパパでちゅね」

「?もしかして」

「じゃじゃーん。6ヶ月よ」

「嘘」

「本当に全然全く気が付いてなかったの?アンタ」

「うん」


「親子ですわねぇ」

「甘いぞシンジ、私は5ヶ月で気付いた」




「……」

「…あはは?」

「アンタねぇ」

「あの…シオンってどうかな。子供の名前」

「シオン…変わってるけどキレイな響きね」

「紫の音ってかいてシオンだよ。男の子でも女の子でも使えるでしょ」

「アンタ音楽が好きだものね。いいわ…………でもアキラでもいいと思わない?」

「え、だってアスカだっていいって」

「気がかわったのよ。いい?アキラにするわよ」

「ずるいよ。絶対シオンのがいいよ」

「アキラよ」
「シオンだよ」


「なんや、もう子供の名前で喧嘩かいな」


「コホン」

「あ、ごめんなさい神父様」

「神は健やかなる愛し子をあなた方にお授けくださいますよ。
 一人目には新婦の、二人目には新郎の考えた名前をつけてあげればよろしいのです」

三人目はわしがつけたるでぇーーー

結構よ!!
アハハハハハハハハ



「それじゃ、4人目は私で5人目はアナタですわね」

「6人目は冬月に付けさせてやるか」

「もう、名付け親になって頂く…でしょ。恩師に対して失礼ですよ」

「問題ない」

「おおありです」


バターン


あすかぁーーー!

「「レイ!?」」

スタタタタ
「私と一緒に逃げて」
「あ、ちょっ待って…シンジー」
ダダダダダダダー


「綾波のやつがアスカをさらいおった」



「あらあら、あの子キョウコと同じ事を」

「君はもてるからな」

「あなたは、助けてくださいませんでしたし」

「いや、それは」

「キョウコを説得するのは大変でしたわ」

「3日間だったな」

「ええ、その間心配してました?」

「女同士だったからな。それ程でもない」

「フフ、知ってますわよ」

「…コホン。シンジも情けないヤツだ」

「そうですか」

「私は君を追いかけたぞ」


シンジぃー何しとんのや

「あ、そうか」


しんじぃー

「待ってよぉ。よーし、ター」
コテッ

「…あ、アンタばかぁ!?





「苦労しそうですわね、あの二人」

「しかたあるまい………
 碇家の伝統だ」



FIN

 

碇家の伝統って一体・・・?それにしても『シンジ子』って納得するほうも
する方だな〜。しかし、女形とはいえピンクのネグリジェ着て寝てるシンち
ゃんってますます女性化してるような・・・。             

アスカの詰め襟も似合いそうだし、やっぱりこの二人はお似合いなのかもし
れない・・・。                           

性別をそのままに見事に男女逆転させた中昭さんには脱帽です。読んでいて
『見事!』と思いました。さあ、中昭さんに感想のメールを送りましょう!

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