種村季弘再発掘。
本当はもっと他の著書も取り上げたいんだが、手元にない(近所の本屋にもない)ので今はこれだけ。
澁澤龍彦論もでたらしいし。お金無いんだけど。 (1997. 7)
種村季弘翻訳によるルドルフ・ベルヌーリの論文2つと、種村の関連エッセイ1本を納めている。このあたりの内容はその辺の「実用書」の棚に並んでいる「占い本」では太刀打ちできない。記号体系としての、哲学体系としてのタロット、ただしあくまでも知的趣味として。泣かせますね。
神秘学趣味、錬金術マニアならこの人をよむべし。信仰・信奉の対象としてではなく知的趣味としてのオカルトが満喫できる。種村季弘は魔術的教養の深さなら他の追随を許さない。他の魔術系「学研」本なんかと比較するのすら失礼だろう。神秘学、魔術、錬金術、図像学系の翻訳書に関して、まずこの人が訳していれば大丈夫、という安心感さえある。この手の本にはひどい翻訳が多いが、彼は原著者の間違いまで指摘してくれるような人だ。
ベルヌーリの論文はやや中国五行思想の解釈にぎこちなさがあるものの、東洋思想への言及があるだけでも立派とするべきかもしれない。論文自体のタロット解釈は現在のとさほど変化ない....というより「その手の本」が相変わらずこのあたりから論旨をかっぱらってきて換骨奪胎(<極めて遠慮がちな表現)しているのだろう。
幾何学図形と数の象徴、タロットの図像の象徴記号に関してもやや不満が残る....が、1930年代に発表されたものなんだから無理は言えない。ああ、現代日本の某心理学者(ユングかぶれ)が出版しているタロットの象徴記号に関しての本よりはよっっぽどましである。(抗議のメールが....)
でもって種村本人の論文「愚者の旅」。これはタロット(大アルカナに)関しての一考察、と言うことになるんだろうか。神秘学知識が随所にちりばめられた魔術的思考による論理構築。もうここまでくると「天使は何人針の先で踊れるか」的な思考実験状態。理論科学と神学錬金術の仮想邂逅地点。(何を言ってるんだ私は。) ま、少なくともマッハGoGoGo!の「エゼキエルホイール」を見てにやっと笑えるようになることは保証できる。