白龍亭・八犬傳系圖(四)‐關東諸將

目次 >> 系図 >> 關東諸將(1996年 6月~/2021年 9月再開)

16 上總國‐各城主

【萬里谷家】

  萬里谷入道靜蓮(まりやにうどうじゃうれん)〔上總國望陀郡椎津城主〕──┐
                                     │
 ┌───────────────────────────────────┘
 │
 │     眞里谷信昭(まりやのぶあき)〔最初蟇田に味方するも後に里見に降る〕*蟇田素藤參照
 │      ┃
 │      ┠──────────────────────────────────────────────────────┐
 │      ┃                                                      │
 │  ┌───○                                                      │
 └──┤                                                          │
    └──五十子(いさらこ)    ┌──伏姫                                      │
        ┠───────────┤                                          │
       里見義實         └──里見義成                                    │
                                                               │
       *第九輯第百二囘・里見義成「信昭は外祖眞里谷入道靜蓮の養嗣也」                         │
       *第九輯第百八囘・里見義成「義成の亡母五十子の刀自は我養父靜蓮大人の第二の女兒なりければ我と他とは從母兄弟」  │
                *↑義成と信昭は年齢的にも系圖的にも從兄弟ではない筈。矛盾點。 *馬琴の記憶違い       │
                                                               │
 ┌─────────────────────────────────────────────────────────────┘
 │
 │  ┌────────────────────────────────────────────┐
 └──┤                                            │
    └──柳丸(やなぎまる)──/──眞里谷信政(まりやのぶまさ)〔里見義堯に叛き、戰死〕  │
         :                                       │
         :鞠谷毛大夫綺妙(まりやけたいふあやたへ)〔老黨〕               │
                                                 │
                                                 │
 ┌───────────────────────────────────────────────┘
 │
 │【政木家】
 │
 │  政木大全孝嗣(まさきだいぜんたかつぐ)〔對關東管領戰後に上總國大田木城主〕*政木大全改名以前は扇谷家參照
 │   ┃
 │   ┃          ┌──佐太郎(すけたらう)──□──大全時綱(ときつな)〔里見義弘家臣・一人当千の勇士の説あり〕‐‐‐‐‐‐‐‐┐
 │   ┠──────────┤  → 大全              :                                  │
 │   ┃          │                    :卒目岡四郎(いさめおかしらう)〔時綱を諌めて時綱を刺すとの説あり〕 │
 └──葛羅媛(かつらひめ)  ├──二郎(じらう)                                              │
                │                                                       │
                └──○〔里見實堯側室〕                                            │
                                                                        │
 ┌‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐┘
 │
 └‐‐政木大全義嗣(まさきだいぜんよしつぐ)〔里見箭九郎・政木家に後嗣なく政木を繼ぐ。安房國舘山城主〕
                        *時綱までを「家中の政木」といい、義嗣以後を「御内の政木」という。


【武田家】

  ┌──武田左京亮信隆(たけださきゃうのすけのぶたか)〔上總國埴生郡廰南城主・蟇田素藤に從って城を失ひ關東大戰の渦中に自城を取り戻す〕──/──武田信榮(のぶよし)
 ─┤
  └──□──一條丹四郎(端四郎)信有(いちでふたんしらうのぶあり)〔里見家への人質・後に里見家に從って蜑崎の臣に〕

        仙駝(仙駄)麻嘉六(せんだまかろく)〔武田家臣・後蟇田素藤の再叛乱時に素藤に従ふ〕


【千代丸家】

     千代丸圖書介豐俊(ちよまるづしょのすけとよとし)〔上總國長柄郡榎本城主蟇田素藤に從って城を失ひ關東大戰時に里見に協力して後に城を取り戻す〕

         野幕(名幕)砂雁太(のまく(なまく)しゃがんた)〔千代丸家臣・後蟇田素藤の再叛乱時に素藤に従ふ〕



【囘外剩筆に記述された上總二十六城】

 ○大田木(おおたき)[夷灊郡(いしみのこふり)]政木大全(まさきだいぜん)・根古屋城とも
 ○土氣(とき)[山邊郡(やまべのこふり)]
 ○東鏡(とうかん)[山邊郡]
 ○舎人(とねり)[埴生郡(はにふのこふり)]
 ○八幡御所(やはたごしょ)[市原郡(いちはらのこふり)]小弓の足利義明(あしかがよしあきら)
 ○榎本(えのもと)[長柄郡(ながらのこふり)]
 ○椎津(しいづ)[望陀郡(まうたのこふり)]
 ○久保田(くぼた)[望陀郡]*明應三年、里見義成、久保田攻城
 ○造海(つくろみ)[天羽郡(あまはのこふり)*後の百首浦
 ○勝見(かつみ)[天羽郡]蒔田左兵衞正埀(まきたさひゃうゑまさたる)*新田義貞後裔、寺崎の御所と稱す
 ○眞里谷(まりや)[望陀郡]
 ○池和田(いけのわだ)[埴生郡]
 ○勝浦(かつうら)[夷灊郡]
 ○一宮(いちのみや)[長柄郡]
 ○小濱(をはま)[夷灊郡]鎗田美濃守(やりたみののかみ)
 ○鴻臺(かうのだい)[夷灊郡]三階圖書助(さんかいづしょのすけ)
 ○萬木(まき)[夷灊郡]土岐弾正少弼頼春(ときだんじょうのしょうひつよりはる)*貞頼入道啓岩の子
 ○矢嶽(やたけ)[夷灊郡]麻生主水佐(あさふもんどのすけ)
 ○鸛城(つるのしろ)[長柄郡]鸛見弾正(つるみだんじょう)
 ○鳴土(なると)[武射郡(むさのこふり)]羽賀伊豫守(はがいよのかみ)
 ○帆岡(ほのをか)[長柄郡]黒熊大膳(くろくまだいぜん)
 ○九瑠璃(くるり)[望陀郡]里見越前守(さとみゑちぜんのかみ)
 ○佐串(さぬき)[天羽郡]朝倉能登守景隆(あさくらのとのかみかげたか)
 ○鬼本(おにもと)[不明]
 ○廰南(ちゃうなん)[埴生郡]武田信榮(たけだのぶよし)
 ○峯上(みねかみ)[天羽郡]眞里谷入道道環(まりやにふどうどうくわん)



17 上總國‐蟇田素藤

【但鳥跖六】

高梨六郎左衞門尉職徳(たかなしろくらうざゑもんのぜうもとのり)〔室町家の市正(いちのかみ)・但鳥跖六を捕らへる〕

但鳥跖六業因(ただとりせきろくなりより)〔近江國膽吹山の盜賊〕──────────────────────┐
                                                     │
   卒八(馬面郎)(そつはち・うまづらをとこ)〔但鳥跖六の手下・金を奪って逐電し素藤に斬られる〕    │
                                                     │
                                                     │
 *以下の四人は近江を逃れて武藏國熊谷(くまがや)と鸛巣(かふのす)の間の曠野(あれの)で山賊となる。  │
                                                     │
   桁渡旋風二郎(けたわたりつむじらう)〔但鳥跖六の手下・蟇田素藤を殺そうとして逆に斬られる〕     │
                                                     │
   井栗苛九郎(ゐくりいらくらう)〔但鳥跖六の手下・蟇田素藤を殺そうとして逆に斬られる〕        │
                                                     │
   礪時願八業當(とどきぐわんはちなりまさ)〔但鳥跖六の手下・後に蟇田素藤の老黨〕           │
                                                     │
   平田張盆作與冬(へたばりぼんさくともふゆ)〔但鳥跖六の手下・後に蟇田素藤の老黨〕          │
                                                     │
                                                     │
┌────────────────────────────────────────────────────┘
│
│【蟇田素藤】
│
└──但鳥源金太素藤(ただとりげんきんたもとふじ)〔父跖六が捕まった時、逃亡〕
   僞名=卜部某乙(うらべなにがし)〔諏訪神社にて民に神水を與へた〕
   → 蟇田權頭素藤(ひきたごんのかみもとふじ)〔蟇田は母姓・小鞠谷の後、上総國夷灊郡舘山城主・後に妙椿の妖術を得て、里見義通を捕らへる・犬江に追はれて後に再叛〕
      ┃        ┃
      ┃妾       ┃妾
      ┃        ┃
     朝貌(あさかほ) 夕顔(ゆふかほ)
      ┃        ┃
      ┃妾       ┃妾
      ┃        ┃
   小鞠谷主馬助如滿(こまりやしゅめのすけゆきみつ)〔上總國夷灊郡舘山城主〕*安房國舘山城とは別の城


      兎巷幸弥太遠親(うちまたこうやたとほちか)〔小鞠谷如滿の逆臣・蟇田素藤に煽られて小鞠谷如滿を討つ〕

      奧利本膳盛衡(おくりほんぜんもりひら)〔小鞠谷如滿の臣・蟇田素藤の臣となる〕────奧利狼之介出高(おくりおほかみのすけいでたか)〔蟇田素藤の臣〕

      浅木碗九郎嘉倶(あさきわんたらうよしとも)〔小鞠谷如滿の臣・蟇田素藤の臣となる〕


      曾平瀬十郎(そひらせじうらう)〔野武士・蟇田方の猛者〕

      卒良井尻九郎(いらさゐしりくらう)〔野武士・蟇田方の猛者〕


      仙駝(仙駄)麻嘉六(せんだまかろく)〔廰南城主武田信隆の殘黨・蟇田素藤の再叛後に從ふ〕

      野幕(名幕)砂雁太(のまく(なまく)しゃがんた)〔榎本城主千代丸豐俊の殘黨・蟇田素藤の再叛後に從ふ〕


      麻墓愚助(あさはかぐすけ)〔蟇田素藤から熊谷の礪時願八、平田張盆作への使者〕

      海松芽軻遇八(みるめかぐはち)〔獄吏・南弥六の首級を隱す〕


【人ならざる者】

   妙椿(八百比丘尼)(みゃうちん・はっぴゃくびくに)〔實は八房を育てた狸・甕襲の玉を持つ・玉梓の怨念の餘香により蟇田素藤を扶けて里見家と敵對する〕
   尊稱=天助尼公(てんじょにこう)
   別名=玉面孃(ぎょくめんぢゃう)〔諏訪神社の樟木に住んでゐた時の名〕

   疫鬼(えやみのかみ)〔夷灊郡に疫病をもたらす〕


   〔甕襲の玉の由来〕

   甕襲(みかそ)〔垂仁天皇の頃、丹波國桑田郡の人・飼犬がかみ殺した狢の腹内から出た八尺瓊の玉を發見〕
      :
      :足往(あゆき)〔甕襲の飼犬〕



18 下總國‐結城家

【結城氏】

結城七郎朝光(ゆふきしちらうともみつ)〔結城家の祖〕──/──結城下總判官氏朝(ゆふきしもふさはぐわんうぢとも)〔足利春王・安王を奉じて管領と対立→結城合戰〕──┐
                                                                                 │
 ┌───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────┘
 │
 └──結城四郎成朝(ゆふきしらうしげとも)〔丶大法師結城法要當時の領主〕──/──結城晴朝(はるとも)


【結城家臣】

    小山太夫次郎朝重(をやまたいふじらうともしげ)〔結城の一族・結城成朝の賢臣〕


    根生野飛雁太素頼(ねおひのひがんたもとより)〔結城成朝の臣・丶大法師の法要後を襲ふが失敗〕

    堅名衆司經稜(かたくなしふじつねかど)〔結城成朝の臣・丶大法師の法要後を襲ふが失敗〕

    長城枕之介逸利(惴利)(をさきまくらのすけはやとし)〔結城成朝の臣・丶大法師の法要後を襲ふが失敗〕


    剛九郎(ごうくらう)〔村長・酔って長城逸利を殺し自害〕


【善僧と惡僧】

    寶珠(ほうじゅ)〔六道山能化院教主寺住持・實は地藏菩薩〕

    星額(せいがく)〔六道山能化院教主寺住持・實は地藏菩薩〕


    十十八(とどはち)〔里見季基のくちとり〕──────────────────────權僧正影西(えいさい)〔京師で八宗を修める・後に能化院教主寺住持〕
    → 淨西(じゃうさい)〔城下・通无奇山逸匹寺(つむきざんいっぴきじ)住持〕

    未得(みとく)〔淨西の後の逸匹寺住持〕

 ┌──徳用(とくよう)〔未得の後の逸匹寺住持・惡僧・丶大法師の法要後を襲ふが失敗・後に京師へ〕
 │       :
 │       :祿釋坊(陸釋坊)堅削(ろくしゃくぼうけんさく)〔徳用配下の惡僧・後に京師へ〕
 │       :
 │       :出来介(できすけ)〔寺男・甲斐を追放されてきた〕
 │
 └───────────────────────────────┐
                                 │
 香西復六時長(かふさいまたろくときなが)〔管領細河政元執事〕──┘



19 下總國‐許我足利家

【足利家】

足利滿兼(あしかがみつかね)〔關東管領〕──┐
                      │
┌─────────────────────┘
│
└──足利持氏(もちうぢ)〔關東管領・自立して京軍に攻められ鎌倉報國寺で切腹〕────────┐
              :                                │
              :巖木五郎(いはきのごらう)〔反忠の武將・裏切って持氏方敗北〕  │
                                               │
                                               │
┌──────────────────────────────────────────────┘
│
│  ┌──義成(よしなり)〔鎌倉報國寺で切腹〕
└──┤
   ├──春王(はるわう・しゅんわう)〔持氏恩顧の武士に主君と仰がれて結城に籠城・戰後、美濃國埀井で斬首〕
   │     :
   │     :大塚番作一戍(おほつかばんさくかずもり)〔春王近習〕
   │
   │
   ├──安王(やすわう・あんわう)〔持氏恩顧の武士に主君と仰がれて結城に籠城・戰後、美濃國埀井で斬首〕
   │
   └──永壽王(ゑいじゅわう)
      → 許我(滸我)左兵衞督成氏(こがさひゃうゑのかみなりうぢ)──┐〔結城合戰の後、長尾尚賢の執立てで關東管領に。後に上杉憲忠を討ち取り上杉家と爭ひ、關東管領を解官されて許我へ。 
                                      │  文明四年山内上杉顯定に攻められて千葉陸奧守康胤の元へ。文明九年顯定と和睦して許我に戻る〕
   ┌──────────────────────────────────┘
   │
   └──/──許我政氏(まさうぢ)


【成氏家臣】

     横堀史存村(よこほりふひとありむら)〔執權〕
         :
        :新織帆太夫敦光(明風・素行)(にいおりほたいふあつみつ・あきかぜ・もとゆき)〔武者頭〕*第四輯、犬塚犬飼追捕時は敦光。第九輯、對里見大戰直前は明風、戰争中は素行。 *馬琴の記憶違い
               :
               :千鞆檀内(ちともだんない)〔下總國行徳の莊官〕

     大井扶光(おほゐすけみつ)〔近臣・永壽王を養育〕

  ┌──□〔信濃國安養寺住僧・永壽王を匿ひ養育〕
 ─┤
  └──○〔永壽王乳母〕

     科革七郎(しなかはしちらう)〔近習・里見への和睦の使者〕

     望見一郎(もちみのいちらう)〔近習・里見への和睦の使者〕

     下河邊莊司行包(しもかうべせうじゆきかね)〔老黨・忠臣・滸我から里見への使者〕

     下河邊二郎行正(しもうかべじらうゆきまさ)〔敗將(=里見方の捕虜となった成氏)迎の頭人〕

     間中(眞中)大内藏直充(まなかおほくらなほみつ)〔敗將迎の頭人〕


【成氏支援の野武士】

     高飛車和女九郎(たかびしゃわめくらう)〔對里見戰、横堀配下の野武士の頭領〕

     劍峯瘤四郎(けんのみねこぶしらう)〔對里見戰、横堀配下の野武士の頭領〕 *同じ野武士の頭領、二四的と須々利と仲間割れ。二四的と須々利は里見方。



20 下總武藏‐千葉の兩家

【千葉家の分裂】---鎌倉管領派 vs 許我公方派

千葉貞胤(ちばさだたね)──□──□──□──前千葉介入道常瑞(さきのちばのすけにうどうじゃうずい)──┐
                                                    │
┌───────────────────────────────────────────────────┘
│
│┌──千葉介胤直(ちばのすけたねなほ)〔鎌倉管領(=上杉)方につく〕 *史實では常瑞と胤直は親子ではなく同一人物らしい。
└┤      :
 │      :圓城寺下野守尚任(ゑんぜうじしもつけのかみひさたう)〔胤直の臣・鎌倉管領派〕
 │      :
 │      :原越後介胤房(はらえちごのすけたねふさ)〔千葉の一族・胤直の臣・滸我公方(=足利成氏)派の馬加光輝と組んで胤直等を倒す〕
 │
 └──中務入道了心(なかつかさにうどうりゃうしん)──────┐
        :                       │
        :粟飯原右衞門尉(あひはらゑもんのぜう)──┐ │
         〔千葉の一族・常瑞、了心の忠臣〕     │ │
                              │ │
┌─────────────────────────────┘ │
│ ┌─────────────────────────────┘
│ │
│ │  【石濱の千葉家】(里見家と戰ふ時の石濱千葉家は別頁)
│ │
│ │  ┌──千葉介實胤(さねたね)〔石濱城主〕
│ └──┤
│    └──千葉介自胤(よりたね)〔赤塚城主・後に家督を繼いで石濱城主〕
│          :
│          :籠山(篭山)逸東太縁連(こみやまいっとうたよりつら)〔自胤の家老・胤度を殺す・逐電して長尾の臣〕
│
└───────────粟飯原首胤度(あひはらおほとたねのり)〔自胤の家老・馬加記内の罠にはまり籠山縁連に殺される〕
               ┃  ┃                  :
               ┃  ┃  ┌──夢之助(ゆめのすけ)   :村主金吉(すぐりのきんきち)〔粟飯原の若黨〕
               ┃  ┠──┤               :
               ┃  ┃  └──玉枕(たまくら)     :使主銀吾(をみぎんご)〔粟飯原の若黨〕
               ┃  ┃
               ┃  稻城(いなき)〔正妻〕
               ┃
               ┠────────犬阪毛野胤智(いぬざかけのたねとも)
               ┃
              調布(たつくり)


            猿嶋連(さしまのむらじ)〔石濱千葉家の老黨〕

            畑上語路五郎高成(はたがみごろごらうたかなり)〔石濱千葉家の眼代〕


  【千葉の千葉家】

  ┌──馬加陸奧入道光輝(まくはりむつのにうどうみつてる)〔千葉の一族・許我成氏方〕─────千葉介孝胤(ちはのすけたかたね)〔千葉城主〕
  │
/─┤  千葉陸奧守康胤(ちばむつのかみやすたね)〔上杉家に追はれた許我成氏を匿ふ・史實からすると光輝と同一人物〕 許我成氏參照
  │
  │
  │  【惡臣・馬加大記】
  │
  └──□──馬加記内常武(まくはりきないつねたけ)〔孝胤の臣〕
        → 馬加大記常武(だいきつねたけ)〔逐電して實胤の臣・粟飯原胤度を謀略にかけ、自胤の家老に・對牛樓で毛野に討たれる〕
               ┃
               ┃  ┌──馬加鞍弥吾常尚(くらやごつねひさ)
               ┠──┤
               ┃  └──鈴子(すずこ)
               ┃
           ┌──戸牧(とまき)
          ─┤
           └──□───千原蠅六郎郷武(ちはらはえろくらうさとたけ)
                  → 馬加蠅六郎郷武〔馬加大記亡き後家督を繼ぎ自胤の近習頭・下諏訪で毛野に討たれる〕
                       :
                       :三十平(みそへい)〔馬加郷武の若黨〕
                          :
                          :似兒介(にこすけ)〔馬加郷武の下僕〕

     【馬加大記の家臣】

            柚角九念次(ゆづのくねんじ)〔老僕(おとな)〕

            狙渡増松(さわたりましまつ)〔若黨・馬加大記の惡事をばらして殺される〕

            渡部綱平(わたなべつなへい)〔馬加の股肱の若黨〕

            卜部季六(うらべのすゑろく)〔馬加の股肱の若黨・犬田小文吾を殺そうとして逆に旦開野に殺される〕

            臼井貞九郎(うすゐのさだくらう)〔馬加の股肱の若黨〕

            坂田金平太(さかたのきんへいた)〔馬加の股肱の若黨〕

               品七(しなしち)〔老下僕・武藏大塚の糠助の縁者・犬田小文吾に馬加大記の惡事をばらして殺される〕



21 武藏國‐石濱の千葉家

千葉介自胤(ちはのすけよりたね)〔石濱城主・對里見戰で行徳口の戰の副將〕
   ┃
   船場殿(はしばどの)〔箙大刀自の娘〕


【對里見戰時の千葉介自胤家臣】

       ┌──原播磨介胤久(はらはりまのすけたねひさ)〔行徳口の戰で千葉介自胤に從ふ〕
      ─┤
       └──原赤石介胤輔(はらあかしのすけたねすけ)〔里見との和睦の使者〕

       ┌──相馬郡領將常(そうまぐんりゃうまさつね)〔行徳口の戰で千葉介自胤に從ふ・今井柵の敗北で逐電して千葉新介孝胤方へ・後に孝胤の家老〕
       │         :
 ┌──□──┤         :澁谷柿八郎足脱(しぶやかきはちらうたるぬき)〔相馬の隊士・後に反忠して自胤を捕らへる〕
 │     │
 │     │
─┤     └──猨嶋郡司將衡(さしまぐんじまさひら)〔行徳口今井柵の頭人・里見に降って登桐の隊の頭人に〕
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 │
 └──□─────比田鳴子介村禽(ひたのなるこのすけむらとり)〔里見に降って登桐の隊の頭人に〕

          手嵐剛四郎高成(てあらしこはしらうたかなり)〔行徳口の戰、先鋒の副頭人〕

          淺羽麻二原弘(あさはのあさじもとひろ)〔行徳口の戰、先鋒の副頭人〕


【對里見戰時の自胤支援の野武士】

          上水和四郎束三(うへみづわしらうつかみつ)〔武藏千束の野武士・行徳口の戰、先鋒の頭人〕

          赤熊如牛田猛勢(しゃくまにょぎうたたけなり)〔武藏千束の野武士・行徳口の戰、先鋒の頭人〕

*對牛樓の仇討ちの頃の家臣は「下總武藏‐千葉の兩家」を參照



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