白龍亭・入門的必読書案内

目次 >> 入門 >> 入門的必読書案内(2008年夏時点の情報をベースに 2012年 2月 再構成/同年 3月 微修正/2016年 3月 表示改良/2022年 7月 電子書籍リンク追加)

 八犬伝の世界に足を踏み入れた人が、読むべき本は何か?
 入門的視点から、亭主が厳選した本を紹介する。あくまで「入門」であり、選択の余地がありすぎると「迷い」の原因となる。それはそれで楽しい行為とも思うが、ここでは迷いを断つべく、最小限の本しか載せていない。更に「読む」ことを前提としたものだけに限定した。馬琴の時代をヴィジュアルで見せる素晴らしい本もあるが、それらは対象外。

 縮小化以前は、紹介する本の選択に亭主の主観を入れないように努めてきた。だが、客観公平を旨とすれば、あらゆる書物を網羅すべきということになる。現実には、それは至難だ。いや、その至難の作業をやってしまっている「伏姫屋敷」のようなサイトもネット上には存在するわけだが、自分には無理。……ということで、一転、方針を変え、主観に徹してみた。

其の一:八犬伝を読む

 いきなり「原作を読め」と言いたいところだが、それは無茶というもの。
 ということで、まずは短くて読みやすい抄訳の現代語訳から読む。……などとわざわざ書くまでもないか。


[ わたしの古典・安西篤子の南総里見八犬伝 ]  集英社文庫(安西篤子/著)

■1986年 9月刊。文庫化は1996年 8月。集英社文庫公式サイトから消えているので絶版かも。代替推奨本は後述。
 抄訳は多々あり、最も選択に迷うところ。だが、あえて、この一冊を選んだ。
 推す理由はいくつかある。
 まずは、八犬伝物語の最後にひかえている里見家と関東管領連合軍との戦争を省略していないこと。──長大な作品を一冊にまとめるのだから、何かを削る必要は当然あるわけだが、だからといって「八犬士が揃ったところで終わらせてしまう」といった削り方では、八犬伝の全貌が見えなくなる。もちろん、そういう作品もありだと思うが、入門として読むからには、物語の全体像が見えるものにすべきだと考える。
 次に、無用な改変をしていないこと。──複雑な物語を一冊に縮めつつ物語の整合性を乱さない、というのは難しいことである。それもあってか、ストーリーの流れを一部変えてしまっている抄訳本もある。独自のストーリーにしたものはオリジナル作品とすべきであって、古典を名乗るべきではないし、古典作品の入門にはならない。その点、この作品は筋を通している。原作の固有名詞を安易に省略したりせず、ルビを振って残してあるのも、好感が持てる。
 三つ目の理由は、キレのいい文体。──原文もけっこうキレが良い八犬伝である。これは現代語訳でもそういう良さを残してあるのがいい。しかも読みやすい。ただし、この辺は読者の好みが分かれる部分でもある。亭主はキレの悪い文章など読む気にもならない人間だが、そうでない人にとっては、この本は、あっさりしすぎと感じる場合もあるようだ。ねっとり系の文体が好み、という人にはまったく不向きだろう。
 
 これは、女性作家による女性読者を対象とした古典の現代語訳シリーズである「わたしの古典」のひとつ。
 ということで、女性キャラクターを軸に、玉梓の巻、伏姫の巻、浜路の巻、沼藺・妙真・音音の巻、船虫の巻、妙椿の巻、姫君たちの巻という風に章立てしている。間違ってはいないと思うが、少し「女性」を前面に出し過ぎている点で、男性読者を逃しているかもしれない。もったいない話である。
 偏見なのだが、女流というとキレの悪い文体ではないかと警戒してしまう。しかし、この作品は多くの男性作家より、よほどキレのいい気持ちのよい文章なのだ。男でもこれを読め。それが亭主の結論だ。
 だいぶ男女差別的な偏見だと自分でも思う。ビール風に言えば、キレ派(あっさり系)とコク派(ねっとり系)と2つに文体を分類すると、昔の女流はコク系が多いと感じた。その影響で、どうしても読む前に警戒してしまうのだ。なお、キレとコク、どちらが上という話ではないので誤解なきように。単に好みの問題だ。

 巻末に「解説」と「鑑賞」が付いている。
 近世文学の研究者・板坂則子教授による「解説」は、主要人物紹介から作者馬琴のことまで網羅しつつも、簡潔にまとめられている。解説もまたキレが良く、しかも有益だ。
 一方で、文庫収録化を機に追加したという、ねじめ正一氏による「鑑賞」は異論ありだ。現代語訳でしか八犬伝を読んだことがないという氏が、どこで誤解したかは知らないが、馬琴の原作を退屈な代物であるかのように書いている。説教くさくて興醒めとすら語っているが、読んでいないものを、そこまで悪く言えるとは不思議なことだ。ちなみに、亭主は、説教するのもされるのも反吐が出るほど大嫌いである。八犬伝が本当に説教くさかったら、白龍亭なんてもんも存在しないはずだ。
 唯一これが残念なところだが、本文の問題ではないし、やはり、一押しであることには変わりない。

 素晴らしい本について語るのは難しいことだ。スッと自分の中に入ってきて、不快な引っかかりがないからだ。一方で、腹立たしいほど引っかかる糞本は、いくらでも悪口が浮かんできて、書くネタに困らない。その意味で、こういう「推奨本」のページは、何を書くべきか悩みまくりだ。


▲上記書籍絶版にともなう代替推奨本について──

 現代語訳版八犬伝に関して、一番の推奨本が絶版。電子書籍化もされておらず、紙の中古を探すしかない現状。
 という事で、代替の推奨本について記す。
 [ 南総里見八犬伝 ] 河出書房新社(白井喬二/訳)
 一般的にはこちらの方がメジャーな現代語訳版らしい。自分がこれを次点としたのは「入門として最初に読むにはやや長編すぎるのでは?」という、とっつきの悪さゆえ。本を読み慣れている人なら、何の問題もない。
 これも、紙の本は絶版のようだが、幸いなことに電子書籍化されていて品切の心配がいらない。
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[ 南総里見八犬伝 ] 岩波文庫(曲亭馬琴/著・小池藤五郎/校訂)

■全十巻。旧版は 1937年 1月〜1941年 10月。新版は 1990年。
 やはり、八犬伝の本丸は原作である。どうせなら本丸まで攻め入ってもらいたいものだ。
 選択肢はもうひとつある。
 [ 南総里見八犬伝 ] 新潮日本古典集成・別巻(曲亭馬琴/著・濱田啓介/校訂)
 ■全十二巻。2003年 5月〜2004年 4月刊。
 ↑これはハードカバー。文庫と違い高価で大きいので、経済と本棚に余力がある人向けか。大判ゆえに挿絵の細部が分かるのがメリットだと聞いた。確かにそれは大きいだろうなぁ。欲しいが…。
 いずれにせよ、本当の八犬伝がここにある。

 とにかく長い。
 ちなみに「源氏物語」は岩波文庫で全六巻である。六巻でもかなり長いが、南総里見八犬伝はそれよりも更に長い。古典文学最長篇。
 そんな長さに圧倒されるし漢字も多い。しかしほとんどの漢字に振り仮名がある。つまり、表意文字で意味が分かり振り仮名で読みが分かる。慣れれば非常に読みやすい古典なのだ。
 南総里見八犬伝の章だては「第話」ではなく「第回」である。
 全部で約百八十回。とはいうものの実質は百九十回である。馬琴はなぜか「百八十」という数字にこだわり、第百七十八回は上下、第百七十九回と第百八十回は上中下に分け、その先は第百八十勝回の上中下。そして最後に回外剰筆。(これだけだと百八十九回だが、逆上って第百六十五回が上下に分かれているので全部で百九十回なのだ)
 寝る前に一日一回。そのペースで半年かかる。
 慣れてくればもっと早く読めるようになるが、それでも時間はかかる。一晩で読めてしまうような本と比べれば、極めてコスト・パフォーマンスが高いともいえる。文学研究者は仕事だから辛いかもしれないが、趣味で読む人間にとっては、忍耐云々はさほどいらない。辛い日は休めばいいだけの話。もっとも、一度休んだら、そのまま挫折してしまう場合もあるかもしれないけど…。

・亭外参照(別タブ)→ 岩波文庫新潮日本古典集成

 現在では入手困難だろうが、岩波文庫の旧版は、新版とはかなり異なるものだった。
 なにが新版と違うのか。八犬伝では非常に重要な「挿絵」が、ほとんど削除されていて、一部しか載っていなかった。この点だけなら旧版を語る意味はない。旧版が新版より優れているのは、旧字表記。よって馬琴本来の文字使いが分かるのだ。白龍亭の資料は、この旧版がベースになっているが、新版しか読んだことのない人に馬琴本来の文字使いを伝えられると思う。

 初版(旧版)が全巻刊行されたのが、真珠湾攻撃の直前。すでに戦争をしていた大陸ではそれどころではなかっただろうが、内地ではまだ古典を楽しむ余裕があったということか。戦前の日本については、結局、敗戦という断層に存在するフィルター越しにしか見られないから、本当のことがよく分からん。


其の二:八犬伝をもっと知る

 八犬伝をさらに楽しむための副読本がある。


[ 爆笑八犬伝 ] 光栄(シブサワ・コウ/編)

■1996年 12月刊。後にコーエー、現在はコーエーテクモゲームズだが、絶版か?
 歴史、古典、神話、伝説などを面白く解説したKOEIの爆笑シリーズのひとつ。
 若者向けを意識したのか、表紙の装丁も中の挿絵も漫画的である。それゆえに、良く言えば「気軽に読める」イメージであるし、悪く言えば「底が浅そう」にも見える。ところがどっこい、人は見かけによらぬと言うが、本も見かけによらない。これは凄い本なのだ。
 キャラクターに視点を当ててそのエピソードを追うことで、八犬伝のストーリーや登場人物の面白さに迫る。そういう内容である。それだけなら驚くに値しないと思うだろうが、注目しているキャラクターが並ではない。海龍王修羅五郎とか、徳用とか、重戸とかいうマイナーキャラを見逃していない。確かに、原作的視点に立てば、それなりに重要なキャラではあるのだが、彼らの活躍するエピソードは、抄訳の八犬伝ではたいてい省略されてしまう。
 つまり、原作をすみずみまで調べなければ書けない内容なのだ。

 しかも、原作へのツッコミが鋭い。
 八犬伝ファン的にはツボを押さえた場所に鋭く切り込み「おお、そこを突っ込むか!」という感動がある。視点も面白く、思わず笑ってしまうのである。爆笑、というのとは少し違う種類の笑いだが。
 この本は、八犬伝にひとつの法則を見い出している。曰く「八犬士にかかわる=不幸になる」と。言われてみれば確かにそのとおりである。そういえば、アメリカの TVドラマ「24」でも、主人公ジャック・バウアーに関わると不幸になるが、日本にはもっと昔からこんな話が存在したわけだね。
 さらに、登場人物の音音(おとね)に関して「日本文学史上最強の婆さん」と定義しているところも、笑えるけど鋭い。かように、言葉の選択も見事であり、最高の八犬伝入門書と言っても、言い過ぎではない。

 刊行された 1996年 12月は、白龍亭開亭のわずか半年後。同じ頃に同じようなことを考えていた人がいたわけね。
 なお、コーエーの爆笑シリーズには興味深いものが多かった。水滸伝、三国志、封神演義、西遊記、ギリシャ神話、アーサー王、ケルト神話、信長等。本当に絶版なのか実情は知らないが、欲しいと思った時に買っておかないと、本というのは手に入りにくくなるものだと後悔。


[ 図解・里見八犬伝 ] 新紀元社 F-File No.016 (犬藤九郎佐宏/著)

■2008年 6月刊。
 一言でいえば、ゲームの世界でいうところの「攻略本」である。それも上質の…。
 つまり、この白龍亭がめざしている方向性と同じであり、亭主としては「俺が作ってみたかったような本だなぁ」という、羨ましくもあり、悔しくもあり、嬉しくもある存在である。
 それは、ともかくとして──。

 本のタイトルにもあるとおり「図解」である。
 キャラクター解説、あらすじ、その他もろもろ、図で解説している。時にチャートだったり、原作挿絵の分析だったりと、とにかく網羅しているし、分かりやすい。さらに、原作挿絵を有効に使ったページデザインも見事。こういう情報整理の仕方は簡単にできることではなく、解説力として並々ならぬものがある本だ。
 特に原作挿絵をちゃんと見ているのが凄い。
 たとえば、八犬伝本文を読むだけでは全貌が分からない「八犬士の家紋」についても、ちゃんと挿絵を調べて、しかもその由来等についても記している。馬琴は「文外の画、画中の文」といって、つまりは「挿絵もちゃんと見ろよ」と言っていたにもかかわらず、亭主はこれを見落としていた。いや〜、著者は抜かりがないというか、素晴らしく緻密な仕事をしているなぁ。
 他にも対牛楼の挿絵の謎解きなど、目から鱗というべきページが多い。
 こういう高いレベルで、挿絵以外にも、八犬伝中のありとあらゆるテーマを網羅している。八犬伝ファン必携と断言する。

・亭外参照(別タブ)→ 新紀元社
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 余談ながら、この類の本が出版される(=商売として成立する)時代が来るとは、昔は思わなかった。そんな昔の思いで始めた白龍亭であるからして、あらゆるテーマを網羅しようとしたわけだが、こういう本が存在する今となっては、無理に「網羅」を目指す必要もなくなった。


其の三:八犬伝世界の深奥へ

 八犬伝には表からは見えない世界がある。
 そんな深奥を自力で見つけるのは難しいが、書物が案内をしてくれる。


[ 完本・八犬伝の世界 ] ちくま学芸文庫 (高田 衛/著)

■初版は 1980年 11月、中公新書。2005年 11月、ちくま学芸文庫から、大幅に加筆した「完本」刊行。
 馬琴は「文外の画、画中の文」といって挿絵が重要であることを仄めかしている。そこから挿絵を分析しつつ、南総里見八犬伝の謎を解きあかしてゆく本。
 なぜ八犬士のうち二人が女装剣士なのか? 八房の模様はなぜ牡丹なのか? その答がある。
 非常に読みやすいし、面白い。文庫なので入手しやすいのもいい。
 八犬伝を読んだことがない人でも江戸という時代の優れた文化に新鮮な驚きを見いだすだろうし、八犬伝を読んだことがある人もその深さに目を見張るに違いない。
 八犬伝そのものを読んでなくても、これは必読。

 完本=ちくま学芸文庫版は、中公新書版以来 25年の研究成果をふまえた大幅な加筆によるもの。完本というだけあって、八犬伝全体を網羅しており、さらなる謎の解明に感動する。加筆部分の方が分量として多く、つまりは別物であり、中公新書版で読んだことのある人にとっても、完本は必読。

・亭外参照(別タブ)→ 筑摩書房

 中公新書版は副題に「伝奇ロマンの復権」とあったが、完本にその副題はない。初版が出た頃と違い、現在では、伝奇ロマンなるものは、ゲーム、アニメ、あるいはライトノベルの世界では、すでに復権しているとも言える。そういう時代ゆえに、この副題は消えたのだろうと勝手に推測している。


[ 新編・八犬伝綺想 ] ちくま学芸文庫 (小谷野 敦/著)

■初版は 1990年 6月、福武書店(現在のベネッセ)。2002年 2月、ちくま学芸文庫から「江戸の二重王権」と「八犬伝の海防思想」の二編を追加した「新編」刊行。
 謎に満ちた南総里見八犬伝の最深奥を分析する本。論文を修正加筆したものというだけに難解である。ただ、分からない言葉を飛ばして読むだけでも論理の大筋は分かる。
 坪内逍遥の「小説神髄」以来、前近代的、封建的と言われている南総里見八犬伝だが、実は「近代の先頭に立つもの」であることを、同じく近代の先頭に立つ「ハムレット」等と比較しつつ明らかにしてゆく。(ちなみにハムレットと比較されるのは犬塚信乃である)
 南総里見八犬伝の真の主人公は誰なのか?
 その答と馬琴文学の本当の凄さが明らかになった時、無邪気な気持ちで八犬伝に接することができなくなるかもしれない。
 ──この本は深く重い。

 亭主は、八犬伝関連の書物の中で一番衝撃を受けた。
 かつて、福武ブックス版を書店で見つけたのは偶然だった。手の届かない書棚の高い位置に置いてあったのを、書店員に取ってもらったのだが、そんな片隅にあった本が、これほどまでに自分に影響を与えることになろうとは、予想もできなかった。
 個人的には一番のおすすめ本であるが、誰にでも薦められるものかどうか…。

 ちくま文庫版のあとがきによれば、福武ブックス版にあった「あまりに恥ずかしい部分」を削ったそうだ。経験を重ねた後、以前の仕事が恥ずかしくなる気持ちも分からぬではない。だが、削られた中に、亭主の心に残っている言葉があったので、ちょっと残念な気がしないでもない。

 新編で追加された二編も、八犬士と里見家との関係、対関東管領戦に隠された意味について、蒙が啓かれるというか、見えていなかったものを見せられる。凄い本としか言いようがない。

・亭外参照(別タブ)→ 筑摩書房
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 なお、同著者の「夏目漱石を江戸から読む」中公新書(1995年)は、副題に「新しい女と古い男」とあるように、男と女の関係性についてかなり深いところで語られている本。八犬伝に触れるところあり。さらに「もてない男 -恋愛論を超えて-」ちくま新書(1999年)でも、妻と妾の違いについて語っている章で犬塚信乃について触れてはいる。これらの本は、八犬伝がメインテーマではないので、八犬伝ファン必須とまでは言えないが、興味があるなら読む価値はあるかな、とは思う。

 著者は自らを「もてない男」と書いていたが、後に結婚している。おいおい、話が違うじゃないか(笑)
 まぁ、玉梓の本質を見抜いている時点で、女心の分からない男ではなかった、ということだろう。自称「もてない男」などというのは当てにならない、ということだ。裏返しになるが「女のことは何でも分かっている」などと自慢している男に限って何も分かっちゃいない、というのも真実。ちなみに白龍亭主は「エロ野郎」を自称している。つまり真実は?


其の四:その先は亭主の及ばぬ世界…

 他にも八犬伝をテーマにした本は数多く存在する。
 亭主はその、ごく一部しか知らない。かつては「網羅したい」という欲もあったが、長年の修行で無欲となった人格者(嘘)の亭主には無理な話であった。

 八犬伝世界の更なる深みに嵌まりたい、というのであれば、二つの道を案内するしかない。
 ひとつは、ゆーかさんのサイト「伏姫屋敷」であり、おそろしく充実した八犬伝関連書籍の情報がある。それのみならず、考察系、整理資料なども高度なものがある。そこを、ディープな八犬伝世界の探索拠点とされたし。
 もうひとつは、伊井暇幻さんのサイト「海南人文研究室」である。ここには書物情報の類はない。だが、敢えて紹介するのは、サイト内容そのものが、どんな書物より深い考察だということ。底知れぬ八犬伝の深みがそこにある。

 他サイトを紹介して「後はそちらへどうぞ」という、あまりにも他力本願な手法は誉められたものではない。分かっちゃいるが、実際、これ以上のことは、白龍亭ごときの手に負えるレベルではないのさ。ネガティブだって? ふん、ポジティブばかりが人生じゃないのさ。……って、酔っ払いかよ。


番外一:漫画

 八犬伝世界の入口として一番メジャーなのは、もしかしたら漫画であるかもしれない。
 そこから、原作を読むことにどう繋げられるのか、その橋渡しはどうすべきか。自分的にはミッシングリンクであるため、番外篇とした。


[ マンガ日本の古典10・南総里見八犬伝 ] 河出書房新社(徳田 武/監修・宮添育男/画)

■全三巻。1991年刊。
 マンガ日本の古典シリーズ(古事記、平家物語、太平記などがある)のひとつ。上中下の三冊によくぞこれだけ詰め込んだもんだ、というぐらい原作を詳細に漫画化している。字が多いので絵本に近いかも。南総里見八犬伝本来のストーリーがどんなものなのかを知るには一番手頃な本か。
 絵柄はよくあるビジネス漫画のそれに近い。漫画作品として楽しむというよりも「古典を知る」という方向から入る人向けと思われる。

・亭外参照(別タブ)→ 河出書房新社


[ 八犬伝 ] 角川書店ニュータイプ100%コミックス/ホーム社漫画文庫(碧也ぴんく/作)

■全十五巻。1989年 2月〜2002年11月/全八巻。2004年 11月〜2005年 2月。
 八犬伝の漫画といえば、これが定番か。
 原作に完全に忠実ではないが、原作の流れを生かしたアレンジとなっている。原作をとてつもなく詳しく調べているし、南総里見八犬伝への愛が感じられる。
 八犬士たちは背負うものが大きいにもかかわらず原作はその感情にはほとんど踏み込んでいない。この作品はあえてその領域に踏み込んでいる。つまりは、心理描写である。この試みはなかなかに至難の技である。作者の苦悩もひとかたならぬものがあっただろうが、作者なりの答は見い出している。この碧也版キャラクターは多くの八犬伝ファンに影響を与えたのではないかと思う。

 どうでもいい余談──。
 少女向けの漫画であるからして、この作品の八犬士は美形である。犬飼現八なんかは特に美しい。一方で、NHKの人形劇「新八犬伝」では現八は不細工であった。つまり、八犬伝ファンが現八を語る時、世代間ギャップが生じるのである。人形劇で八犬伝を知った亭主などからすれば「現八って、かっこいい♪」などと聞くと、妙な感じがしてしまうわけだ。
 ギャップといえば、もうひとつ。
 心理描写のない原作に忠実な現代語訳などから八犬伝に入った人と、この漫画から入った人との間にも、八犬士に対するイメージギャップが大きく存在するように思う。まぁ、当然の結果なのだろうが。

・亭外参照(別タブ)→ 作者 Twitter
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 どうやらこの漫画作品も、紙の本は絶版のようだ。
「漫画は電子で読む時代」という話も聞くから、電子書籍があれば問題ないのかもしれない。だが、漫画=紙という感覚の古い人間である自分は、紙の本がないのは寂しく感じるところではある。それはともかく、電子書籍の種類は多すぎて、どれを選ぶべきなのか、さっぱりわからん。ちなみに自分は、古くから存在する honto を使っているが、他を使った経験がないので良し悪しを比較できない。


番外二:児童書

 入門というからには児童書も避けて通れないとは思うが、理想の児童書はどうあるべきなのか。児童であった頃の記憶も遠い彼方に消えてしまい、よく分からない。そのため、これもまた番外篇とした。


[ 古典文学全集23・里見八犬伝 ] ポプラ社(高木 卓/著)

■1966年刊。全国学校図書館協議会選定・推薦図書。
 かつて NHKの人形劇で八犬伝を知った亭主が、最初に読んだ八犬伝がこれ。
 話は基本的に原作に忠実だが、省略した部分のつじつまをあわせるために話の一部を変更している。
 たとえば対関東管領戦における八犬士の配置が違う。まず「犬江親兵衛の京都行」が削られているため、本来なら京都からの帰路に対関東管領戦に参加する犬江親兵衛の行き場がない。また「犬村大角の三浦水軍奪取」が削られているため、これまた犬村大角の行き場がない。ということで他犬士とともに防御の役割についていることになっている。
 この手の改変は好きではないが、ここまで省略してしまった場合はやむをえないか。
 安西篤子版のような理想的な条件を満たした八犬伝は、児童書では見たことがない。あるいは、八犬伝という複雑な物語を、そもそも児童書に求められる分かりやすい物語に書きなおすことなど至難なのかもしれない。実際、この本でも「小学校高学年以上」が対象だというから、児童書の中でも難しい方に属するわけだし。
 ──そういえば、自分がこれを読んだのは中学生の頃だった。

・亭外参照(別タブ)→ ポプラ社

 ポプラ社からは、原作に忠実な児童書「21世紀によむ日本の古典」なるシリーズもあるようだ。この中に「南総里見八犬伝」もあるが、もしかしたら、これがベストな児童書かもしれない。読んでないので何ともいえないが、シリーズのコンセプトが良い。
 さらに、ポプラ社刊には原作とは全く異なるストーリーの児童書もある。八犬伝と名のってはいるが、オリジナル作品であり古典ではない。本来の八犬伝とは別物と認識した上で読むべき作品であり、入門用としてはお勧めしない。同じ出版社から三つの八犬伝が刊行されていて、まぎらわしいが、それだけ八犬伝に思い入れがあるのか?
 もうひとつ──。
 児童書といえば「古那屋の場面で終わってしまう」ことで知られた栗本薫版(講談社)もある。クォリティは高いとは思うが、独特の文体とあいまって、子供にとって読みやすいとは思えず、迷ったものの、このページにリストアップするのはやめた。なんというか「大人向けの児童書」なのだな。矛盾しているが。


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