白龍亭・八犬伝の粗筋

目次 >> 入門 >> 八犬伝の粗筋(1997年春〜/2012年 3月 追記/2016年 3月 表示改良)

* 縮小化以前の白龍亭には「(1) 簡略版/名場面あらすじ」「(2) 簡略版/全あらすじ」「(3) 詳細版」の三つの粗筋が存在したが、これは (2) である。八犬伝の内容をざっくり知るには、名場面だけを抜き出した (1) の方が適しているが、縮小化にあたっては、全エピソードを省略していない (2) のみ残すことにした。八犬伝世界の全貌を概観するには、こちらの方が適していると思うから。
* 2012年の段階で読みなおしてみて、気になる個所を一部修正。及び、親兵衛の京都物語から、省略してしまっていた往路途上の三河の海賊の話を分離して追記。
* 便宜的に「物語の発端」「犬士列伝1」「犬士列伝2」「犬士列伝3」「対関東管領戦」に分けてある。物語の構造を厳密に分類するならば「対関東管領戦」から、更に「大団円」を分離した方がいいだろうが、分量的な問題でひとつにまとめてある。また、犬士列伝は三つに分割。列伝1は犬塚信乃を中心とした物語。列伝2は各犬士がばらばらになってからの冒険譚。列伝3は犬江親兵衛を中心とした物語。
* 入門篇ということで( )内に漢字の読みを記しているが、新かなづかいにしてある。原作本来の旧かなづかいに慣れた人には違和感ありだとは思う。

■物語の発端・伏姫物語
■結城合戦  室町時代の中頃、関東管領・足利持氏(あしかがもちうじ)は叛乱をおこして京都の将軍家に滅ぼされた。その遺児をひきとった結城氏朝(ゆうきうじとも)も京都に叛いて籠城したが、援軍なく落城した。
 父とともに結城方に味方した里見義実(さとみよしざね)は父に「落ちのびて里見家を再興せよ」と言われて辛くも戦場を離脱。南下して三浦浜まで来たところで白龍があらわれ安房国(あわのくに)の方角へ飛び去る。これを瑞兆とした義実は舟で安房国に渡った。
■玉梓の怨霊  安房国の北半分は神余光弘(じんよみつひろ)という領主が治めていた。光弘は玉梓(たまづさ)という美女にうつつを抜かし、ついに玉梓と通じた家臣の山下定包(やましたさだかね)に国を奪われてしまった。
 ちょうどそのころ安房に上陸した里見義実は、光弘の忠臣・金碗八郎(かなまりはちろう)と出会い、ともに山下を討つ。玉梓の裁判の時、義実は「女だから許しても」と口にするが八郎の反対にあって処刑を決めた。玉梓は「一度は許すと言いながら」と怨みを残して死んでいった。
 こうして安房国北半分の領主となった里見義実は、金碗八郎に恩賞を与えようとするが、八郎は「二君に仕えず」として自害してしまった。
■伏姫誕生と数珠  その後、義実に一女一男の子ができた。
 伏姫(ふせひめ)と義成(よしなり)である。伏姫は三歳になるまで泣くばかりで言葉も発しない。そのため霊験あらたかといわれる洲崎の役行者(えんのぎょうじゃ)の岩窟に参拝した。その帰り道に不思議な老人から「仁義礼智忠信孝悌」の文字が浮きでた八つの珠のある数珠を授かる。これ以後、伏姫の病気は治り利発な姫として育った。実は不思議な老人は役行者の示現であった。
■八房犬  伏姫が十一二歳の頃、領内に狸に育てられた犬がいると聞き、義実はこの犬を飼うことにした。この犬は体に八つの牡丹のような模様があったので八房と名付けられた。しかしこの犬は玉梓の生まれ変わりだったのだ。
 伏姫は八房をかわいがり、八房も伏姫によくなついた。
■里見家の危機  安房国南半分の領主は安西影連(あんざいかげつら)であった。
 ある年、安西領が不作で義実は米を送った。翌年、逆に里見領が不作となり、八郎の子・金碗大輔(かなまりだいすけ)を使者として安西に米を乞うたが、安西は米のかわりに軍隊を送って里見の城を包囲した。
 ついに食料が尽きてこれが最期という夜、義実は犬の八房に「安西影連の首をとってきたら伏姫を嫁にやろう」と冗談を言う。しかし八房は本当に安西影連の首をとってきた。これにより里見方の勝利となり義実は安房国全体の領主となった。
■伏姫の死と丶大法師  伏姫は約束にしたがって犬の八房の妻となり、城を出て富山(とやま。実際はとみさんだが八犬伝ではこう読ませる)の奥深くにある洞窟で暮らすことになった。
 毎日読経して暮らす伏姫。やがて八房もそれに耳を傾けるようになった。ある日、仙童(役行者の化現)が現れて伏姫に八つ子の懐胎を告げる。身に覚えがないのに畜生の子をなしたことを恥じて伏姫は自害を決意。
 ちょうどその時、伏姫を救出するために富山にやってきた金碗大輔は鉄砲で八房を撃つ。弾は八房に命中。と同時に伏姫にも当たってしまう。しばらくして蘇生した伏姫はあらためて刀で自害。傷口から白気が立ちのぼり「仁義礼智忠信孝悌」八つの珠を空高く持ち上げ、珠は八方に飛び去った。伏姫は腹中に畜生の子がないのを知り安心して死んでいった。
 一方八房は伏姫の功徳により成仏。玉梓の怨念は消えた。
 金碗大輔は出家して丶大法師(ちゅだいほうし)となり八つの玉の行方を探すために旅立った。

■犬士列伝1・犬塚信乃物語
■武州大塚
・犬塚信乃登場

 結城合戦を戦った大塚番作(おおつかばんさく)は「関東足利家の宝を京軍に奪われないよう守れ」と言われて名刀村雨(むらさめ)を持って戦場を離脱。故郷武蔵国大塚(むさしのくに・おおつか)に帰った時には親はすでに亡く、異母姉が婿をとって大塚の村長になっていた。そのために犬塚(いぬづか)と改名した。
 そんな犬塚家に生まれた子は次々と夭折。母は「今度こそ」と日々弁財天に通いつめて子を願った。ある夜犬にまたがった神女があらわれて光る珠を残して消えた。直後に懐妊。こうして生まれた男子は「女の子として育てると無事に育つ」という言い伝えにしたがって信乃(しの)と命名。健やかに育った。
 父母亡きあと叔母の大塚村長家にひきとられた信乃は、大塚家の養女・浜路(はまじ)と許嫁になり、いずれ大塚家をつぐ身となった。
■義兄弟
・犬川荘助登場

 大塚家の下男・額蔵(がくぞう)は同年代ということで信乃の世話をすることになったが、ある日、信乃の体に自分と同じ痣を発見し、また信乃が自分と同じ「文字の浮きでる珠」を持っているのを知る。珠と痣を見せ合った信乃と額蔵は義兄弟の契りを結んだ。信乃は「孝」、額蔵は「義」の玉であった。
 額蔵はゆえあって下男に身を落としてはいたが元々は犬川家という武家の子であった。そこで信乃との間では犬川荘助(いぬかわそうすけ)と名のることにした。
■信乃の旅立ち  ある日、領内巡視の途中村長宅で休憩した大塚の陣代は、浜路に一目惚れして密かに結婚を迫った。村長夫妻はこれを受け入れ、浜路の許嫁信乃を追い出す計画をたてる。
 その頃、足利持氏の末子成氏(なりうじ)が関東足利家を再興していた。そこで「関東足利家の重宝・村雨を成氏公に返しに行きなさい」と信乃に旅立ちをすすめた。
 その一方で、近くに住む浪人・網乾左母二郎(あぼしさもじろう)を抱き込んで村雨すりかえを図り、これに成功。だが、大塚の村長に村雨を渡すのが惜しくなった左母二郎は、実は村雨を自分の鞘におさめていたのだ。
 旅立ちの前夜。
 浜路は信乃の部屋を訪れて「自分も連れていってくれ」と迫る。しかし信乃は「必ず戻るから」となだめて浜路の申し出を断った。(この場面を俗に「浜路くどき」と呼ぶ)そして、村雨がすりかえられたことに気付かないまま犬塚信乃は大塚を後にしたのであった。
■本郷円塚山
・犬山道節登場

 性急な陣代の要求により信乃が旅立った直後に婚儀が行われることになった。
 驚いた浜路は首をつって死のうとするが、浜路に横恋慕していた網乾左母二郎がこれを救って連れ去ってしまった。浜路がいなくなってうろたえる大塚村長夫妻。しかし陣代の一行はすでにやってきた。
 一方、その日。
 本郷円塚山(ほんごうまるつかやま)では、寂寞道人肩柳(じゃくまくどうじんけんりゅう)という行者が、信心深い民を集めて、彼らの目の前で火に入って成仏した。
 やがて信者が去って残り火もわずかになった頃、大塚村長の命令で浜路を探していた土地の悪漢が、ここで左母二郎らに追いついた。しかし名刀村雨を持つ左母二郎に逆に斬り伏せられてしまう。村雨がすりかえられたことを知った浜路は、左母二郎を殺して信乃のために村雨をとりもどそうとするが逆に斬られてしまった。
 その時、成仏したはずの寂寞道人肩柳があらわれて網乾左母二郎を殺す。
 寂寞道人とは仮の名で、実は先年関東管領・扇谷定正(おうぎがやつさだまさ)に滅ぼされた豊島一族の犬山道節(いぬやまどうせつ)であった。浜路はゆえあって大塚の家に養女に出されたが実は犬山道節の妹。兄妹の再会は同時に永遠の別れであった。
 その後、村雨を持ち去ろうとした道節の前に信乃を見送った帰りの額蔵が立ちはだかる。扇谷定正への復讐のために村雨を使おうとする道節と、信乃のためにとりもどそうとする額蔵の戦い。その中で「義」の珠の入った額蔵の守り袋が道節の刀にからみとられ、また額蔵の刀が道節の肩を斬った時に珠が飛び出し額蔵の胸元に入った。その隙に道節は残り火を利用して火遁の術で行方をくらましてしまう。
 額蔵があらためて珠を見ると「忠」の字が浮きでていた。
■芳流閣の決闘
・犬飼現八登場

 下総国許我(しもうさのくに・こが)の足利成氏の城を訪れた信乃。
 執権にとりついで「城下で待て」と言われた後に、ようやく村雨がすりかえられたことに気付いた。事情を説明する間もなく成氏の謁見にのぞんだ信乃は事情を話すが、敵の間者に疑われて追い詰められる。血路を切り開いて逃げた先が、関東一の大河利根川に臨む「芳流閣(ほうりゅうかく)」と名付けられた楼閣の屋上。
 しかし剣技にすぐれた信乃とそんなところで戦おうとする家臣はおらず膠着状態に陥ってしまう。
 そこで捕物の名人でありながら役職を辞退した罪に問われて牢獄に入れられていた家臣・犬飼見八(いぬかいけんぱち)を罪を許して召しだす。信乃と見八の戦いは互角。決着がつかないまま信乃の刀が折れ、両者は組み合い、そのまま屋根から転げ落ちてしまう。
 落ちたところにちょうど舟があり、衝撃で縄が切れて一気に下流へ流されていった。成氏は家臣に探索を命じた。
■古那屋
・犬田小文吾登場
・犬江親兵衛登場

 利根川の河口・行徳(当時は東京湾に流れ込んでいた)
 旅籠・古那屋(こなや)の主人・文吾兵衛(ぶんごべえ)は流れ着いた小舟の中で気絶していた二人の武士を助ける。息をとりもどした信乃と見八は互いに痣と珠を見つけて因縁の関係であることを知る。それを知った文吾兵衛は息子の小文吾にも同様の痣と珠があると語った。見八は「信」、小文吾は「悌」の珠であった。
 小文吾は土地の悪党犬太を殺したことから犬太殺しの小文吾と呼ばれ、その後、武家風に犬田小文吾と名のっていた。痣と珠の他、姓に必ず犬の一字があることにも皆因縁を感じた。
 行徳に探索の手を伸ばした成氏の家臣は、古那屋にそれらしい武士がかくまわれているのを知り、文吾兵衛を捕らえて、子の小文吾に「信乃の首とひきかえに釈放する」と言う。進退窮まる小文吾。
 その夜、市川の船主・犬江屋に嫁いだ小文吾の妹がまだ赤ん坊の息子・真平を連れて古那屋に帰ってきた。離婚を言い渡されたのだという。更に難問をかかえる小文吾。
 そこへやってきた妹の婿、犬江屋の房八(ふさはち)は何だかんだと難癖をつけて小文吾と喧嘩に及び、小文吾に斬りつけ、逆に斬られてしまう。実は信乃の手配書に似ていた房八が身代わりになろうとして仕組んだことだったのだ。
 房八の義死とともに、彼の子・真平は生まれてからずっと開かなかった左手を開く。そこには「仁」の文字が浮きでた珠があった。
 ちょうど古那屋に宿泊していた丶大法師は、里見家と伏姫の因縁を明らかにする。そして親の義死とともに犬士の群れに加わった真平に、親の字をとって犬江親兵衛という名を与えた。
 房八の身代わりによって追捕の手を逃れた信乃は故郷大塚に犬川荘助というもう一人の犬士がいることを告げ、珠の因縁を知って現八と改名した見八と、小文吾の三人で大塚に向かって旅立っていった。
 一方、房八の行方不明を不審に思った市川の悪党たちの手から逃れるために安房に向かった犬江屋の一行は、悪党に待ち伏せされて親兵衛を奪われてしまう。その時、雷が悪党を襲い、親兵衛は天に消えた。
■庚申塚刑場  信乃、現八、小文吾の三人が大塚の手前まで来たところ、信乃の顔見知りの船頭・やす平が額蔵こと犬川荘助の危機を伝える。
 浜路がいなくなった事実を隠しきれなくなった大塚の村長夫婦は、詫びの印として村雨を差し出した。ところがこれが真っ赤な偽物。激怒した陣代は村長夫婦を斬り殺してしまったのだ。ちょうどそこへ戻ってきた荘助は主の仇として陣代を討つ。しかしかえって村長殺し及び陣代殺しの罪で捕まってしまい、処刑を待つばかりだというのだ。
 処刑の日。
 信乃、現八、小文吾の三人は刑場に斬り込み、荘助を救出。
 追手から逃げる四犬士の前に川が立ちふさがり舟もない。ちょうどその時、やす平があらわれて対岸まで渡してくれた。やす平は信乃に「上野国荒芽山(こうずけのくに・あらめやま)の麓にいる音音(おとね)という媼に渡してほしい」と手紙を託した。
■荒芽山  上野国。妙義神社で休む四犬士。
 遠眼鏡を覗いた荘助は道節の姿を発見する。早速四犬士は道節のいた場所へと向かった。
 一方道節は、仇の扇谷定正が近くの白井城に在城していると聞き、機会を窺っていたのであった。鷹狩り帰りの定正の一行の前に偽名を使って近寄る道節。天下の名刀村雨を売りたいというその浪人と会見した定正は一瞬の隙に道節に首をはねられてしまった。
 しかし定正は影武者。
 定正白井在城の噂そのものが豊島の残党の動きを警戒した定正の忠臣・巨田助友(おおたすけとも)の仕組んだ罠だった。血路を開いて逃げる道節。ちょうどそこへやってきた四犬士は道節の仲間と疑われて戦うはめになった。
 かくしてばらばらになってしまった四犬士だが、結局全員荒芽山の音音のもとにたどりついた。実は音音は犬山家に仕える武家の女。手紙を託した武蔵のやす平は実は音音の夫・姨雪世四郎(おばゆきよしろう)であった。ここは道節の隠れ家だったのである。道節はここで珠と痣の因縁を知り犬士の仲間に加わる。村雨を信乃に返し、また邪法を恥じて火遁の術を捨てることにした。
 しかし巨田助友の探索の手はすでに伸びていた。
 五犬士たちが気付いた時にはすでに兵と火にかこまれていた。各自必死で戦って逃げのびたが、全員ばらばらになってしまったのであった。

■犬士列伝2・犬士放浪
■対牛楼の仇討
・犬阪毛野登場

 荒芽山の難を脱した犬田小文吾は、とりあえず親兵衛のいる行徳に帰ることにした。
 途中、舩虫(ふなむし)という悪女の罠にはまって千葉家の宝を盗んだ罪人として訴えられたが、実は舩虫こそ罪人だと明らかになりいったん難は逃れた。だがそれが縁で千葉自胤(ちばよりたね)の石浜城(いしはまじょう)に招かれた小文吾は、家老の馬加大記(まくわりだいき)に留められ、城から出ることを許されない身となった。
 一方舩虫は何者かの手助けにより逃亡してしまう。
 大記は「主君自胤の許しが出ない」と言って小文吾を幽閉して一年以上の時が流れた。その間に小文吾は馬加大記の秘密を知った。
 ……もともと自胤の筆頭家老は粟飯原胤度(あいはらたねのり)であったが、馬加大記は謀をめぐらして胤度を謀反人にしたてあげ、同じく家老の籠山縁連(こみやまよりつら)に討たせた。その後、縁連も大記の罠にはまって千葉家に戻れなくなり逐電。粟飯原の一族はすべて処刑された。妾の一人の腹が大きくこの子も殺そうとしたが、妊娠ではなく血塊の病とのことでこの妾は追放。しかしその後三年の妊娠の末に子供を生んだとのことであった。
 秘密を知られた大記は小文吾に毒を盛るが、珠の奇特により無事。刺客も差し向けたが、ちょうど石浜城に来ていた女田楽の芸人・旦開野(あさけの)が刺客の首にかんざしを放って小文吾を助けた。小文吾のもとに忍んできた旦開野は「貴方のような勇士がなぜ逃げないの」と尋ねる。旦開野は逃げるための切符を盗ってくるからうまく逃げられたら妻にしてくれと迫り、小文吾はこれを受け入れた。
 その夜、対牛楼(たいぎゅうろう)と呼ばれる隅田川に面した楼閣で宴会が行われていた。
 宴会が終わり静かになった直後に旦開野は小文吾のもとにやってきた。彼女が見せた切符はなんと馬加大記の首であった。女田楽旦開野とは仮の姿。実は追放された粟飯原胤度の妾が相模国(さがみのくに)犬阪で生んだ男子、犬阪毛野(いぬざかけの)だったのである。
 再び騒がしくなった城内。毛野は得意の軽業をつかって小文吾を隅田川に連れ出す。しかし流れが速く、毛野が飛び移った舟に小文吾は乗り移れず、たまたま通りかかった別の舟に乗り移った。毛野の舟を追うように頼んだが、ついに追いつけないまま見失った。
■庚申山の化猫
・犬村大角登場

 痣と珠を持つ仲間を探して諸国を放浪していた犬飼現八は下野国(しもつけのくに)のとある茶屋で、武具が用意してあるのを不審に思って話を聞く。その先にある庚申山(こうしんざん)に化猫がいて人を襲うというのだ。
 また、かつて地元第一の勇士・赤岩一角(あかいわいっかく)が化猫退治に出かけて一晩帰らなかったが、帰ってきてから人が変わったようになったという話も聞いた。その後の一角は子の角太郎(かくたろう)を疎んじるようになり、角太郎は母方の犬村家の娘・雛衣(ひなきぬ)の婿養子となっていた。
 話を聞き終えた現八は弓を買って山に入り、化猫と遭遇。現八の放った矢は化猫の片目を射抜いた。
 その後さらに山奥に進んだ現八は幽霊に出会う。実は赤岩一角の幽霊であった。かつて山に入った一角は化猫に殺され、化猫は一角に化けて山を下ったと言う。幽霊は現八に子の角太郎を助けてくれと頼んで消えた。
 偽の赤岩一角は急に片目を患う。
 これを治すためには、百年土中に埋もれた木天蓼(またたび)を削った粉と胎児の生肝とその母の心臓が必要だという。木天蓼の粉は一角が鑑定を依頼された土中から発見された小刀の柄から得られた。残るは生肝と心臓。偽一角と後妻の舩虫は、角太郎のもとを訪れ、腹の大きくなっている雛衣の命を求めた。やむなく自害した雛衣。その腹から、かつて誤って飲み込んだ「礼」の珠が飛び出して偽一角を打ち倒す。
 正体を現した化猫を殺した角太郎は、大角(だいかく)と名をかえて犬士の仲間となり現八とともに旅立った。
■甲斐物語  ひょんなことから甲斐国猿石村(かいのくに・さるいしむら)の村長宅に泊まることになった信乃は、大雪で足止めをくらい長逗留することになった。この家の養女は、かつての信乃の許嫁と同じ浜路という名であった。
 ある夜、浜路が信乃のもとに忍んでくる。昔の浜路の霊が乗り移っていたのだ。これを契機として信乃の先祖と村長の先祖が主従関係であったことが判明し、村長は信乃を婿にしたいと言う。
 財産を目当てにしていた村長の後妻は、愛人の武士と謀り、村長を殺して信乃を蔵に閉じこめ、お上に村長殺しの犯人として訴え出た。
 眼代がやってきて信乃と浜路を連れ去ったが、それは道節が化けた偽眼代であった。
 甲斐国指月院(しげついん)は住持がなくなり旅僧の丶大法師がしばらく住持をしていた。犬士探索の拠点として道節もここにいたのだ。寺の小僧が信乃を陥れる密談を立ち聞きしたために眼代に化けて救出に向かったのであった。
 また、浜路がかつて大鷲にさらわれた里見義成の五の姫であることも分かった。浜路姫は里見家臣に連れられて安房国に向かい、信乃と道節はともに旅立った。
■越後物語  越後国小千谷(えちごのくに・おじや)の石亀屋(いしかめや)に逗留していた小文吾は、古志郡二十ヶ村の神事の牛相撲を見に行く。下野国を逃れて越後国の山賊の妻となっていた舩虫はここで小文吾を見つけた。その後目を患った小文吾に、舩虫は按摩に化けて接近して殺そうとする。しかし異常を察した小文吾はこれを避け、石亀屋の主人が捕らえた。舩虫は土地のならわしに従って庚申堂に三日三晩吊るすことになった。
 この庚申堂で泊まろうとした荘助は悪女と知らず舩虫を助けて、山賊の塞に案内された。ここで石亀屋襲撃計画を漏れ聞いた荘助はこっそりと抜け出す。山賊は石亀屋を襲うが後方から荘助が山賊を襲い首領を斬り殺して手下は生け捕りにした。その後賊塞へかけつけたが舩虫は逃げた後だった。
 二犬士は山賊討伐を聞きつけた領主に片貝(かたかい)の城に招かれた。
 ところが城内で突然捕らえられてしまう。実は片貝の領主、箙大刀自(えびらのおおとじ)の二人の娘は武州大塚の領主大石家と武州石浜の千葉家に嫁いでいたのだ。大塚で処刑されるはずだった荘助と、対牛楼で馬加大記を討った毛野の仲間小文吾は、罪人として処刑と決まった。
 二犬士の首は大石家と千葉家から来た使者に渡され、証拠の品として荘助の持つ名刀・落葉がそえられた。だがこれは偽首で、二犬士の冤罪を知る片貝の執事・稲戸由充(いなのとよりみつ)のはからいにより救われたのであった。
 大石家と千葉家の使者は信濃国下諏訪(しなののくに・しもすわ)で、名刀・落葉の切れ味を試すために足の不自由な乞食を斬る。仇を探すため乞食に身をやつしていた犬阪毛野はすかさず仲間の仇をとった。そこへやってきた荘助と小文吾。毛野の痣と珠を確認し里見家との因縁を話す。しかし毛野は残る仇・籠山縁連を倒すまでは犬士の仲間にはなれないと書き残して立ち去った。
■穂北郷  犬飼現八と犬村大角は千住河原で賊に荷物を盗られるが、二人に追いかけられた賊は持っていた衣箱を置いて退散。ちょうどそこへやってきた衣箱の持ち主である穂北(ほきた)の郷士・氷垣(ひがき)家の者に盗賊と間違われて捕らえられてしまった。
 だが二犬士の態度から賊ではないと感じた氷垣家の娘・重戸(おもと)の機転と、ちょうど近くにいて本物の賊を捕らえた犬塚信乃と犬山道節のために冤罪を晴らす事が出来た。
 それが縁で穂北に滞在することになった四犬士。その後、現八と大角は甲斐指月院に向かった。指月院には信濃国から戻った荘助と小文吾もいた。大角に会い毛野の件を聞いた丶大法師は八犬士すべてが揃ったことを知った。
■狸穴妖賊退治  丶大法師は、後住が決まった指月院から退き、結城の古戦場跡で戦死した里見義実の父らの法要を開くために旅立った。途中、武蔵国狸穴(まみあな)で民を騙して金品をまきあげていた妖賊を智略をめぐらして退治した。
■七犬士会同  武蔵国湯島天神。社参に訪れた関東管領・扇谷定正の正室、蟹目前(かなめのまえ)の飼猿が木に登って降りられなくなった。犬阪毛野は身軽な技でこの猿を救い出す。これを見ていた家老・河鯉守如(かわごいもりゆき)は毛野を勇士と見込んで管領家の奸臣・龍山縁連(たつやまよりつら)を斬ってくれと頼む。龍山の正体は毛野が探していた仇・籠山縁連であった。
 この密談を立ち聞きしていた道節は、穂北にいる犬士らとともに助太刀をすることにした。仇討ち当日、城下鈴ヶ森で縁連が討たれたと知った扇谷定正は河鯉守如が止めるのを聞かずに出陣。かえって道節に狙われて命からがら逃亡するはめになった。
 残る仇を討った毛野を加え、親兵衛を除く七犬士が穂北に会同した。

■犬士列伝3・犬江親兵衛物語
■蟇田素藤の叛乱
・犬江親兵衛再登場
 一方里見家は…。
 里見義実は隠居し、伏姫の弟・里見義成が当主となっていた。里見家の威風に上総国(かずさのくに)から下総国(しもうさのくに)の一部までもがすすんで従った。
 上総国館山城主・蟇田素藤(ひきたもとふじ)は、妖力を持つ尼・妙椿(みょうちん)の助けを得て義成の嫡男・義通(よしみち)を誘拐し、里見に叛旗をひるがえした。義成は大軍を送ったが嫡男が人質にとられているために手も足も出せない。
 そんな折、伏姫の祠を訪れた隠居の義実は蟇田方の息のかかった者に襲われた。あわやというところで一人の少年が飛び出してきて義実を助ける。少年は伏姫神女に育てられた犬江親兵衛だった。親兵衛は早速上総館山城に使者として赴き、城内に招き入れられたところで蟇田素藤を取り押さえて義通を救い出した。
 いったん命を許された素藤は妙椿尼の妖力により再び館山城を奪還して再叛するが、これも親兵衛によって鎮圧された。この時に妙椿は死んだが、その正体はかつて八房を育てた狸であった。玉梓の怨念が狸に余韻として残り、それが今回の叛乱につながったのである。
■八犬士具足
・小団円
 結城の古戦場に庵を結んだ丶大法師のもとに穂北から七犬士も訪れて法要が盛大に行われた。これに招かれなかった悪僧・徳用(とくよう)は結城家の奸臣らと謀ってこの法要を襲う。犬士たちとはぐれた丶大法師を襲う敵。この危機を救ったのは安房からかけつけた犬江親兵衛だった。
 ここに八人の犬士が全員揃った。
 こうして丶大法師は伏姫の死以来初めて安房に戻り、八犬士は里見家に仕えることになった。
■三河の海賊  将軍家への使者として犬江親兵衛が選ばれ京都に向かうことになった。
 一行は海路で西をめざしたが、途中、三河国苛子(いらこ)にて、海賊の罠にはまり危機に陥る。親兵衛自身も賊の頭領と水中で争ったが、水練を苦手とする親兵衛には勝ち目なし。あわやというところで、姥雪代四郎(おばゆきよしろう)に救われ、親兵衛は自らの慢心と井蛙の浅見を恥じるのであった。
■京都物語  親兵衛一行は、京都での使命を無事に終えた。
 だが、男色の管領・細河政元(ほそかわまさもと)は親兵衛を気に入ってしまい色々と理由をつけて安房に帰さなかった。
 結城で八犬士を襲った悪僧徳用はもともと京都の名門の出。武芸大会にかこつけて親兵衛を殺そうとするが失敗。京の五虎と呼ばれる武芸の達人を次々と倒した親兵衛の武名が高まっただけであった。
 ある日、管領家に持ち込まれた巨瀬金岡(こせのかなおか)が描いたという「瞳無しの虎」の絵。政元は瞳を描かせる。すると虎は絵から飛び出して白河の山中に走り去って時々人を喰らい、京の人々を恐怖に陥れた。政元は武芸の達人である親兵衛に退治を頼むが、親兵衛は安房帰参を条件に引き受けた。親兵衛は白河の山に入り虎の瞳を射る。虎はたちまち絵に戻った。
 かくして親兵衛は関東をめざし中山道を走る。

■対関東管領戦
■里見包囲網  八犬士への怨みと下総まで版図を広げた里見家への恐れから、扇谷定正は里見家討伐を決意。同様に里見家の拡張を快く思わない山内顕定(やまのうちあきさだ)や許我成氏といった、かつての定正の敵たちも同盟に加担した。
 間諜から報告を聞いた里見家は毛野を軍師として戦の準備を始めた。
 大角は占い師に身をやつして武蔵国に入り、定正らに「海路、洲崎を攻めるのが一番」と言う。定正はこれに従って水軍を率い、水戦の不利を主張した顕定は陸軍を率いて戦うことになった。
■行徳口の陸戦
・荘助、小文吾の戦い
 犬川荘助と犬田小文吾は、管領方の今井柵、妙見島柵を破り、上杉朝良(うえすぎともよし)、千葉自胤の軍を迎えうつ。管領方は最強の猛者を小文吾に打ち倒されたため兵に動揺が走って後退。その後も巧みな伏兵などに翻弄されて遂に敗退。里見方の勝利に終わる。
■国府台の陸戦
・信乃、現八、親兵衛の戦い
 山内顕定、許我成氏は新兵器、駢馬三連車という戦車を投入。一時猛者ぶりを発揮した犬飼現八の前にひるむが、ついに里見方の陣を包囲する。里見方主将犬塚信乃は松明をつけた多数の猪を敵陣に放ち駢馬三連車を焼き尽くし、劣勢を挽回して勝利した。
 国府台城の主将里見義通は、信乃に援軍すべく出陣するが管領方の別動隊に攻められて苦戦。そこへ京都から戻ってきた犬江親兵衛らが参戦して九死に一生を得た。
■洲崎沖水戦
・毛野、道節、大角の戦い
 三浦沖から一気に洲崎に渡す扇谷定正率いる管領方水軍。しかし丶大法師の法力により途中から逆風となり里見方の放った火に焼き尽くされる。命からがら逃げる定正。追う道節。しかし巨田助友にはばまれて道節の仇討ちは成らなかった。
 毛野は管領方の主城・五十子城を制圧し、道節は忍岡城を押さえた。
 一方、管領方の使者として三浦の城にやってきたのは、実は大角。三浦水軍を借りて洲崎沖水戦に参加し、里見方に寝返る予定であったが、いざこざがあって間に合わず、向きを変えて三浦の城を落とした。その後鎌倉の山内館もおさえて三浦半島を支配下に置いた。
■和睦  定正は武蔵国河鯉に逃れ、顕定は上野国沼田に逃れて城に籠もった。許我成氏等、他の諸将は里見方の捕虜となった。
 京都の将軍家は戦争の原因を探らせたが、関東管領方に非があることを知り定正らを譴責。里見と管領方を和睦させた。里見家は諸将を各城に帰したが、この時信乃は成氏に村雨を返した。
■大団円  八犬士は里見義成の八人の娘をそれぞれ妻として城を賜り、子をもうけた。また丶大法師は富山の伏姫の祠に籠もった。
 そして十五年…。
 ある日、八犬士の体の痣と珠の文字が消えた。山から降りてきた丶大は珠の返還を要求し、八つの珠を安房の四隅に納めて守護とした。
 やがて犬士たちは退隠して富山に籠もる。数年の時が流れ、二世八犬士らが山を訪れた時「退くべき時に退くのも大切」と言い残して消えた。二世八犬士は里見家を辞し、里見家には内乱がおきた。そして十世、里見忠義(さとみただよし)の時、里見家は滅びた。


□ 関連 → 八犬士放浪図各巻の内容概略
目次 >> 入門 >> 八犬伝の粗筋
<< 前頁に戻る