白龍亭・玉梓を継ぐもの

目次 >> 考察 >> 八犬伝邪読/玉梓を継ぐもの(1999年 8月〜)

[ 八犬伝邪読 - 11 ]

● 猫なで声
 朝、雨戸を開けるといつもそこに猫がいる。
 亭主はアレルギー検査で「猫アレルギー」と判明しているし、ペット禁止のアパート暮らしなので「あら、あの人、猫飼ってるわ」とか誤解されるのも困る。だから近づけない方がよい。しかし、ノラにしては美猫だし、にゃ〜にゃ〜と可愛らしく鳴くので、つい食い物を与えてしまう。甘いのである。

 この図式、何かに似ている……。
 そう、玉梓の哀願に負けて、つい「許してもいいかな」とか口に出してしまった大甘野郎の里見義実。義実がそんなことを言ったおかげで、関八州を巻き込む大騒動(つまりは八犬伝物語のことだが)が起きるんだから迷惑なおやじ。結局、自分もそんな義実と同類だったのだ。ちぇっ。

 同時に、にゃ〜にゃ〜と食い物を哀願する猫が玉梓と重なる。
 玉梓が猫となると話がかわってくる。主人公が犬士だから庚申山の化猫等、猫が敵役に配されているのかと思っていたが、違う。玉梓が猫だから敵である里見家側に犬が配されたのだ。なんと、初めに猫ありき、だったのか。

● 八房は猫?
 問題は玉梓が死後、八房に転生しているということ。猫女なのに、転生先は犬だ。
 高田衛著「八犬伝の世界」で、八房は実は唐獅子であるとの分析が語られている。犬のようで犬じゃないというのだ。確かに狸なんぞに育てられているし、そもそもこいつは犬というには異常な獣だ。単身、敵陣を突破して安西景連の首を食いちぎってくる猛々しさは何なのか。だいたい景連は戦場にいて武装しているし、護衛の武士もいる。八房は化物か。化物なら、犬の姿で猫の属性をも併せ持つという異常なこともありうる。

 しかし、ここでは八房が犬なのか唐獅子なのか猫なのかは関係ない。
 え、じゃあここまでの文章は何だったのか? 単なる前ふり(おいおい)。本題はこれからよ。

● 怨霊成仏
 NHK 新八犬伝では、玉梓の怨霊は最後の最後まで八犬士と里見家を苦しめつづける。丶大の死と引き換えにようやく成仏する、しぶとい怨霊だ。
 ところが、原作の玉梓はあっけない。
 八房に転生した怨霊は、伏姫の功徳によって「如是畜生発菩提心」の文字とともに成仏。
 後に怨霊の影響を受けた狸が里見家に祟るとはいえ、玉梓怨霊の本体は八房の死によって消える。八犬士が生まれるのはその後。物語の発端を作っておきながら、なんともあっけない。

 それだけ?
 なんか変だとは思っていたが、やはりそれだけじゃなさそうだ。

● 玉梓の子
 実は今まで気づかなかったのだが……。
 伏姫は八房の気を受けて霊的に八犬士を産んだ。八房=玉梓の転生。ならば八犬士は玉梓の子供でもあるのだ!
 つまり玉梓は自らの子でもある八犬士に祟るわけがない。玉梓と八犬士の戦いを描いたアレンジ系八犬伝物語は、この点で NHK新八犬伝の呪縛から逃れられていないことになる。逆に、親兵衛を玉梓の子とした角川映画「里見八犬伝」は意外にも鋭かったのだ。意外にも、ってぇのは失礼かな(笑)。

 八犬士は八房を経由して玉梓から何かを受け継いでいるのではないのか?

● 真の敵
 玉梓の真の敵は里見家ではない。
 義実は少なくとも許そうとした。それを止めて玉梓処刑に持ち込んだのは、金碗八郎。さらに転生先の八房を殺したのは、金碗大輔。つまり真の敵は「金碗家」だ。金碗親子に二度殺されてる。これが敵でなくて誰が敵なんだ!

 金碗父の八郎は自害に追い込んだ。
 次は子の大輔。出家して丶大法師となってしまったことで、血筋は絶えることになった。だが、八房としての自分を殺した怨みはそれだけじゃ済むまい。丶大に対して玉梓は復讐しないのか?

 実は、丶大への復讐は行われているのである。
 結果的に成功はしていないが……。

● 玉梓を継ぐもの
 玉梓は死んでいる。八房も死んでいる。
 この両者に代わって丶大に復讐する者。それは玉梓の子供たちの中にいる。つまり犬士。

 結論から言えば、毛野だ。
 邪読-08「毛野は猫」にも書いたように、毛野の属性は玉梓同様に猫である。後に毛野が八房誕生地である犬懸城主になるのも、この両者の強い結びつきを暗示している。両者とも絶世の美人という事実も気になるし、毛野が復讐に生きる犬士だというのも玉梓の怨念と共通するものを感じる。さらにこじつけを言えば、毛野の姉の名が「玉枕」なのも、なにやらくさい。

 毛野は丶大に対して何をしたか?
 丶大は殺生戒を持つ僧侶。人殺しなんてもっての他だ。そんな丶大を、軍師毛野は対関東管領戦に参加させ、直接は人殺しはさせないものの、間接的には殺戮の手伝いをさせた。
 戦後、丶大はこう言う。

「那みなごろしの劇策は臣僧はじめより好とせず、云々と論じて推辞しを、毛野大角が口車に載てこよなき罪悪をかもさせたし」 (第九輯第百七十八回下)
 毛野と大角の口車にのせられて、とんでもない罪業をつくっちまった、と。
 ここで大角の名がでてくるが、大角は毛野の手先*として動いただけ。事の発端は毛野一人にある。

 結果的に悪業を積んでしまったとはいえ、丶大の功徳も法力も失われることはなく、復讐は失敗に終わったのだが、一矢を報いたとは言える。


* 毛野の手先として動くのが大角だというのも皮肉な話。大角は化猫のおかげで酷い目に会っているし、猫大嫌い。でも毛野猫の手先。大角っていったい……。


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