白龍亭・世四郎・音音、愛の謎

目次 >> 考察 >> 八犬伝邪読/世四郎・音音、愛の謎(2000年 1月〜)

[ 八犬伝邪読 - 12 ]

● 最強の老人
 犬山道節の乳母、音音。
 KOEI刊の「爆笑八犬伝」で『日本文学史上最強の婆さん』と書かれているとおり、刃物は振り回す、弓は放つ、鉄砲は撃つ、船は焼く。やりたい放題の暴力老婆である……って別にやりたくてやってるわけじゃないか。いづれにせよ敵にとってこれほど恐ろしい婆さんはなく、味方にとってこれほど頼もしい婆さんもいない。
 夫の姥雪世四郎(与四郎・代四郎。時期によって違う)もまたとんでもねぇじじい。
 無敵の犬士・犬江親兵衛唯一の危機、海龍王修羅五郎との戦い。親兵衛を救ったのは代四郎。人間離れした超越老人。

 こんな二人だが、夫婦になれたのは老人になってから。
 若い頃の過ちが原因で離ればなれになり、後に主筋の道節に許されてようやく夫婦として認められた。過ちについては音音自身に語ってもらおう。

「いと若かりしその昔、彼處へ參り仕へし比、あるべき事か、御内の若黨、姥雪世四郎といふ若郎に、思ひおもはれ、膽太くも、人視の關を幾遍か、踰てあふ夜の情の塊り、有身しよりこと發覺て、郎と共に縛められ(中略)獄舎の中に産帶を解しは無慙やふたごにて、そは力二郎と尺八なり」 (第五輯第四十六回)
 要するに、若いころ愛しあっちゃって「未婚なのに妊娠」という許されないことをやったわけだ。そのために牢屋につながれて、牢内で出産。それが力二郎と尺八だと。さすがに若い頃も並じゃない二人であった。その年に主家に後継ぎの道松(後の道節)が生まれて恩赦。音音は乳が出るので道松の乳母になり、世四郎は犬山家を去った。

 ……と、ここまでは八犬伝を読んだ人なら誰でも知っている話。
 でも、この話には大きな問題がある。
 実は亭主も西暦2000年1月まで気付かなかった。馬琴様にまんまと騙されてしまっていたのだ。まったく馬琴も食えないじじいだぜ。

● 夫婦の年齢
 里見義実がこの夫婦に初めて出会ったのは、文明十五年二月。
 この時義実は与四郎に「花咲の翁」、音音に「花咲の媼」と名付けた。そういう義実もこの時六十一歳。老人に老人呼ばわりされてしまうわけだが、与四郎はまだ義実より年上だからいい。音音は義実より年下である。年下の女性を婆さんあつかいする義実っていったい……。
 この夫婦の年令はどこで分かるのか?
 与四郎は、義実と出会った直後の第百七回に七旬前後の老翁」とあり、七十歳前後だとわかる。前か後か。調べたところ第百三十三回に「齡七旬に程遠からぬ」とあるから六十八〜九歳か。
 音音の年齢はここでは分からないが、同じ年の十二月の記述(第百七十七回)に「六十有餘の老婦」とある。だが、文明十年の記述(第四十六回)に「音音といふ微賤の老女ありけり。年の齢は五十あまり二三にもなりぬべし」とあり、こちらをとると文明十五年には五十七〜八歳ということになる。

 ……と、ここまで書けばもう分かったでしょ?

● 若い頃?
 この夫婦の若い頃の過ちで生まれた力二郎・尺八の十条兄弟。彼等は道節と同じ長禄三年の生まれである。
 その年、世四郎・音音は何歳か?
 なんと!
 世四郎は四十四〜五歳、音音は三十三〜四歳。

 音音は「いと若きその昔……」って言ってなかったっけ?
 今の時代なら三十四でも若いと言えなくはないが、それでもその年で子供が出来ても「若いころの過ち」とは決して言わない。まして、十代で嫁に行くのが普通の時代の話である。
 世四郎に至っては四十五。今でも絶対に若いとは言われないし、人生五十年という時代にはもはや老人である。その証拠に、里見義実が隠居して義成に家督を譲ったのは三十七歳。義成が「初老の人」と呼んだ蟇田素藤は四十歳。

● 独身の理由
 恋愛結婚が主流の現在なら「結婚できない」ということは多々ある。しかし、その昔はよほどのことがなければ「結婚できない」ということはありえない。なのになぜこの二人はこの年齢まで結婚していないのか。

 実は別の人と結婚していて不倫関係だったとも考えられなくはない。
 しかし、勧善懲悪の八犬伝世界において、正義の側のキャラクターがそういう関係であるはずがない。もしそういう関係だったとしたら、恩赦の対象になることもなく、処罰されていたであろう。不義密通は死刑確実である。
 つまり、二人ともその年齢まで独身だったのだ。

 はっきり言えば、音音には嫁のもらい手がなく、世四郎にも嫁の来手がなかったのだ。
 武家といっても武装農家である時代。農家と同じく女性は重要な労働力であり、子作りのためにも丈夫さは必須条件。音音のような丈夫な女性は本来なら引っぱり凧のはず。なのに、なぜ?

 よほど手のつけられないオテンバ娘だったのか?
 その可能性はもちろん高いが、それでも二十代になればけっこう落ち着くはず。三十四まで独身っていうのは変である。本人にその気がなくても、ふつう周りが放っておくわけがない。

 それとも、よほどの醜女だったのか?
 だとしても本人の意志を無視した結婚が可能だった時代である。周囲がその気になれば嫁に行けないということはない。それに、世四郎をして禁断の恋路に走らせたんだから、男を引き付ける魅力はあったはず。

● 若い頃の過ち
 亭主の推理。
 やはり「いと若きその昔」という音音の言葉に嘘はないのだ。
 子供が出来た時はそれなりの年齢に達していたが、世四郎との関係が始まったのはそれよりはるか以前、音音が十代の頃だったに違いない。そしてそれは公然の秘密だったのだ。世四郎との相思相愛を皆知っているからこそ、嫁にもらおうとはしなかったのではないのか?
 ただし、これにも問題はある。
 だったら世四郎と結婚してしまえばいいのではないか。他に結婚話が出ないんなら、問題ないはずである。身分が違う? といっても、郎党と足軽の娘。結婚できない身分差ではあるまい。

● 阻むもの
 ……となると誰かがこの二人の結婚を阻んでいるのだ。
 姥雪家?
 それはあるまい。世四郎の年齢からして当主になっていてもおかしくない。そうでなく世四郎の親が生きているとしても、音音との結婚に反対ならば別の嫁を見つけて来て無理矢理結婚させてしまえばいいはず。家を継ぐ子孫のことを考えたら息子を結婚させずにいるわけがない。
 音音の実家・十条家?
 格上の姥雪家なら文句はなかろう。それとも、ロミオとジュリエットのように家同士に憎しみあう過去でもあるのか? それなら引き離すために色々と画策するだろう。

 残るのは「主君が許可しない」という可能性。
 でも家臣同士の結婚に問題はあるのか? ない。では何故?

 亭主の勝手な想像。
 主君犬山道策は音音に惚れていたのではないか?
 だから恋敵の世四郎との結婚を許さなかったに違いない。でも音音は世四郎一筋。どうにもならないまま、十数年が経過。音音が世四郎の子を孕むに至ってついにぶち切れて牢屋に入れてしまったのさ。でも、まぁ自分も他の女に嫡男道松を生ませてしまったし、愛する音音だし、許して嫡男の乳母にしたと。世四郎は追放したと……。

 これも無理があるかな〜?


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