白龍亭・水系と八犬士出現エリア

目次 >> 考察 >> 八犬伝の謎/水系と八犬士出現エリア(1997年 夏〜)

[ 八犬伝の謎 - 02 ]

● 西と東
 これは「謎の八犬士出現ゾーン」の続編でもある。

 地図が好きな人間としては迂闊な話なのだが、関東地図を更新した時に初めて気付いたことがある。犬村大角の出現する庚申山が、信乃と現八が流れ下った川の水源地だということだ。つまり犬士の出現地、赤岩庚申山・許我・行徳が渡良瀬川の流れでひとつに結ばれるのだ。

 この川で四人の犬士が結ばれるとしたら、他の四犬士はどうか。そう思って調べてみると、驚くことに、こちらもまたひとつの水系でつながっているのだ。江戸時代以降の石神井川とそれが流れ込む隅田川水系である。細い石神井川でつなぐのはやや強引な感じはするが、道節の生まれ育った練馬を通り、信乃の母が孝の玉を得た滝野川弁才天脇を流れて隅田川に注いでいる。そこから隅田川を下ると毛野が登場する石浜だ。

 それぞれ四人ずつの犬士を、仮に「渡良瀬川系」と「隅田川系」と呼ぶとすると、意外にも同じ系に属する犬士には共通点が見いだせるのである。

地図
(色付のは出現地。グレーの●は誕生地)

 西側(←)の「隅田川系」犬士たちに共通するのは「没落」というキーワード。
 道節は豊島家の血筋で、練馬家の家老の嫡男。しかし豊島一族滅亡。
 毛野は千葉家の血筋だがこれまた父の失脚横死で一家滅亡。
 信乃も昔、大塚の領主だった大塚氏の血筋。領主の地位は何代も前に失っていたが、それでも名家。しかしその家も叔母の亀篠に奪われてしまった。
 荘助の父は伊豆北条の荘官。荘園の管理人、というとたいしたイメージではないが、事実上の地主。歴史の教科書にも出てくる "寄進" の結果、名目上の持主は高貴な身分の人になり、本来の持主である土着地主は荘官となった。名目はたいしたことないが実質は大地主である。すなわち土地を守るために郎党をかかえ、小さいながらも「殿」と呼ばれる武士ということだ。そのような家に生まれながら奴僕として生きなければいけなかった荘助は没落No.1かもしれない。

 一方、東側(→)の「渡良瀬川系」は逆。
 小文吾の家は元武士なので没落したといえなくもないが、町人の家に生まれながら名字帯刀。しかも裕福。千葉家が家宝にするような名刀をポンと十五金出して買ったりしている。親兵衛の実家犬江屋も何艘もの船を持つけっこうな船主。現八は漁師の子に生まれながら武士の家に養子に入った。大角は下流の三人とはやや毛色は違う土地持ち武士の嫡男。
 没落系とは違う運命に育つ犬士たちだ。もっとも他犬士と出会うことで、彼らもまた家を失うのだが。

 出自は「隅田川系」の方が高い。
 この身分差は後の対関東管領戦の時に露骨にあらわれる。隅田側系は、毛野が軍師、道節が洲崎沖水戦の防禦使、信乃が国府台口の防禦正使、荘助が行徳口に防禦正使。つまり指揮官、大将である。
 それに対して「渡良瀬川系」犬士は、親兵衛は京都帰りで指揮する部隊なし、大角は敵地潜入のスパイ、現八は国府台口の防禦副使、小文吾は行徳口の防禦副使。大将じゃないのだ。

 ただし、八犬士出現ゾーンと同様、ここでも犬村大角は特別だ。
 対関東管領戦時に敵地潜入のスパイとはいえ、配下を使って三浦半島を支配下においてしまう。実質大将といえる。まぁ正規軍の大将というよりゲリラの大将ではあるが。大角の単独行動性は主家を持たぬ自立した郷士という特殊な出自と関係あるのかもしれない。
 また、下流の現八・親兵衛・小文吾が血筋的に安房人という共通点を持つのに対し、大角は違う。
 八犬士を、水系で東西に二分するより、出現国別に三分する方が正しいかもしれない。
 武蔵国→道節・信乃・荘助・毛野。
 下総国→現八・親兵衛・小文吾。
 下野国→大角。
 ……しかし、八を三分するのは美的じゃないな。

 隅田川系と渡良瀬川系の間に古利根川がある。ここを境にして東西に世界を分けることが出来る。
 八犬伝の舞台となった時代、史実では、西は関東管領上杉派支配地域、東は古河公方派支配地域である。八犬伝では古河公方も敵にまわるのでこの分類は意味はないのであるが、関東の大河利根川とその延長線上の東京湾という水が人間を分断する大境界線なのは確か。

 この東西を分断する水を超えるとどうなるのか。
 西で没落した人間が東に渡って出世する。これは源頼朝のパターンである。頼朝は石橋山の戦いに破れて安房に渡り、そこから関東の王者としての道が始まったのだ。里見義実もこのパターンの上に乗って安房に渡海する。八犬伝に頼朝の吉例にならうと書いてあるから、馬琴はこのパターンを意識していたはずだ。出自は高いが没落している西の四犬士は頼朝と同じである。そして安房に渡って出世するのも同じ。偶然ではなく馬琴は意識してこういう設定にしたのではないだろうか。


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