2-stroke Engine Motorcycle

2ストマシン消滅の暗黒

Feb.2001

おぱく堂主人・白龍亭主


●うどんが消えたらどうする?

 まずは「うどん」である。
 麺類を知らない民族がいるとする。彼等にとって「うどん」も「スパゲティ」もそんなに違いはないだろう。どちらも同じ小麦粉から作られる麺でしかない。どちらか片方がこの世から消滅したとしても、彼等は困ることもない。
 だが、日本人やイタリア人にとっては、うどんもスパゲティも単なるモノではない。人々の思いや技の蓄積などの歴史とともにある文化なのだ。だから、うどんが消滅したら日本人は大きな喪失感を味わうし、スパゲッティが消えればイタリア人はたまったもんじゃない。

 ……てなことを頭の片隅に置いて、以下を読んでもらいたい。


 舗装路走行を目的としたロードバイクの分類方法は2種類ある。
 ひとつは、外見や着座姿勢などのスタイルによる分類。ふんぞりかえって乗るアメリカンと、前傾姿勢で乗るヨーロピアンといったジャンル別けがこれ。
 もうひとつは、搭載するエンジンが4ストロークか2ストロークかという分類。
 四輪車の場合は「同じ車種でもグレードによって搭載エンジンが違う」なんてことがざらにある。エンジン以外の要素が大きいので、エンジンが違うからといってその車種の個性はそれほど大きくは変わらないからだ。(但し、エンジンの存在が重要なスポーツカーは別)
 二輪車の場合「エンジンにまたがって走る」といっても過言ではない。それほどエンジンの存在は大きい。ゆえに「エンジンは違うけど同じ車種」というのはありえない。まして、個性が極端に違う4ストロークか2ストロークかという搭載エンジンの違いは、同じバイクとは言えないほどの違いを生む。

 つまり外から見れば「同じバイク」でしかなくとも「搭載エンジンが4ストロークか2ストロークか」はライダーにとっては決定的に違うことなのである。それは「同じ小麦粉」でしかなくても「スパゲッティかうどんか」が麺を食べる民族にとって決定的に違う、ということと相似なのだ。

 その2ストロークエンジン搭載のロードバイクの歴史が、20世紀とともに閉じた。


●2ストロークエンジンとは?

 本題に入る前に、2ストロークエンジンの基本に触れておく。
 そんなこたぁ知ってるよ、という人は途中を読み飛ばしても可。

 四輪車や二輪車のエンジンは「吸入→圧縮→燃焼→排気」という4つの行程で動く。
 (1) 燃料と空気を吸い込む。(2) 圧縮する。(3) 点火して燃やす(→これを回転エネルギーに変える)。(4) 燃えカスを外に捨てる。

 四輪車やほとんどの二輪車に使われている4ストロークエンジンは、この4つの行程を「ピストン下降→上昇→下降→上昇(=2往復)」という4段階の動きで実行する。4つの仕事を4段階でやるわけだから、普通な話である。

 一方、2ストロークエンジンは、4つの行程を「ピストン上昇→下降(=1往復)」という2段階でやっちまおう、という代物だ。
 下のイラストが、その2ストロークエンジンの動作図である。4つの仕事をどうやって2段階でこなすのか、よく分かったであろう。……え、分からない? ま、分からなくて当然かも。

2ストロークエンジン(クランク室リードバルブ方式)

 4つの仕事を2段階でこなすわけだから、どこかに無理がある。
 なんというか「電話でミスを謝罪をしながら手元では次の企画書を書く」とか、「トイレでうんこをしながらカレーを食べる(下品)」とか、そういう感じなのだ。

 さらに胡散臭いのが構造の簡単さ。
 4ストロークエンジンの場合は「吸入時には吸入弁が開き、排気時には排気弁が開く」というバルブシステムが必須なのだが、2ストロークエンジンにはそんな偉そうなものはない。ただの「穴」である。
 ピストンが上昇して穴をふさげば閉じたことになり、下降して穴が見えてくれば開いたことになる。そんだけ。(ただし上図は吸入口に負圧で開くリード弁がついている方式。初期の2ストロークエンジンは吸入口すらただの穴で、ピストンの上下で開閉していた)


●2ストマシンの不利なイメージ

 2ストロークエンジン搭載マシン(バイクのことをマシンと呼ぶのが好きなのさ)の魅力を語るのは難しい。乗ってみないと分からないことが多すぎるのだ。

 しかも、バイクの魅力として一般に語られることの多くは、4ストロークエンジン搭載マシンにはあって、2ストロークマシンにはない。
 たとえば「重厚なエンジン音」……なんていうは4ストロークエンジンには出せるが、2ストロークエンジンには無理。軽い音しか出ない。蚊だの蠅だのと同じライダーからも悪口を言われるような音である。
 あるいは「心地よい鼓動」……2ストロークエンジンだって振動はあるのだが、「鼓動」などというキザな言葉に似合うようなものじゃない。
 あるいは「精緻なメカニズム」……だいたいにおいて、これは精密なバルブシステムを指す言葉として使われる。2ストロークエンジンは、構造の簡単さと胡散臭い動作からして、この言葉が似合わない。

 唯一「オイルの匂い」といった言葉だけは、2ストロークマシンに相応しい。
 というか4ストロークマシンでこの言葉を使うのはおかしいのではないかと思う。4ストロークマシンで排気にオイルの匂いが含まれていたら、そりゃ故障だよ。

 要するに、2ストロークマシンはイメージがいまいち良くない。
 更に、昔の2ストロークエンジンの「扱いにくい」というイメージが口コミなどで重なって、益々イメージダウンしたりする。1980年代後半以降は「扱いにくい」と言われた数々の問題はほとんどすべて解消されていたにもかかわらず、だ。


●2ストマシンの魅力

 じゃあ魅力は何か?

 大きいのは「軽さとパワーの両立」である。
 精緻なバルブシステムが存在しないことで、エンジンがとても軽い。最重量物のエンジンが軽ければバイク全重量はかなり軽くなる。さらに、ピストン2往復に1回燃焼する4ストロークエンジンと違って、ピストン1往復に1回燃焼する。燃える回数が倍あるわけだから、当然パワーも出る。

 パワーだけなら、4ストロークマシンでも高回転化や大排気量化で何とかなる。
 むしろ、1000ccを超えるような大排気量大パワーマシンは4ストロークエンジンの独壇場であり、そんな大排気量大パワー2ストロークマシンというものはない。4つの仕事を2段階で無理矢理やっつける2ストロークエンジンは大排気量では上手く回らないのだ。
 しかし、大排気量大パワー4ストロークマシンは重い。
 重くても加速は大パワーがカバーするから問題はないし、最高速に重さは関係ない。だが、加速と最高速だけがバイクの魅力ではない。(しかも最高速なんて出せる道路は日本にはない)
 バイクの、欠かせない魅力として「マシンと人間の一体化」がある。
 スピードの魅力だけなら、四輪のスポーツカーの方が上である。直線のみならずコーナリングスピードすら四輪車の方が速い。実際サーキットのレコードを比較してみればその差は一目瞭然だ。

 バイクは乗り手と一体になる。
 一種のモビルスーツである(とは昔から言われている陳腐な言い様だが)。もちろん四輪車だって一体化の魅力がないわけじゃないが、二輪車の方が一体化の度合がディープなのだ。(ふふふ、ディープな一体化♪)
 一体化において「軽さ」は非常に重要である。
 ちょっとした車体の姿勢変化でも実はエンジンパワーを使っていたりするので「パワー」も重要であり、軽さが至上命題とは言えない。しかしながら世に慣性の法則がある限り、軽い車体でしか味わえないキビキビ感というものはある(人間がコントロールできる範囲を超えてキビキビ動作しても不快なだけだからある程度の鈍さも必要ではあるが)。

 つまり、一体感というバイクの魅力をとことん追究すると、行き着くところ、2ストロークマシンしかないのである。4ストロークマシンでは、パワーと軽さ、どちらかを多少犠牲にせざるをえないからだ。
 さらに「パワーの出方」が4ストロークエンジンとは違う。
 どちらがいいかは分からない。好みの問題だ。しかし非常に違う感じがする。機器で測定すればそんなに違わないのかもしれないが、人間の感覚の方が重要である。

 ……結局、乗ってみないと分からないようなことばかり。2ストロークマシンの魅力を伝えるのに言葉では限界があるが、それ以外に説明の方法もない。体感してくれ、とも言いたいが消滅してしまったのでは、それもままならない。


●環境問題?

 その、2ストロークエンジン搭載のロードスポーツバイクが消えた。
 新しい排出ガス基準をクリアできないからだという。(といいつつ 125cc以下の小さな2ストロークバイクはクリアできたとして残っていたりはするが)

 ……実際、環境破壊は著しく進行している。
 このままいけば人類が種として22世紀を迎えられないかもしれない。深刻な環境破壊に立ち向かうため排気ガスの環境基準を厳しくする。その理念は正しい。

 にもかかわらず、この規制が不愉快なのは何故か?
 2ストロークバイクの排出ガスが環境に影響する度合は微々たるものである。それすら許さないという厳しい環境基準も必要とあらば仕方ない。だが、そういう話なら環境に大きなダメージを与えているものもちゃんと規制しなければ不公平も甚だしい。
 石原東京都知事が「国がやらないなら都がやる」といったディーゼル車の排出ガスもそうだし、成層圏に排気をまき散らしているジェット機はいいのか?
 もちろん、ディーゼル車やジェット機は物流の要であり、規制の影響は大きい。規制しても社会に大して影響を与えないバイクとは確かに違う。しかし、対策方法があるのかないのか分からないジェット機は別として、ディーゼル車の排気ガス浄化装置は既にある。にもかかわらずその規制は進まないし、そのコスト負担が運送業者だけに押し付けられかねない、という問題を解決する意志も行政側にあるのかないのかよく分からん。
* この文章は、東京都のディーゼル車規制が実行される以前に書いたものである。

 ふと捕鯨を思い出してしまった。
 かつて油を取るために鯨を乱獲した西洋人が一転鯨を守ろうなどと言い出したおかげで、鯨を食う日本の食文化が危機に瀕している。細々と調査捕鯨が続いているから何とか消滅を免れてはいるが……。
 哺乳類を食うな、というなら牛や豚も食うのをやめたらどうだ。西洋人が牛をやめるなら、日本人も鯨をやめてやる。

 それと同じである。
 他人に痛みを引き受けさせるなら、自らも痛みを受けよ。


 もうひとつ気になることがある。
 環境基準をクリアできなかったんじゃなく、メーカー側にクリアする意志がなかったように見えるのだ。意志があれば環境がらみの技術は大々的に自慢しているはずではないか。売れ行きのよくない2ストローク車から体よく撤退するための口実に環境問題が使われただけ、という疑いも捨てきれない。
 あるいはそれはメーカーの望むところではなく、見えないところで行政側から圧力がかかったのやもしれぬ。


 スパゲッティがあるなら、うどんが消えたっていいのか?
 Windowsがあるなら、Macが消えたっていいのか?
 標準語があるなら、大阪弁が消えたっていいのか?

 そうじゃないだろ。


 ……HONDA NSR、YAMAHA TZR、SUZUKI RGVΓといった2ストロークのロードスポーツバイクがない。その世界がまるごと、色々な人々が築いてきた文化もろとも、消滅した。2ストロークマシンの周辺で仕事をしてきた人々の人生は一気に無に帰してしまった。あっけなくも残酷なことだ。

 自分はもうバイクに乗ってはいない。
 だが、2ストロークマシン消滅のショックはかなり大きく心の傷は深い。4ストロークマシンにも乗っていたとはいえ、一番心に残っているマシン(TZR250)は2ストロークだった。ゆえにその世界の消滅は、自分の青春時代をまるごと消し去られた気分だ。さらには、老後に再び乗るとしたら2ストロークマシンと心に決めていた。しかし、戻る場所はもうない。