監督 根岸吉太郎 主演 役所広司、渡辺謙

立花(★★★☆)(7月3日)
mhiro@ask.or.jp
『砂の器』より、ずーっといい。 私はクサイ話が嫌いではない。だからと言ってクサイものをクサイまんま出されたら恥ずかしくてしょうがない。『砂の器』はそのまんまだ。「ほら泣け!ほら泣かんかい!」と言わんばかりの演出をやられると泣きたくても泣けない、と言う泣くに泣けない(?)状況になる。
心配した(?)コンサートの部分も回想シーンと絡んで甘く流れてしまうところを自己の演奏に浸りすぎない凛とした演奏ぶりが引き締めている。(下手な役者がそれらしく弾いたらきっとシラケてたね)
かっこよかったぞ!・・・・・・ところであのバイオリン奏者、プロですよね? 
演出に関しては少し不満が残りました。例えば回想シーンにしても“回想シーン・マニュアル”を観てるようでもっと違った語り口はなかったのかなぁ、と感じました。全体を通して丁寧に作られてるところは好感が持てました。好きなシーンは、渡辺謙と役所広司が初めて逢うシーンで質問に淡々と答えていた役所広司が去り際にさりげなく「あんた、名前は?」と聞くところです。ちょっとゾクッとしました。男の世界ですよね。・・・・・・・うーーんマンダム(古いなぁ)
ダグラス タガミ(6月11日)
tagami@nick-net.co.jp
ちょっと、ネタばれありです。
長いですが、許してください。
バンちゃんが、星二つなので、見るのをやめようと思ったのですが、会社をさぼって暇だったので、観てしまいました。
ところが…。個人的に、好みでした。挙げ句、泣いてしまいました。
だって、ヤクザ映画してるんですから。それも、タンカを切らないヤクザ映画。んー。良い感じ。
本当は、なんかもっと重たい意味を含ませたかったんでしょうけど。
私には、ただのヤクザ物の映画です。
役所演じるあの孤児院育ちのヤクザ…。もうそれだけで、胸いっぱい。
施設で兄弟同様に育った仲間と実妹の為に身をなげる侠気。
好きだからこそ、抱かずにいる女。
そして、コンサートを観た後、ホテルでの麻生裕未とのやりとり。
「ずっと好きだった。」(役所)
「いかないで!お願い」(麻生)
あんなオンナに言われてみたい。(麻生裕未、おばかっぽくて好きです。)
あのような生き方ができないセコイ男なんですが、だからこそ、ああいう生き方に憧れてしまうのです。(馬鹿と言ってください。わかってます。)
私には、違う意味で良い映画でした。
思いがけず、ヤクザ映画を見れて満足です。
あと、どうしても気になったのは、田中 健のケーナ(爆笑)。(確かあの笛そうだよな。)
私の脳裏には、愛想をつかした古手川祐子の顔が浮かんで、肝心なところで笑いがこみ上げてまいりました。
皆さん、ワイドショーを見るのも良し悪しです。
あまり推奨しませんが、「棒の悲しみ」(奥田英二)や「ちょうちん」、麻生、陣内の「赤と黒の熱情(だったはず)」等を好む方はどうぞ。
私の中では、役所の生い立ちに★★、麻生裕未に★、前半出てた薄幸そうなホステスのチヨちゃん(誰?知りたいです。)に★。
私の中で星4つ。しかし、お勧め度は、★★。です。
へんな感想でごめんなさい。
パンちゃん(★★)(6月6日)
犯罪(殺人)と愛情の絆、音楽……これでは『砂の器』だなあ。『砂の器』を上回っているのはバイオリンの演奏を指と体をくっつけて映像化したところだけで、あとはどうも……。
役所広司の「殺人」といえば、『うなぎ』も思い出すが、『うなぎ』の殺意が、あまりよく説明されないことによってリアリティーを持つのに対し、『絆』は愛情の連なりが克明に描かれれば描かれるほど、殺意のリアリティーがなくなる。愛情の絡みと殺人の関係が明確になればなるほど、別に殺す必要なんてないんじゃないか、この殺しは単なるストーリー展開のためだけのものであり、人間を描くためのものではないという気持ちになってくる。これじぁ、おもしろくないよなあ。
役所広司も渡辺謙も、なんだかつまらんなあ。「演技」と「俳優」の「境界線」が見えない。「役」になりきるにしろ、「役」をばかにするにしろ、「役」と「本人」の「境界線」があいまいだと見ていて気分が悪い。人間を「他者」として感じる力が欠けているんだと思う。「同化」することが「役作り」(演技)と思っているからだろう。
ただ、中村かずお(字を出すのがめんどうくさい)はおもしろかった。彼だけが「境界線」を意識して演技していた。そのために存在感があった。
役者の「存在感」というのは「境界線」を超えてしまって「役」と「同化」してしまっては、うまれない。あくまで「境界線」の向こうに踏みとどまり、私はこの「役」を演じているが、この「人間」とは違うんだぞ、という主張があるときに、初めて浮かび上がって来るものだと思う。
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書き忘れそうになったが、一つ、美しいシーンがあった。
役所の妹がバイオリンを弾く。アンコールに、昔、兄が縦笛で吹いていた曲を演奏する。そのとき、役所の、記憶の海が、灰色の海から光あふれる海にかわる。ここは美しかった。役所が求めているものが、今、この瞬間に存在している、という感じが非常によくでていた。
あまりに印象的だったので、愛人にその話をしたところ、『絆』の原作は『海はかわいていた』(かわく、の文字が出ない、サンズイに固、らしい)というタイトルの小説なのだという。
うーん、小説のままのタイトルの方が内容を的確に表しているなあ。
思うに、この映画は、小説の持っている美しい部分を全部、ありきたりの「人情」に汚してしまったのではないのか。
小説がかわいそう……読んだことはないのだけれど。