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とみい(2002年1月17日)

軽い。
その軽さに、「日本映画って捨てたもんじゃないな」と 希望を感じた。
よくも悪くも存在感のでかい親父を相手に(山崎努は何をやっても山崎努。 正直いってこういうのは いい演技とは思えないのだが……) 窪塚も柴咲もそれほど負けていない。
恋愛、友情、進路など、 主人公が向かうベクトルがいい意味で拡散されていて、等身大の高校生の姿が 描けていたと思う。
2001年を代表する邦画に挙げていいと思ったら、キネマ旬で一位だった。納得です。
★★★★☆。
(2001年11月3日)
http://www.d1.dion.ne.jp/~goronyan
★★★★☆
実はノーマークの作品だった。 主演の窪塚クンのことは 顔くらいは知っていた。
割と好みの顔だけれど ナヨナヨっとしてて・・ そんなイメージだけあっただけでどんな映画か全く知らなかった。
が・・・ 周りの評判がいい。
そして どんな映画か 少しずつ情報がはいってきた。
窪塚クンが演じるのは在日韓国人。
よおっし!! そんなに評判イイのなら 観に行こ!
観たいと言っていた高校1年生の娘と約束。
が 出かける前 突然彼女は機嫌を悪くし 結局シネコンレイト一人の鑑賞となった。
観終わった・・・・
胸がジーンとしている。
なんだろ??
最初は 自分の高校時代がよみがえった・・
まっすぐだった・・あんな風にまっすぐだった・・
初めての体験・・最後までいけない気持ち・・
でも気持ちだけは 本当に純粋。
実は私も そんな恋をしていた。相手は在日ではなかったけれど親からは 相手の親の職業にたいしてブーイングがはいっていた。
なんで?? なんでそんなこと??
人間はみな平等じゃない! うちに福沢諭吉論だって貼ってあるじゃない?! ”天は人の上に人をつくらず 人の下に人をつくらず”
私はそういう教育を受けてきていた。 だから 偏見をもっている親の考えが信じられなかった・・
これが私の「差別問題」への関心の最初の一歩だった。
そうして 窪塚クンが劇中に言うセリフが次々とよみがえる。
彼がタクシーの中で叫ぶとおりこの映画は ジメジメさをふっきっている!
 これは 高校3年の息子にぜひ観せなくっちゃ!!一人で観るんじゃなかった!
いろいろな思いを抱えたまま帰宅。 わが映画友達 同居人に(注・いちおう私の夫)
「一緒に観たかった・・すごくよかったよ。」
そして まだ起きていた長男に
「あなたに観せたいんだけど 観ない?」
自分自身が受験生だと言うことで戒めているのか 何度も映画に誘っても 『千と千尋の神隠し』しか観たいと言わなかった長男が 珍しく
「いいよ。」
彼の都合に合わせ 翌々日にスケジュールを組んだ。
さてここからリピートの感想です。
まず 家族4人で 同じ時間に同じ映画を観ることが出来たことに感謝。
2人ずつ 2列に別れて観たのだけれど彼らの反応が 場面場面で身近にわかって 一人で観たときよりも ずっとずっと感慨が深くなった。
同じようなところで笑い 同じようなところで 涙ぐんだ。
彼らと価値観が一緒・・ということに 私は  感激してしまった。
映画は 2回目(しかもたった二日前に観たばかり)なのに感動は変わらなかった。 いやむしろ ストーリーを追わないぶん 役者の表情や ひとことひとこ とが胸にきた。
「何度も言う これはボクの恋愛の話である」
何気なく聞いていたセリフも胸にくる。
「俺にもシャブシャブさせろよ〜」「かあちゃんがシャブシャブした方がずっとうまいの!!」
いつもは やりすぎにみえる大竹しのぶが 実にハマっている。
そして「ママ〜」と頼っているあの仲のいい夫婦関係。
息子に自分を乗り越えて欲しいからこそ 徹底的にうちのめす父親。
笑いと涙の連続・・・・
この映画は在日韓国人 という 特殊?な立場におかれた彼らの話ではない。 ”コトバ”でひとくくりにされるのは 私たちも同じ。 だからこそ胸にくる。
「自分が緑色の顔をしていればよかったと思う・・」 「ライオンは自分がライオンだなんて思っちゃいない」
そう・・名前でくくるのは アナタたち・・
「てめえらの 世代で解決しろよ」 ナヨナヨだと思っていた窪塚クンが 実にいろいろな顔をする・・凄い!!!
脇役の演技も言うまでもない。
見事な作品だ。
重くなりがちな題材を 笑いと涙と入り混ぜて 爽快感が残る作品に仕上げている。
「自分」というものを 「人間」というものを もう一度考えてみたくなる・・・
観終わった後まで 余韻が残るまれな作品である。
ぜひたくさんのヒトに観ていただきたいです。
パンちゃん(★★★★★)(2001年11月2日)
青春というのは、この映画の定義でいえば、自分の守備範囲を超えて、傷つくことを恐れずに一歩踏 み出すこと、になるのだろう。
こうしたことは、頭では理解できても、なかなか体がついていかない。
青春とは、まず肉体の問題なのだが、その肉体がうまく意識化できず、どうしても頭でっかちに動いてしまい、治癒力のある肉体ではなく、互いの精神を傷つけ あう。
精神を傷つけあい、ずたずたになって、やっとふんぎりがついて、肉体にかける。
その感じが、この映画ではとてもよく具体化されている。
*
この映画の魅力はいろいろあるが、まず主人公の窪塚洋介の肉体が魅力的だ。細くて、そのくせ強靭で、野性的。
しかも父親の山崎努に殴られら続けているシーンによって、その肉体の輝き、肉体の不屈性(?)というものをちゃんと証明している。単に俳優の肉体に頼ら ず、その肉体の意味を、ストーリーとしてきちんと表現している。
うーん、こういうきちんとしたリアリティーは好きだなあ。単にストーリーにすぎないと思える部分が、役者の肉体にまで反映されている。
そういうストーリーがあるから、自分の感情というか、思考をただただ子供を殴ることで伝えるという山崎努の父親の姿も非情(?)に美しく輝く。
非情のなかに存在する情の部分が、肉体そのものとしてぶつかり、それが「頭」ではなく、まず肉体の戦いとして伝わり、肉体のなかで把握される。
あらゆることは、頭ではなく、肉体で把握されなければならない。あらゆることを肉体をとおして把握していくのが青春なのだろう。
*
クライマックスの、いよいよセックスをするかどうかのシーンも、結局、肉体の問題である。
「頭ではわかっているけれど、体がついていかない」と、もうひとりの主人公・柴崎コウは、はっきりとことばにする。
意識とは、誰の手もとどかない「頭の中」にあるのではなく、常に他人と触れ合う肌、肉体にこそ存在する。
他人と直に触れる部分で動き回るどうしようもない衝動のようなものこそが意識なのだ。
他人と触れ合う肉体こそが精神なのだ。
*
すべてが肉体の問題である、と感じているから、たとえば大竹しのぶが演じる母親は「男は牛乳を飲め」というような乱暴な哲学(?)で子供たちを叱る。ある いは、父親との戦いで前歯がかけた主人公にガールフレンドから電話がかかってきたとき、主人公に「だから早く差し歯にしておけって言ったのに」とからかっ たりする。
*
殴られても殴られても殴られても、そこから立ち上がる窪塚洋介の肉体。
その肉体のリアリティーを支える山崎努の肉体。大竹しのぶの肉体。
意識化されない肉体のもっている美しさが、とても強靭に、さわやかに表出された映画だと思った。
2001年必見の映画。
おんたけ(2001年10 月29日)
http://www2m.biglobe.ne.jp/~t-gnp/index.htm
★★★★
この作品は直木賞を取った小説の映画化ですが、小説も読んでいます。在日韓国人の成長を瑞々しく描いてさらっとした好印象の小説でしたが、この作品に関し て言えば、映画が超えています。
第一に驚かされるのは、編集と撮影のうまさで、さりげないシーンもダイナミックに見せているということ。岩井俊二の「スワロウテイル」の助監督をしていた だけあってこの監督映画が持つダイナミックさや撮影技術を分かっている人だと思います。
照明もくどくどしくなく自然な感じで良かった。ストリーリーとしては在日韓国人という微妙な部分に踏み込んでいるとは言っても、恋の話であり、親子愛の話 です。それを主人公の一人称のナレーションで小気味よく進んでいくテンポがうまい。キャラクターがはまっているのがこの作品の成功でしょう。主人公の窪塚 洋介の表情も良いし、相手役の柴崎コウも完全に小説のキャラにかぶっています。「ポンズダブルホワイト」のCMで注目していましたが、余談ですがあのCM の最初の頃は17歳だったんですね(^_^;)その後、「バトルロワイヤル」にも出ていて強い個性の顔立ちがそれなりにはまっていましたが、この作品の彼 女は強くもどこか不安定な部分というか、普通の女子高生なんだけど充分に男性の気を引く魅力を出していたと思います。山崎努、大竹しのぶも良い。山崎努が 父親役を演じてもらったおかげで小説を読んでいたときの父親像がつかめたといった感じです。
とにかくこの作品は完成度が高く、見終わった後の爽快感もあり、秀作と呼べる作品だと思います。