おもちゃ

監督 深作欣二 主演 宮本真希、富司純子、南果歩、喜多川舞、津川雅彦

そん(1月28日)
ちびちゃん役の宮本真希が可愛い!
頬がふっくらして、ちょっと出っ尻で鳩胸なのが可愛い可愛い。
正直言って、彼女の魅力ひとつでもってたような映画でしたなー。
“芸妓の心理学”というヤツも、パンちゃんの言は確かにそう思うけどその思いの伝え方をセリフに頼りすぎていたのでは?
物語のうねりが映画的興奮(画面の中に引きつけられる感覚?)につながっていかない歯がゆさを感じました。
ともかく、おさげ姿で京の町の石畳をカタカタ走ってゆくちびちゃんをみるだけでも価値アリ、ではありますよ。
太田(★★★★★)(1月28日)
nota@gb3.so-net.ne.jp
援助交際もの?なのに、とてもさわやかで気持ちの良い映画でした。
そつがなく流れるような京都弁?で、湿り気のある陽気さというか、そんな雰囲気を感じました。
主演の宮本真希さん演じる時子の、仕事に対する不安、暗さを見せない前向きな働きぶりが気持ちよかったです。それを表すかのように、打ち水した石畳に下駄の音がまた気持ちよく響いていました。一方で自分の生きる世界を決め、割り切ろうとしているところが、見ていてとても切なく思いました。妹にはこんな思いはさせたくないと思っているのに。
彼女を取りまくお姉さん方も、時子と似たり寄ったりの生き方をしてきたらしく、今(昭和)ではこの世界で堂々と強く生きています。時子もいずれそうなるだろうと思いつつ、昭和の終わりに向かって、彼女はいったいどうなってしまう(った)のだろろうと考えながら映画を見終わりました。
しかし女性が見るとまた違うんだろうとも思いました。
*ただ、最後の水揚げのシーンの音楽がアニメの「ジャイアント・ロボ」のそれに酷似(同じ?)していたのには少し驚きました。音楽を担当したのが同じ天野正道氏だったので、こういうこともあるんだなぁと思った次第です。
*宮本真希さん、CMの「みどり」とは全然イメージ違う…のは当然か。
パンちゃん(★★★★★)(1月24日)
深作欣二は音楽の使い方がとてもおもしろい。『四谷怪談』もマーラーを巧みに使っていたが、今度の「チョウチョウ」もユニークだ。その歌には情緒がない。かわいさも無邪気さもない。あるのは、歌を力一杯歌うエネルギーの輝きだけだ。
その硬くはつらつとした響きが、映画全体の主張にぴったりあっている。
そのエネルギーに満ちた歌そのもののように、舞妓になる前の主人公はひたすら京都の町を走る。決して息をきらさない。駆けて駆けて駆けまくる。音譜の一つ一つを正確に力強く歌う少女の合唱そのままに、主人公は一つ一つの使い走りを全力で走り回ってこなす。けっして手抜きをしない。
あわせるように先輩の舞妓たちも男の間を走り回り、仲間うちで男を取り合って暴れまわる。そこには手抜きはない。相手の主張は聞くことは聞くが、従順に従うだけではなく、必ず自分の主張をする。必ず自分の声を張り上げる。自分を踏み台にしようとする男に対して、大声を張り上げ立ち向かう。
置屋のおかあさんもパトロンとの駆け引きに一歩もひかない。呉服屋との駆け引きにもへこたれない。あくまでやわらかい言い回しで、論理を主張する。声を張り上げ、毅然と立ち上がる。
それは本当に、最初に流れる少女たちの「チョウチョウ」の合唱に似ている。「あちらの花からこちらの花へ」休むことなく飛び回るエネルギッシュな蝶そのものだ。
考えてみれば、「チョウチョウ」という歌はすごい。「ナノハにあいたら桜にとまれ」とは、どこまでもどこまでも飛びつつけろ、という歌だ。
そこには情緒も何もない。生きて行く、そのエネルギーが満ちあふれていて、情緒など入り込む余地もない。
一点、ただ一点、おかあさんが主人公が舞妓になるための準備金のために男に身をまかせなければならないときに、ふいに暗い影がよぎるのだが、その陰りも少女の毅然とした態度がふきはらってしまう。
「生き抜いてやる」という決意の凛々しさが本当に美しい。最後の少女の笑顔のたくましさに、圧倒されてしまう。
宮本真希の背筋のすっきりと伸びだ立ち姿の美しさも、この映画を際立って美しいものにしている。あふれるエネルギーの方向を、すっくと立ち上がらせる心棒のように支えている。ふくれた頬も目の輝きも強い。立派な顔だ。
*
エピソードとしては、主人公の少女の一家が寿司を食べるシーンが美しかった。
これも「チョウチョウ」の歌さながら、力一杯。うーん、今時、こんな迫力のある食べるシーンはない。食べたい、食べるんだ、という気持ちが充実していて、本当に美しい。
エネルギーがあふれるものは何でも美しい、ということを深作は知っているのだと思う。


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