王 は踊る


パンちゃん(★★★)(2001年9月9日)

音楽が非常に生々しい。
バレエに魅せられ、自分で踊ることに情熱を燃やしているルイ14世。その王のために音楽を書き続けるリュリ。そのあからさまな感情が濃密に絡みついている 感じ。
おもしろいと感じるか、不気味と感じるか・・・。
最後の方で、リュリが王をたたえるオペラを書き、上演する。それをルイ14世がにこりともせずに見ているシーンがとても印象的。
たぶん、リュリが音楽ではなく、単なるへつらいに堕したことを見て取ったのだろう。
それ以後、リュリと王の関係がぷっつりと途絶え、リュリは失意のまま死んでいくというのが、なんともすさまじい。
このラストシーンから見つめ直せば、この映画を彩る音楽の生々しさは、悲劇ならではなの生々しさであることがわかる。
「王は踊る」というタイトルであるが、むしろ、王に踊らされた音楽家、あるいは自分の意思で王のために踊り続けた一人の音楽家の苦悩を描いた作品だとわか る。
王自身の踊り(バレエ)は、「白鳥の湖」のようなバレエではなく、むしろオリンピックの「体操」の「床」のように見える。スポーツに見える。「芸術」では あるのだろうけれど、同時に「スポーツ」なのかもしれない。
自分の肉体能力をパフォーマンスとして表現するのがルイ14世にとってのバレエだったのかもしれない。だから、回転に失敗し、よろめいたあと、自分ではバ レエを踊らなくなってしまう。
「芸術」としてのみのバレエなら、他の表現はありうるだろうが、スポーツとしてのバレエならば、ある「技」をできないことは、それだけで「劣る」。
この点についての解釈も、ルイ14世とリュリの間では、違いがある。ずれがあるのだろう。
リュリの思いが空回りし、空回りし、空回りしつづける。
その空回りの苦しさが、音楽にも乗り移っている感じがする。
*
私がこの映画を見た小倉シネプレックス10は音がやたら大きいだけで、音楽の表情を伝えるのにはふさわしくない劇場である。
もっと音響に親切な映画館で見たら、この映画はきっとすばらしいと思う。



NEK(2001年11月29日)

お〜どる、お〜どるよ〜王様踊る〜♪
吹き替えバレてるけど、王様踊る〜♪
美術凄いよ、気持ち悪い位に。
踊る踊るよ、王は踊る♪
(中島みゆき風に唄って下さい)

 閑話休題…いや全く濃ゆ〜い映画だこと。けど『見出された時』以来ですわ、こんなギトギトに濃い美術、脚本、撮影を拝見できたのは。何時もは味噌煮込み や、カレーやチャーシューメンと結構くどい田舎料理食ってる自分も、この濃さにはゲップがでました、まさにバター濃厚、ソースたっぷりの舌平目のムニエル か、トリュフたっぷりのフォアグラを3人分食ってる気分になります。  ただ容赦ない事言ってしまえば同じスタッフによる『カストラート』のデッドコピーですわな。アレに比べれば美味しさと言う点ではワンランク落ちる。

 いや実際美術はカストラートと同じか、それ以上に素晴らしいですよ。光と影が生み出す凶々しくも、強烈に美しい宮殿風景、ダンス、演劇シーンは腐臭一歩 手前まで熟成された鴨肉(食べた事ないけど)の如き強烈な魅力を放って観客の目を釘付けにします。役者だって歌舞伎みたいな感じの大熱演「かつて王と踊り し栄光の足を斬るならば、その前に心臓を抉れい!」なんて言って本当に死んじゃう主役の人や、その相方『キス・オブ・ザ・ドラゴン』のパッパラパーな役は なんなんだと言いたくなるチャッキー・カリヨとかね(暑苦しい演技と言う意味では共通しているかも)。多分吹き替え版では主役は池田秀一あたりが、モリ エールは江守徹が大熱演してくれるでしょうな。
 確かにそう言った器の部分は文句無しに凄いし、背後に隠された文化的テーマの陰影の深さには恐れいるばかりです。けど肝心の料理がね…。なんだか最高の 器で鴨のオレンジソース和えとか出された後に、カルバドスをだされて、その後またソースギトギトの料理を食ってる様な感じなんですよ(食べ物を比喩に出す 事が多い私ですが、まぁ私みたいな田舎モノにとっては芸術的行為も食事行為も大して変わりゃしないんだと言う事で御容赦下さいましな…)。

 何で『カストラート』に比べてワンランク落ちるかって言えば、一言で言えば器の中核をなすダンス、オペラがアレだと言うこと。『カストラート』だと、ケ バケバしいだけの当時の流行音楽ばっか歌っていたファリネッリが、最後に声楽における名曲中の名曲と言われるヘンデルのオペラを歌うと言う構成が(この映 画みるまで知りませんでしたケド・・・)、チャンと物語のクライマックスと繋がっていて見ていて高揚感がある。歌そのものも殆ど吹き替えとわからなかった し、コンピュータで再現されたカストラートの歌そのものも素晴らしい出来だった(実際にはもう少し低音らしいんですけどね)。
 けどこの映画だと王のダンスシーンが吹き替えバレバレ!それにダンスそのものも今の基準から見てそんなに凄いと言うワケでもないし、映画の中の舞台もそ れ程面白そうに見えない。
 物語の中盤以降ダンスらしいダンス、オペラらしいオペラは殆ど出てこない。そもそも映画の中で主人公と王(の肉体)は早々と頂点を極めてしまっていて後 は後味の悪い権力闘争が描かれると言うクライマックスが存在しない物語なので、見ていて最後には頭が痛くなってきました。幾ら美味しい舌平目のムニエルで も3人前は食えませんし、口直しにカルバドスではキツ過ぎますザマスよ。デザートを用意してムッシュー。

 ただこれ見るとヨーロッパ人がアメリカ人の事を田舎モノと見下す理由がわかりますよ。『クイルズ』とコイツを並べてご覧なさい。美術、撮影全てにおいて 歴然たる風格の違いがある事がイヤでもわかります。