ションヤンの酒店

長谷川泰弘(2004年10月3日)
  複雑な家庭環境のなかで、屋台の店主として懸命に働くションヤン(タオ・ホン)の物語。ミュージシャンの夢破れて麻薬に溺れ、更正施設に収容されてい る弟がいる。また兄夫妻とは父の土地建物をめぐって不仲がつづく。その建物は文革のどさくさ以来他人に不法占拠されていて、役人にいくら訴えても相手にし てもらえない。やがて腹いせによってか、兄夫妻はひとり息子の面倒をションヤンに押しつけてくる。そんななか、ションヤンの楽しみは、彼女に好意を寄せ て、毎日のように店に通って来る中年男の存在だった……。
  舞台は中国内陸部の大都市重慶。中国の他の大都市と同じく、開発ラッシュによって林立する高層ビルと、昔ながらの瓦屋根の家並みや階段式の歩道、崩れ かかった土壁などが併存する。街を横切る大河には長大なロープウェイがかかっている。そんな重慶の街の表情がよく撮られている。
  また、屋台はスタジオのセットであろうが、美術担当出身のフォ・ジェンチイ監督(「山の郵便配達」)らしく、こまやかだ。電動によって回転する赤い蠅 取り紙、おびただしいが明るすぎることはない電球の飾り、さかんに往来する人々など活気が伝わってくる。厨房内の湯気をふきあげる鍋、中華包丁によって数 個に手際よく切られる鴨の首、せわしなく動くフライパンとおたま、なども印象的だ。ションヤンは忙しく立ち働くばかりではない。一段落ついたり、暇なとき は、往来に向けた店主の席に腰掛け、けだるい表情を浮かべて煙草をふかす。人の視線を意識しながらの、水商売にたずさわる女性特有の表情で、鑑賞者も自然 に、テーブル席に座ってビールのジョッキを傾ける気分になれる。タオ・ホンという女優は好演。眼に強い光をたたえている。
  ションヤンの住居の様子も、いかにもここで毎日暮らしていそうな雰囲気が出ている。ベッドを取り囲むように家具類や飾り物、写真等、ところ狭しと、だ が行儀良く配列され重ねられている。
  だが美点はここまで。ションヤンという女性は負けず嫌いで行動的で思いやりがある。その反面利己的で、思慮の足りないところも持ちあわせている。また 恋愛観は古風だ。ひとりの人間のなかにもさまざまな要素がそなわっているということだが、それが通り一遍以上には描ききれていない。メロドラマのヒロイン という面ばかりが強調されている気がする。★★★