"Danbury, Conn., 1874〜1954"
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The Universe Symphony is universal?




一生に一度の機会とベルリンのRBB(ベルリン放送)のスタジオのようなホールに行ってきました。放送用の解説や、舞台配置もあって20時から23時過ぎまでの長丁場でありました。初めて生で聴く曲も他にも幾つもありました、例えばロバート・ブラウンニグ序曲とか、しかし何よりも「ユニヴァース交響曲」です。そこで、ベルリンでの公演の模様をお伝えしましょう。でも、その前にちょっとおさらいを(笑)

以下
「オースティンによると」と書かれている場合は、"IVES studies(Edited by Philip Lambert CAMBRIDGE)"所収の"The realization and first complete performances of Ives's Universe Symphony (Larry Austin)"に依拠しています。
「アイヴス事典」とはSinclair編集による"A Descriptive Catalogue of the Music of CHARLES IVES"(Yale University)を指します。
「メモ」とは、"Memos (Edited by John Kirkpatrick, Norton)"を指します。

ユニヴァース交響曲

1.作曲年代
1911〜15年、27年、28年、32年と再開。ヘンリー・カウエルによるとその後も1951年頃までポツとポツと音符を書いたり消したりの作業をしていたとのこと。また、カウエル夫人の思い出によると、アイヴスは自分自身だけで作品を完成することは無理だとして、ユニヴァース交響曲のアイデアを誉めていたカウエルに共同作曲作業を持ちかけるが、「タンデム(2人乗り自転車)は無理」とカウエルは断ったそうである。スケッチSectionAは1915年までにほぼスケッチされ、SectionB、Cはそれ以後に加えられたようである。

2.版について
今回上演されたのはラリー・オースティン(Larry Austin)による版。およそ20年の歳月をかけて1993年にrealization終了。米国のPeer社からレンタル譜が出版されている。また、これまでのところ2種類のCDで聞くことが可能である。
Gerhard Samuel指揮 Cincinnati Philhamonia Orchestra CENTARU CRC 2205
Michael Stern指揮 Rundfunk-Sinfonieorcheter Saarbrucken col legno WWE 1CD 20074

このほかに、David PoterによるPrelude No,1、Section AおよびSectionCからコーダを編集したものが、またJohnny Reinhardによるrealizationした版がある。このうち後者のReinhard版は1996年に初演され、私も親切な方から譲っていただいた。初演時の録音かどうかは不明だが、今年中にもReinhard版の商業録音も発売されるようである。なお、Austin版とReinhard版では後者が前者の倍近い演奏時間となっているなど、かなり様相が異なっている。

3.アイヴスのスケッチ
オースティンによると、カークパトリックが整理した49ページのユニヴァース交響曲関連の書類のうち、オースティンが実際にユニヴァース交響曲に関係していると認めたのは34ページ。このスケッチの状態は、まさに全体のコンセプトや断片的なアイデアが言葉で書かれたものから、一応楽譜として読めるものまで様々なレベルである。オースティンの論文には各スケッチごとの詳細な内容と彼のrealizationにおいてどのように位置づけられたかが書かれているので、興味がある方はご覧あれ。

4.全体の構成
アイヴスの構想は下記の通り
Prelude
1.(Past)   Formation of the waters and mountains
2.(Present)  Earth, evolution in nature and humanity
3.(Future)   Heaven, the rise of all to the spiritual

Ivesはメモ上では簡単にそれぞれSction A, Section B, Section Cと呼んでいる。オースティン版はこの順番ではなく、ほぼいっぺんにすべてを鳴らしている(ラインハルト版は、この順番に楽章を並べ、さらに各Section毎にPreludeを付けていると思われる)。

アイヴスはカウエルに次のような構想を語っていた。
「異なる幾つか(several)のオーケストラと、そのオーケストラごとに非常に多くの男声・女声合唱団が伴って、谷や丘陵地や山頂に設置される。6から10の異なったオーケストラは、異なる山の頂ににあり、それぞれが異なった独立した時間軌道に則って動きまわり、それぞれがお互いに邂逅するのは、それぞれの時間サイクルが蝕になったときのみである」。マーラーの交響曲第8番もシュトックハウゼンのオペラ「光」も小さい小さい、と思えるスケール。さて、この構想は、知る人ぞ知る彼の父ジョージ・アイヴスが、ダンベリーの町中で様々な高い場所で音楽を一斉にならした実験を想起させる。偉大なりジョージ。

5.編成
全体構想で示したように、アイヴス自身非常に大きなオーケストラが必要だという認識にあった。オースティンによると、スケッチに残された数字を、それぞれ楽器演奏に必要な数(例えばホルン4だったらホルンが4人)として数えると、4520人の演奏家が必要だということである。ベルリオーズもびっくりの大編成。しかし、楽器ごとに纏めて数えなおすと、714人程度となり、アイヴス自身も「約750人くらい」という概算をのこしているらしいので妥当とオースティンは結論付けている。しかし700人でも超巨大編成のオーケストラなのだが。
この714名のうち500人は合唱団である。上記のようにアイヴスは合唱団を伴う作品を想定しており、最終楽章(セクション)に敬愛するベートーヴェンの「第九」の如き合唱を配置することを検討していたようである。しかしながら残念なことに、オースティンも書いているが、アイヴスはスケッチ群にも「メモ」にもどのような歌(あるいはヴォーカーリーズ)を歌わせるかをについて何ら記していない。結局214名のオーケストラのみが、これでも巨大編成だが、この曲の演奏には必要となる。

200名のオーケストラはPrincipal指揮者1名と、補助指揮者4名によって指揮される(因みに、交響曲第4番の第2楽章は安全策をとるならば3名の指揮者を必要とする)。また、当日行って初めて知ったのだが、複雑な拍を管理するために、パソコンが用いられていた。指揮者5名とオーケストラの打楽器を主に多くの演奏家が無線端末を持つヘッドフォンを頭からかけて、このパソコン管理による拍節管理システムの支援を受けていた(何度聞いてもでたらめにたたいているようだが、「厳密に管理されて、結果としてでたらめに聞こえる」のである)。

オーケストラはオースティンによって下記のように分割される(オースティンp.214)。

全楽器編成 

ピッコロ               4ホルン
2フルート 4トランペット
アルト・フルート 2テノール・トランペット
2オーボエ 2バス・トロンボーン
イングリッシュ・ホルン       チューバ
3B♭クラリネット 23パーカッション(後述)
バス・クラリネット 2ピアノ
2バスーン チェレスタ
コントラバスーン ハープ
オルガン(オプション)

なお、弦楽器は最低でも52人、60人が普通で、理想は140人である。当日はオルガン入りであったが、弦は最低に近い50名程度であった。

これらの楽器は各オーケストラ毎に下記のように割り当てられる。

オーケストラA The Heavens  Principal&アシスタント指揮者A
Solo B♭クラリネット、soloヴィオラ、ピアノ&チェレスタ、パーカッション(演奏者1人;ヴィブラフォン、5テンプル・カップ・ゴング<当日は仏壇の鐘を使っていました>、4roto-toms、2ログ・ドラム、フレクサトーン、木製ウィンド・チャイム、金属製ウィンフド・チャイム)、ヴァイオリン(最低10名)、ヴィオラ(最低2名)

オーケストラB The Heavens  Principal&アシスタント指揮者B
2オーボエ、イングリッシュ・ホルン、パーカッション(演奏者1人;マリンバ、4テンプル・ブロック、クラベス(Claves)、小ゴング、トライアングル、大型釣りシンバル、木製ウィンド・チャイム、ウッド・ブロック、バス・ドラム)、ヴァイオリン(最低8名)、ヴィオラ(最低2名)

オーケストラC The Heavens  Principal&アシスタント指揮者C
2フルート、アルト・フルート(ピッコロ持ち替え)、2B♭クラリネット、バス・クラリネット、パーカッション(演奏者1人;ヴィブラフォン、4セラミック・キャップ・ゴング、1crotale<ピッチはA>、大タムタム、大型トライアングル、小シンバル、メタル・ウィンド・チャイム)

オーケストラD The Heavens  Principal&アシスタント指揮者D
ハープ、パーカッション(演奏者1人;マリンバ、4ウッド・ブロック、1crotale<ピッチはE>、大ゴング、カスタネット、中型シンバル、木製ウィンド・チャイム、シンバル付バス・ドラム)、ヴァイオリン(最低6名)、ヴィオラ(最低2名)

オーケストラE The Life Pulse  Principal&アシスタント指揮者A、B、C、D
20名からなるパーカッション・オーケストラ。独立して演奏するピアノ、オーケストラ・ベル、ピッコロ、2トライアングル&タンバリン、2シロフォン、セラミック・ベル&小パイプ、5ウッド・ブロック、3スネア・ドラム、トムトム、1テノール・ドラム、小中国ドラ&piccolo tympanum、シンバル付バス・ドラム、マリンバ、1tympanum(32分過ぎで使用)、タム・タム、低音用ベル、大型バス・ドラム、Deep Hanging Bell

オーケストラF The Earth and Rock Formation  Principal指揮者
4B♭トランペット(うち二人はB♭ピッコロおよびDトランペットと持ち替え)、4ホルン、2テノールと・トロンボーン、2バス・トロンボーン、チューバ、2バスーン、コントラバスーン

オーケストラG The Earth Cord  Principal指揮者
チェロ(最低5名)、コントラバス(最低5名)、オルガン(オプション)

6.オーケストラの配置
これについては、特段オースティンは記していない。また、アイヴスの構想の実現は限りなく不可能に近い。そこで当日は、A,B,D,CのThe Heavensと、オーケストラE(Life Pulse)およびオーケストラFとG(The Earthの二つのオーケストラ)を分離することだけが成された。
オーチャードのように後ろが非常に高くせり上がる舞台の頂点付近にオーケストラEを横一列に並べ、舞台上の指揮台を中心とする半円状にオーケストラFとGを混合して並べた。なお、オーケストラE(Life Pulse)のピアノは設置上の問題で、舞台左端に置かれた。
The Heavensの4オーケストラは、椅子が取り払われたパルケットに、Principal指揮者を中心に左から時計回りにA,B,C,Dと並べられた(アシスタントの指揮者も同様)。なお、パソコンの拍節管理システムは、指揮者の右後方に設置。

7.オーステイン版の時間順序と演奏会の模様
全曲は36分ほど。厳密に拍が管理されている部分もあるが、途中全く自由に任されている部分もあり、そのために種類のCDの収録時間が若干異なると思われる。
オースティンのp.211には各オーケストラの演奏タイミングを示すチャートがあり、当日もほぼそれに従って演奏された。

Earth Cordの導入    0〜36分
Life Pulse Prelude    2分過ぎから26分まで音響的に優勢に推移。
Section Aへの導入部  16分過ぎから20分
Section A(Past)     20分過ぎから26分まで しかしまだLife Pulse Preludeの方が優勢
Section B(Presento)   26分過ぎから30分過ぎ辺りまで、カデンツァ部分と思われる(この間もLife Pulse Preludeは続いており、カデンツァにも参入)。
Section C(Future)     30分過辺りから36分まで。最後の2分は再びLife Pulse Preludeが盛り上がる。


まず、CDでは何をやっているかさっぱりわからない最初の部分。無音かと思っていたところ、コントラバス、チェロ、オルガンなるThe Earth Cordオーケストラがひっそりと音を鳴らしていた。一応当日は聞こえたが、2分ほどしてLife Puleseオーケストラ(以下LPO)が参入して以降は全く聞こえない。それだったら演奏しなくともと思うが、頭の中ではあの薄っすらとした響きが残っているというのがアイヴスのコンセプトなのだろう(きっと)、例えば、交響曲第4番の第1楽章、第4楽章のヴァイオリンとハープによる別働隊のようなもの。もっとも、コンセプト重視は行き詰りにつながる。この辺りに、アイヴスの作曲活動が1920年代に入る頃には終わってしまった背景があるような気もする

そして上述の通り、2分過ぎからLPOが参入。オースティンは各楽器毎に細かくテンポを指定しているが、その中にも大まかな幾つかのサイクルが認められる。しかし、解説でもプログラムにもそんなことは注意していないので、点でばらばらに打楽器やピアノがガチャガチャと徐々に大音響になっていく過程に耐え切れず、続々と聴衆が途中退出。

ほぼチャートどおりに16分過ぎからようやく他の5つのオーケストラ群が参加する(およそ4分ほどの導入部がある)。これが一部の金管やシロフォン、ウッドブロックなど特殊楽器を除いて、LPOの音響にかき消されて殆ど聞こえない。特に弦楽器はオースティンに指定よりも少ないことから余計に聞こえない(予算が無かったか...)。また、LPOが舞台一番奥の高いところ、聴衆の少ないホール中に響き渡らせ易い場所に位置していたことも聞こえがたかった一因(他には私の耳が悪いということもあろう)。しかし、LPOの大音響が収まってくるPastの部分(Section A 約6分)にはいると、すくっと補助指揮者が立ち上がり、例の拍節管理システム用ヘッド・フォンを被ったプリンシパルを含めて5人の指揮者が、指揮棒を持ったり持たなかったり、全然違うスタイルで、全然違う拍や表情付けで指揮を開始。もっとも、The Heavensの4オーケストラは距離的に全然離れていない上に、客が少なく響き易いホールだったので、結局、ハープやシロフォン、チャイム類といった音響こそ位置が確認できるが、他はダンゴ状態で空間性が殆ど生かされていない。

26分過ぎのカデンツァ部分になると、指揮者たちは補助システムのヘッドフォンをはずし、それこそ同じ方向向きながら点で違う指揮を開始、この当りどのような処理になっているかは譜面を盗み見れなかったので分からず(ブーレーズの「プリ・スロン・プリ」やノーノの「プロメテオ」の総譜より巨大な楽譜)。オラモの振ったアイヴス4番の時(補助指揮者1名)は見ていておかしかったが、5名だとなんか壮観であった、昔の株式市場の立会いみたいだという感じ。良く見ていると、奏者は指揮者の表情付けにきちんと反応している、適当にやってもばれなさそうなのに。

この鳴り響くカオス的宇宙に辟易して、聞いていても面白いカデンツァ部分ですら退出者続出、ブルックナーの交響曲第3番の初演を思い出す(全然作風は違うけど)。さらに、Section Cの終結近く、音響が一旦平明になった後、LPOがコーダで盛り上がる部分の直前、前列の批評家?のおばさんもついに退出。

終演後は、支持者しかいないので当然ブラボーだけである。

これがアイヴスの作品ですか?と問われれば、細部においてはそうかなあとも思うが、全体としては違う気がする。確かに、ロバート・ブラウンニグ序曲を当夜のプログラムに持って来たのは、作品的に近親性があるなあと聴衆に思わせた点で正解である(さらにピアノ・ソナタ第2番のエマソンとかホーソーン楽章とかも近い感じであろう)。しかし、最初から最後までこのようなヴァレースのようなカオス的音響(サイレンはなかったけど)、リゲティの中期のマイクロ・ポリフォニーと後期のポリ・リズムのような各楽器の取り扱い(洗練はされていないけど)、クセナキスのように破壊的音響が支配する(数学理論や決定に当ってコンピュータは用いていないけど)、そういった作品をアイヴスが考えていたのか?という点は疑問に思われる。例えば交響曲第4番の最終楽章、これもかなり抽象的な楽章であるが、「質」、こういう表現しかできないが、その「質」が違いすぎる。いわば、アイヴスが認めたように素材を利用してオースティンが作曲した作品と言った方が近い。大体、引用が全く無いない、特にあれだけ超越主義思想に被れていた彼が、伝統的キリスト教音楽から無縁の巨大な作品をつくること自体不思議である(スケッチに書き残していなかったから仕方ないが)。しかし、スケッチからともかく音を引き出した点、それは多分アイヴスのコンセプトのX線写真のようなものであるとしても、アイブスの愛好家としてはオースティンには感謝している。

そう、結論は「貴重な経験であった」ということに尽きるのだ。




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