プレ・オープン企画 「アイヴスの交響曲第2番第5楽章のテンポについてのエッセイ」



近くアイヴス協会校訂による新しい交響曲第2番の楽譜に基づくCDがNAXOSから発売されるらしいので、それまでの命とも言えるアイヴスの交響曲第2番の楽譜と演奏をめぐる考察を掲げておきましょう。なお、考察は今や消滅の聞きに瀕している?NIFTYはFCLAS「20世紀音楽の部屋」に掲載した全文です。明かな誤解もあるかと思いますが、その時はメールでお知らせ下さい。

どうも、2年ぶりにサントリー・サマーフェスティヴァルに行ったSt.Ivesです。パンフレットが小型化しただけでなく、当日と明日の曲目解説だけで内容が薄くなり残念です。

それはともかく24日のコンサートの模様について。


M.レーガ:B-A-C-Hによる幻想曲とフーガ 作品46(1900年)
オルガン:保田紀子

「世紀の夜明け」と銘打った初日の1曲目はBACHを主題にしたレーガのオルガン独奏曲。私は初耳でして、出だしの和音を聴いて、これは面白そうだと思ったのですが、ここんところ仕事が立て込んでいる上に夏バテで、低声部でB-A-C-Hが繰り返される辺りから記憶が無くなりまして、気が付いたら終わっていました。今度CDを買って聴いてみようと思います。


10分休憩


E.エルガー:行進曲「威風堂々」作品39-1(1900年)
指揮:岩城宏之 管弦楽:東京フィルハーモニー

まさか、サマフェスでエルガーの威風堂々を聴くとは思いませんでしたね。もっとも、私はエルガーのこの曲は交響曲第2番の次に好きなんでプログラム的には問題なかったのですけど、テンポ的にもう少し颯爽として欲しかったことと、金管と弦のバランスが私の席では崩れて金管が煩い上に、壁沿いにグランカッッサが妙に響いてしまい、ちょっと楽しむまでには行きませんでした。


C.ドビュッシー:サクソフォーンと管弦楽のための狂詩曲(1901-08)
指揮:岩城宏之 管弦楽:東京フィルハーモニー
サクソフォーン:須川展也

これも多分初耳。解説によるとオーケストレーションはロジェ=デュカスが完成させたとなっている。ドビュッシーのほかの曲の使い回しっぽさがあって(他人のオーケストレーションだから?)、珍しい曲をナマで聴いたなあという程度ので終わり。


15分休憩


C.E.アイヴス:交響曲第2番(1897-1902)
指揮:岩城宏之 管弦楽:東京フィルハーモニー

曲目が「ホリデー・シンフォニー」にでも変更にならんかねえ、とか淡い期待を持っていたのですが、係りの人が譜面台においたのは薄黄緑の見慣れた楽譜でした(これが曲者)。せめて初期稿のような協和音で終わる版だったらねえ、と思いましたが、若杉的趣味を岩城は持っていないようでした。

1楽章、2楽章は正直なところ締まり無い演奏で、これほど2楽章が長く退屈に感じたことはないという出来でした。3楽章は多少まともになりましたけど、それでも締まりがなくて、一応何かの引用も強調しているんですが、ミッチーや高関のような説得力もありません。そして4楽章、瞑想的な部分からpiu andanteに変る部分(17小節)で、思わず「拍を取り違えたのか!!」と叫んでしまうほどにテンポを落としたのでした(全曲を通して唯一岩城オリジナルの部分かな?)。

そして賑やかしい第5楽章、単に速く賑やかに過ぎ去っていきました、本当に崩壊しないだけ良かったですよ、コーダの木管、金管、弦がセクション毎に異なる旋律を平行して聴かせる部分をはじめ、アイヴスらしいあちらこちらから様々なナマの音素材が聞こえるという特色が失われて、音がダンゴになっていました、いやはや、木管がもっとがんばるか、岩城がバランスを取らなければならんところなんですがねえ。もっとも、終わりの部分は楽譜とおり八分音符でピシット決めて、これはこれで爽快爽快。

さて、これで終わりではなく、HPでちょこっと書いたように聴いていて「これは!」と思った部分がありましてそれを調べているうちに1日以上たってしまいました。その部分とは第5楽章の「民謡調」の部分(1回目<58小節から>はホルンが奏で、伴奏が弦、2回目<187小節から>はチェロがかなで伴奏がフルート→弦→フルート、因みに、旋律はフォスターの引用らしく、伴奏は「藁の中の七面鳥」の変形)なのです。

アイヴスの交響曲第2番というと大方の人はDGのバーンスタイン盤、あるいは最近だとセレブリエールの振った4番とカップリングで入っている(まわりくどくてすいませんねえ、私は溝渠曲第4番派なんで)オーマンディの演奏で慣れ親しんでいるではないでしょうか、そしてこの演奏を聴き慣れると、第5楽章の「民謡調」の部分で、ホルンやチェロが美しい旋律を奏でている裏で、ものすごいスピードでピコピコと動く弦やフルートに、「何なんだ!」と仰天してしまい、挙句の果てに「何でここでテンポを落とさないんだ」とか思ってしまうわけです。エエ、私も実はミッチーの演奏を聴いて仰天した口なんで、その1ヶ月後の高関の演奏でもやはり同じだったので、あわててスコアを調べてみたら、何と第5楽章の基本テンポは、


Allegro molto vivace(2分音符=92-96)


というショスタコーヴィチの第5交響曲顔負けの速さだったのです、さらに件の「民謡調」の部分は、


Meno allegro(二分音符=72-76)


というこれまた快速なテンポ指定がされていたのでした。更に言えば、ホルンとチェロにはご丁寧にCantabileという指定もありまして、つまり、ミッチー、高関、岩城は、Cantabileに成功したか否かはともかく、楽譜に(ある程度)忠実な演奏を行っていたわけです。

そこで、Andyさん(注:FCLAの大アイヴス・ファン。多分アイヴス関連の音源は殆ど持っているハズ)には負けるけど家にある限りの2番の5楽章を聞き比べてみました。

まず1951年の初演者にして、1955年の演奏でアイヴス夫人を感激させたバーンスタイン(CBSとDGの2種類)の演奏は、カットを施すなど自分用の楽譜を持っているほか、DGについては晩年の演奏で、例えばチャイコの6番のようにスコアと比べてというには不向きな演奏^_^; でありますけど、まずCBS盤はAllegroで違和感がなく、民謡調の部分はテンポを落としていました。一方、DG盤は、ゆっくりした導入とかなりゆったりしたし「民謡調」の部分を持つ演奏でした(演奏時間:CBS盤9分10秒、DG盤10分05秒)。

続くはオーマンディ(BMG)、この人も極めてゆっくりと始まり、民謡調の部分手前でちょっと加速してさらにゆったりと突入。もしかして4分音符=92-96、4分音符=72-76と解釈したのか?と思わせる演奏です(10分26秒)

メータ(DECCA)、この人はバーンスタイン同様のカットを施していました(後述)。テンポは、スコアさえなければまともに聞こえるAllegroで、バーンスタインのCBS盤同様に、民謡調の部分も朗々と歌わせています(9分01秒)。

ファーバーマン(VANGUARD)もバーンスタイン(CBS盤)並のテンポでした(カットなし)。なお、1箇所どっきりするような不協和音があります(CDの時間表示で9分50秒程度)。

ユニークなのがマイケル・ティルソン・トーマス(CBS)の演奏、この人はアイヴス協会の会長だった人(今はどうかしらない)なんで自筆譜にも触れられる立場にいたのでしょうか、これまでの演奏に比べればかなり快速テンポで、ただしミッチー、高関、岩城程ではない、スタートするんですが、民謡調の部分ではぐぐっとテンポを落としてCantabileしています(これまたトラックが第4楽章込みなので、CDの時間表示でみて9分40秒程度)。

そしてついに、ミッチー、高関、岩城と全く同じテンポ設定の録音がありました。ネーメ・ヤルヴィのCD(CHANDOS)。この演奏はまさに楽譜のテンポとおり、下手糞なデトロイトpo.を使いながらも、演奏したものでした(演奏時間8分05秒!)。


さて、何でヤルヴィ(ミッチー、高関、岩城)とそれ以外の録音がこんなに違うのかという疑問が湧くのですが、さらにスコアをみると、

Note on the printing
Numerous corrections are included here for the first time, as suggested by Malcom Goldstein, John Kirkpatrick and others.

December 1988

とあり、さらにもともとのコピーライトは、

Copyright 1951 by southern Music Publishing Co.

となっています。因みに、シンクレアー編集による「アイヴス辞典」をみると、1951年にルー・ハリソンとヘンリー・カウエルの編集で出版され、1979年に現在のPeer出版社に権利が移され、1988年に校訂が加わり、1991年にさらに校訂が加わったと書かれています。

上記の各CDが録音された年代をみると、ヤルヴィのみ校訂楽譜以降(バーンスタインのDG盤は、カットを維持していたように別物と考える)の録音な訳で、まさにいつの時代の楽譜を使用したかというところに帰着します。しかし問題でそれで終わったわけではありません、つまりヤルヴィの演奏こそアイヴスの楽譜に即した「正当」なものだと見なしていいのか?というところがあります。


それは二つ問題があると思います、楽譜に忠実な演奏をすべきかどうか、そして楽譜が本当に指定しているのかどうか、という問題です。


後者は、アイヴスの楽譜がどのような状態で保存されていたかということを知っていれば、果たして校訂譜といえどもそのまま受け入れて良いのかということだとお分かりになるでしょう。もっとも、ファクシミリでも見ない限り検証は不可能ですが、アイヴスの楽譜には結構ファクシミリが、部分とはいえ、載っているものがありますので、アイヴスがメトロノーム記号を書き入れる人なのかどうかを我が家にあるアイヴスの楽譜をひっくり返して確認してみようと思いました(書き入れていれば必ず校訂楽譜には載りますし)。

シンクレアが校訂している交響曲第1番(ファクシミリなし)にはメトロノーム記号はありません、一方、カークパトリックが校訂した第4番にはメトロノーム記号があります、しかしファクシミリ(第1楽章の冒頭)にはメトロノーム記号はありません。また、交響曲第2番について言えば、カークパトリック校訂譜はメトロノーム記号がありますが、「アイヴス辞典」に引用されている第5楽章冒頭部分(ELKUSの編集による「1951年版」)には、Allegro molto vivaceとは書かれていますが、メトロノーム記号がありません。因みにELKUSの校訂した他の楽譜もメトロノーム記号はありませんでした。
また、ピアノ・ソナタ第1番にはメトロノーム記号が指定されている一方、第2番は指定されていないといった編集・校訂上の不統一もあります。さらには、Thanksgiving and Forefather's Dayのように、自筆ファクシミリの最終稿に何となくメトロノーム記号めいた数字が確認されるものもあります(校訂譜にもメトロノーム記号あり)。いい加減これくらいにしておきましょう、結論はこういった方法では出ないので。ただし、何となくカークパトリックはメトロノーム記号を入れる人物のようだと思われます。そして彼はアイヴスにとても近い人物だというところで、メトロノーム記号はアイヴスが是認したものなのか?と思わせるところが曲者でしょう。

続いて「楽譜に忠実な演奏」という点で考えてみましょう。ここでちょっと話がずれますが、ニコス・スカルコッタスの弦楽四重奏曲第4番を例にしてみましょう。
ニコス・スカルコッタスって誰?というのが大方のクラシック・ファンの反応でしょうし、さらに彼の弦楽四重奏曲第4番なんて知らない人もいるでしょうが、最近BISからCDが出まして、誰でも聞けるようになりました。シェーンベルク並に緻密で情熱的な作品ですので一聴をお奨めしますが、この曲の第2楽章は主題と変奏からなっています。CDをみると最後にコーダが来ておしまいとなっており、確かに第6変奏からアタッカでコーダに入るとテンポが急激に落ちます。ところが、UNIVERSALから出版されている当曲のスコアをみるとそこには「コー
ダ」の文字も無ければ、テンポ変更の記号や文字も何にもありません。これはスコアを見なければ誰も分からないでしょう。問題はそのスコアをみる機会がある人が、例えばベートーヴェンやブラームスと違って、あまりいない(もっとも関心がないからでしょけど)上に、殆どこの曲を紹介するのに近い状況で、このように楽譜と異なるテンポを採用していいのだろうか、という問題でもあります。
確かに演奏上ここでテンポを落とすのは妥当かもしれませんし、スカルコッタスはSQを率いていたので、その伝統が何らかの形で引き継がれているかもしれませんがCDにはそんなことは一言も書かれていません。しかし、ここにおける問題も「スコアが正しければ」という留保条件が付きます。

アイヴスの交響曲第2番は一体どういう状況にある作品なのでしょうか?メジャーとはとても言えませんし、かといって知られていないとも言えません(バーンスタインのおかげですよ)。もう紹介から解釈の余地を与えて良いの作品だと言っても良いんじゃないかと私は思っています。

さて、ここで再びユニークだと紹介したティルソン・トーマス盤に登場してもらいましょう。くどいようですが、多分、彼はその立場上自筆譜を見れたでしょうし、校訂作業にも何らかの形で加わったでしょう(第1番と第4番のCDは校訂後の楽譜を使用)。その彼は確かに第5楽章の冒頭こそ現在見られる出版譜を彷彿とさせるかなり快速のテンポを採用しているものの、「民謡調」の部分ではテンポを落として歌っていますし、伴奏も皮相になっていません。つまり、彼は校訂譜とは拘わり無く、彼の主体的な判断でかの部分のテンポ設定を行い、かつそれまでの「民謡調」に寄った演奏とは異なった説得力ある演奏を繰り広げています。要はセンスの問題という当たり前の結論なのです。

ではあらためて私は、ヤルヴィ以降か以前のどっちを支持するのかというところですが、結局はどっちでも説得的であれば問題ないというのが回答です、多分永遠にテンポの問題は解決しないでしょうし。ミッチーの演奏は細部に亙って説得的でした、しかし岩城の演奏は散漫で、伴奏が妙に浮いていて落ち着き無いものになっていました、それだけの話です。


長々と詰まらない結論に至るまでお付き合いの程ありがとうございましたのSt.Ivesでした。

00/08/25(金) 00:15 St.Ives(QYK02320)

さて、テンポの問題は解決したのでしょうか?NAXOS盤は必聴でですね(00/10/10日)